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2日目《前半》

 次の日、何時もの様に日が昇るのと同時に起きたリーリアは、あっという間に同室のカーナに捕まって隣の部屋に連れていかれた。そこで待ち構えていた女性騎士達にありとあらゆるお手入れをされ、それが終わったらまた隣の部屋に連れていかれ、今度はメイクと髪をセットされ、そうしてまた次の部屋へ。

 用意されてた軽めの朝食を食べながら、『男の口説き方10選』、『彼を虜にする方法』、『モテる女の裏技』などという珍妙な題名の本を取り敢えず読めるだけ読まされ、また次の部屋へ。

 昨日買った服に袖を通して、カーナのチェックを受けたリーリアの前には数十人の女性騎士達。


「いい、リーリア? フィードは絶対にあなたを好きよ。だから自信を持って行くの。分かった?」


 真剣な表情でそう言ったカーナにリーリアは苦笑する。


「またそれ? そんな事、あり得ないよ」

「なんでよ?」

「だってフィードは私が会いに行くと必ず眉間に皺を寄せて不機嫌そうだもの。幼なじみだから、邪険に追い返されたりはしないけど、きっと迷惑に思われてるよ」

「そんなの、素直になれない男の典型じゃない!」


 一人の女性騎士が言った言葉に回りもうんうんと頷くが、リーリアにはいまいち理解できない。


「いい? 素直に好意を伝えられない男はね、ついつい好きな相手に対して素っ気ない態度をとってしまうものなの!」

「そういうものなの?」

「そういうものなの!」

「……そう」


 女性騎士の勢いに押されて頷いたリーリアはどうしてこんなことになったのかと、事の発端を思い出していた。

 

 始まりは昨日の事だ。

 フィードと別れて街へと繰り出したリーリアは早々に行き詰まった。

 そもそも自分に合う可愛い服など分からない。

 いくつかの店を見て回ったところでリーリアは諦めた。分からない事は分かる人に聞けばいい。

 そうして相談したのが寮の同室のカーナだった。

 リーリアが呪いをかけられた事は既に知っていたカーナはリーリアからの相談に快く耳を傾け、一緒に買い物に行き、彼女に似合う服を一式見繕った。

 ここまでは良かったのだと、リーリアは溜め息を吐き出す。

 そう、問題はこの後である。

 寮に帰った二人は、リーリアの呪いの事を聞いた女性騎士達に囲まれた。

 呪いにかかった当日は諸々の手続きに帰って来たのが遅く、今日は今日で念のため仕事の引き継ぎをしないといけないからと、早朝から出掛けていたリーリアをやっと捕まえた女性騎士達は、根掘り葉掘り呪いについて聞いたのだ。

 そして、何がどうなったのか、リーリアの理解が及ばない内に、リーリア大変身計画は立てられた。


 そして、現在の状況へと繋がるのである。

 しかも、何故か彼女達の中ではフィードはリーリアの事が好きだと思われており、リーリアの呪いが解けるのは時間の問題だとまで言っているのだ。


 あーだこーだと、恋愛についてのレクチャーを散々に受けたリーリアは、フィードの家の前で今日の予定を確認する。


 今は昼食一時間前だ。取り敢えずフィードを街へと誘い、昼食を一緒にとって、夕方まで街を散策する。

 たった1日では大した計画も立てられないと嘆いていた女性騎士達とカーナにリーリアは特別な事は必要ないと言った。

 幼なじみとして長い間一緒に居たフィードと、今更なにか特別な事をするつもりはないと。

 ただの街歩きでいい。フィードがそうは思わなくても、リーリアにとってもしかしたら最後になるかもしれない、好きな人とのデートだ。

 フィードに下手にリーリアの気持ちを感づかれて気を使わせてしまうのは嫌だった。


「よし!」


 一つ気合いを入れたリーリアが呼び鈴を鳴らす。


「おはよう、フィード」

「……」


 リーリアの姿を見たフィードは驚いた表情をした。

 一度ゆっくりと上から下まで見たフィードは、小さく溜め息を吐き出して、それからいつもの様に眉間に皺を寄せて中に招いてくれたのだった。


「えっと、フィード、」

「気に入らないな……」

「ぇ……」


 似合うかな、と問いかけ様としたリーリアの耳に小さな呟きが届く。

 苛立たし気に吐き出されたフィードの言葉だ。

 小さく、けれど確かな彼の本心。


「……」


 問いかけを飲み込んで、リーリアは一度大きく深呼吸した。

 込み上げてくる熱い塊を無理やり飲み込んで、リーリアは平静を装う。


 通されたのは庭にある小さな東屋だ。

 草花を育てるのが趣味な母親の為にフィードが買った庭付きの一軒家。

 その庭に建てられたこの小さな東屋が、何時もリーリアとフィードが二人で過ごす場所だった。


「それで? 片想いの相手には見せて来たのか?」

「……うん」

「反応は?」

「ダメだった……」

「……」

 

