3日目《前半》
運命の最終日の朝。
二日酔いに苦しむカーナに、水と親愛のキスを残して部屋を後にしたリーリアは教会に来ていた。
教会の裏手にある共同墓地の一角にリーリアの両親は眠っている。
八年前に流行り病で立て続けに亡くなった両親の代わりに、リーリアが騎士になるまで何かと面倒を見てくれたのがフィードの母親だった。
リーリアとフィードは産まれ育った家が隣同士だった。
親同士が仲が良くて、だからその子供で年の近いリーリアとフィードも当然の様に仲が良く、常に行動を共にしていた。
懐かしい、とリーリアは両親の墓の前で笑う。
八年前、フィードは泣き暮れるリーリアに言ったのだ。
家族になろう、と。
お前は妹の様なものだから、と。
その瞬間にリーリアは自分の恋心に気付き、そしてそれが叶わないものである事にも気付いた。
"家族"だと。"妹"だと。その言葉がとても嬉しくて、そしてとても悲しかった。
それでも傍に居たくて、何も告げないままにズルズルと"幼馴染"として一緒に居続けたつけが、まさかの"呪い"である。
泣けばいいのか、笑えばいいのか分からない。
「こんな事になるなら、もっと前に言っておけばよかった……」
「何をだ?」
「え?」
独り言に返ってきた問いかけ。
振り向いたその先には花束を持ったフィードが居た。
「フィード……どうしてここに?」
「今日が最終日だろう。寮にも行ったが、既に出掛けたと言われたからな、ここじゃないかと思ったんだ」
持っていた花束をリーリアの両親の墓前に供えて手を合わせるフィードをリーリアは信じられない気持ちで見つめた。
リーリアは今日、フィードに会うつもりはなかった。
カーナには出掛けに必ずフィードに会うようにと言われたけれど、それでも会ってしまえば最後の最期、別れのその瞬間に、この胸の内を一つも余す事なく告げてしまうかもしれないと思ったからだ。
だから、両親の墓前で一人静かに終わりが来るのを待つつもりだったのに。
「どうして?」
思わず口をついて出た問いにフィードは鋭い目付きでリーリアを見据えた。
「お前は、俺が幼馴染を一人で寂しく旅立たせる奴だと思っているのか?」
「そんな事は……だけど、」
「だけども何もない。ほら、行くぞ」
「え? 行くってどこに?」
「……」
「フィード?」
問いに対する答えはなく、手を引かれて数歩進む。
もう一度問おうと口を開いたリーリアの耳に小さな声が届いた。
「…………だ」
「え?」
「だから、お前の好きな奴の所だ」
「……へ?」
思わずポカンと口を開けてしまったリーリアは、しかし直ぐに正気に戻って足を止める。
リーリアの好きな人はフィードだ。
今、目の前に居る、他の誰でもない彼だ。
それなのに、いったいどこに行くというのか。
立ち止まり動かなくなったリーリアをフィードが振り返る。
「リーリア?」
「いい」
「は?」
「行かない」
「何を……」
「行かない」
「……」
頑として動こうとしないリーリア。女であっても鍛え抜かれた騎士であるリーリアが自分の意思で止まってしまえば、男であろうと魔術師であるフィードが動かす事は不可能だ。
諦めた様に溜め息をついたフィードが、なら、と代替え案を提示した。
「俺の家に行くぞ」
「……」
好きな人の所に行くのとフィードの家に行くのは同義なのだけれど、と今度はリーリアが溜め息をつく。
けれどフィードはそんな事知らないのだから、ここで変に拒むのも可笑しいのかなと考えていたリーリアにフィードはとどめの一言を告げた。
「母さんも会いたがっていたぞ」
「……分かった」
お世話になったフィードの母親。
リーリアにとって二人目の母の様な存在である彼女が会いたいと言ってくれているのならば、会いに行くしかない。
漸く動き出したリーリアにフィードも歩き出す。
何だかんだと繋がれたままだった手は、フィードの家に着くまで離される事はなかった。