 思わず顔を俯けてしまったリーリアは、先ほど必死で飲み込んだ熱い塊が再び上がって来たのを感じた。

 もう、泣きそうだった。

 ギュッと目を瞑って何とか涙を堪える。


 反応もなにも、気に入らないと言われた。目の前で。眉間に皺を寄せて不機嫌そうに。

 見せたい相手はフィードだと、すべて吐き出したい。心のままに告白して、玉砕して死んでしまった方が楽かもしれない。

 けれど、とリーリアは思う。

 なんだかんだと優しいフィードは今のリーリアが告白したら受け入れてしまうだろう。

 そして3日目までに何とかリーリアを好きになろうと、自分の気持ちを押さえ込み、騙してしまうのだ。

 けれど偽りの思いは魔法には通じない。魔女も言っていた。嘘偽りない本心でないといけないと。

 だから、フィードに告白して受け入れて貰ったとしても、リーリアは3日目に死んでしまうだろう。そうなってしまえば、遺されたフィードは自分を責めてしまう。

 そんなのは嫌だった。

 それなら、この気持ちを抱えて死んだ方がましだとリーリアは思った。


 流れ出しそうな感情を紅茶を飲むのと一緒に奥深くへと仕舞い込もうとしたけれど、飲んだ紅茶の味がリーリアが一番好きな茶葉のモノで、その温度も濃さも、全てがリーリア好みである事が更に彼女を悲しくさせた。

 フィードはリーリアの紅茶の好みまで事細かに分かっているのに、それなのに、彼女の想いだけは分かってくれない。


「本当は、この後街に出かける予定だったの。だけどそれも無くなったから、呪いについて何か分かった事があるか確認しようと思って寄ったんだ。フィードも来いって言ってたから……」


 言い訳じみた言葉。街にはフィードと共に出かける予定だった。誘いも出来ずに勝手に怖じ気づいて諦めたのはリーリアだ。

 本当は、呪いの調査結果なんてどうでもいい。ただリーリアがフィードに会いたいからここに来た。それだけなのに。

 それなのに、この素直ではない口はペラペラと勝手に音を発してしまうのだ。


「そうか……悪いが、呪いについての調べは特に進展はない。まぁだが、年に数人は呪いにかかってはいるが、それにより死んだ者は殆ど居ないみたいだな。過去30年分の記録を遡ってみたが、死んだのはたったの三人。しかも、呪いのせいというより、ただの不慮の事故で、だな」

「なら、私の呪いも3日目には自然に解けるとかなのかな?」

「いや、そもそも呪いが解けなかった時の代償が"対象の死"というのが珍しい。しかも3日という短い期間しか設けられてないのもあまりないな。過去の事例の中で一番短い期間でも一月はあった。代償が"対象の死"という呪いに関しては今回の件も含めて僅か5件だ。過去の4件は期間内に呪いを解いたから、代償が本当に"対象の死"なのかは分からない。だが、ならば試してみようと言える事でもないからな。やはり、定められた方法で呪いを解くしかない」

「そっか」


 それは残念だと、リーリアは息をついた。

 どうやら自分は、呪いにより死んだ一人目の犠牲者になりそうである。


「因みにその手の甲に現れた紋様は呪いが無事に解けたら花開いて消えるそうだ。逆に期間内に呪いを解く事が出来なかったら枯れてそのまま残る。それ自体はただの"目印"の様なモノらしい。人体には何の影響もない、ただの花の紋様だ」

「へぇ、そうなんだ。ありがとう、フィード」

「いや。結局大した事は分かってないからな。礼はいらない」

「でも、話を聞いてくれるだけでも嬉しいから。」


 そう笑ったリーリアにフィードも小さく笑う。

 それからは静かな時が流れた。

 元々そんなに口数が多い方ではない二人は、共に過ごす時よく無言になる事があった。しかし、二人にとってそれは苦ではなく、寧ろ心地いい時間でもあった。

 そうして、当初の目的は結局なに一つ達成できはしなかったけれど、それでも穏やかで充実した時間を過ごしている内に、2日目の終わりが告げられた。

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