表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

6.女子会(後)

 逃げたんじゃない。すっかり話し込んじゃってお茶を忘れていたからだと、自分で自分にいいわけしながら紅茶をカップについでいると、

「私が持っていこうか?」

いつもならそんなこと言わないのにお母さんってば。

「お母さんは桜子と涼をもう一度見たいんでしょう?」

「あら、ばれた?だってなんだか輝いてるんですもの。聖クロスの生徒ってみんなそうなの?」

「そうよ。みんな美人」

 うーん、とお母さんはちょっと考えた。

「もちろん二人は美人だけどそれだけじゃなくて……なにかしら? なにか違うのよね」

「ふぅん? 一人で持って行けるから大丈夫だよ」

 お盆を手に部屋に戻る。

「え! じゃあ、大会は毎回上位なんだぁ」

「すご~い」

「そのぶんプレッシャーがかかるんだよ。大会に勝ち残れないと先輩方にも申し訳ないからね」

 涼はミカとユミと演劇部の話で盛り上がっている。

「どうして自分で七不思議を作ろうと思ったの?」

「うふふ。せっかくの古い洋館だもの。七不思議があったほうが楽しいじゃない。仕掛けを考えるのも好きなのよ」

 桜子はハルと七不思議の話に花を咲かせている。

 さっきのステンドグラスの話はもう終わったんだ。私は内心ほっとした。

 そうだ。仕掛けと言えば。

「ねぇ桜子。私『船の音』を聞いたような気がするんだけど、あれも仕掛けなの?」

「あ―――」

 桜子が何か言いかける前に涼が説明を始めた。

「それは偶然。『船の音』って机に耳を近づけている時に聞こえる、近くの教室で引く机や椅子の音なんだ」

「ほんとに?」

「本当」

 涼の力強いうなずきにほっとした。

 そういえばあの時は本鈴前で机に顔を伏せていた。席に戻って椅子を引く人もたくさんいたんだろう。

「もぅ! 涼ったら、簡単に種明かししすぎよ」

「もう十分ひっぱっただろ?」

「そうね」

 くすくすと桜子が笑った。

 桜子って見かけによらずいたずら好きだ。

「それにしても、ハルはどうしてフリーパスチケットと七不思議がセットだって思ったんだい?」

 不思議そうな涼にハルは少し迷ってから口を開いた。

「――それはその……カッコ悪いけど、アタシが昔、曾お祖母さんと同じ気持ちだったから」

 え?

「アタシさ……受験で私立落ちた後すごく不安だったんだ。だから公立は絶対大丈夫っていう目に見える証拠が欲しかった。でもそんなのはもちろんなくって。自分で必死に大丈夫だって言い聞かせてた。それでだと思う」

 知らなかった。

「ハル、『どうせ公立行くつもりだから』って言ってたのに?」

「そう。けどさ、あの時って道は二つしかないような感じだったじゃん? その一つがなくなって、これに落ちたらどうしよう! って、すっごく怖かったんだ」

「なるほど。意地っ張りなんだね。わかるよ。聖クロスはそんな人ばっかりさ。私も含めてね」

「え? 花形演劇部員の涼が、意地を張ることってあるの?」

「考えてもみなよ。やる役やる役ずーっと男役。そりゃみんなに喜んでもらえるのは嬉しいけど、本音としては女役もしたいんだよ」

「あ~」

「その気持ちわかる~」

 ミカとユミがうんうんとうなずく。

「いろんな役に挑戦できてこそ演劇部なのにねー」

「そうそう。違う自分発見するのが楽しいんだから」

「だろ? ハマり役と言われて普段からずっとそういう役を望まれると、ちょっとね。もちろん楽しいんだよ。いつだって全力で演じてる。だけど、たまには違う役もやってみたくなるんだよね」

 涼は唇に人差し指をあてて、「ここだけの話だよ」と甘く囁いた。

 じゅうぶん楽しんでいるように見えるけど、そういうものなんだね。

「うふふふふ。私を忘れないで欲しいわ」

 桜子がチェシャ猫の目つきで微笑んでいた。

「私は聖クロスの理事長の娘。その肩書きを裏切らないために今までどれだけ努力してきたか! なのに進級試験で落とされるなんて……」

 後でくわしく聞いたんだけど、中等部から高等部へエスカレータした学生は特別科というクラスに入れるそうだ。ただ、入るには試験があって上位者しか入れない。私のクラスにいる半分のエスカレータ生はそのテストに落ちた生徒らしい。

「うららったら会うたびに『なんて可哀想』って顔するのよ? 普通科クラスでも楽しくやっているって見せつけてやるんだから! あの子に隙なんて絶対見せないわ!」

 あ、もしかして寄り道を断ったのってそのせいもあるのかも。違反者は職員室前の廊下に名前が張り出されて悪目立ちするので、かなりの恐怖なのだ。

「試験っていえばね」

 ミカも話し出した。

「私も初めは聖クロスに入りたかったの。でもね、勉強してもしても頭に入らなくって……先生に『おまえには無理だ』って言われるし、すっごく悲しかった」

 そう言えば一時期ミカの成績は上昇していた。その後急降下したけど。

「その後ナミが聖クロスを目標にしてるって聞いたの。先生も反対していないって言うし。ホントうらやましかった~」

 遠い目になるミカ。

 私、ミカが聖クロスを目指してたなんてちっとも知らなかった。

「ほんっとにうらやましかったんだけど、受験勉強してるナミを見てたらけっこう大変そうじゃない? それでこりゃ確かに私には無理だったわ。じゃあ応援しようって思うようになれたの。部活も楽しかったからやめたくなかったし」

 けっこうどころかすんごい大変だったよ! でも私を応援してくれた裏側にはそんな経緯があったんだね。

「私も言わせてもらうけど」

 今度はユミだ。

「演劇部に先に入ったのは私。その後にミカが入ったのに、役がつくのっていっつもミカなんだ」

 確かにユミよりミカのほうが重要な役が多い。

「ミカのほうが声が出るし演技もうまい。キャラにも合うから当然だって今ならわかるんだけど、最初ひいきだって思って辛かった。でも裏方もやり始めたら面白くて、今じゃ裏方もいいなって思うようになったよ」

「ユミ……」

 ミカが知らなかった、とつぶやいた。

「当然でしょ! 知られたらくやしいから隠してたもん。今はもう役にこだわってないしね。そうそう、ナミ何度も家に電話してくれたんだよね?」

「ごめんね。私たち部活の後そのままバイトに行ってるから、家に帰るの遅い時間なんだ。それで電話できなくって。ラインもメールもあんまり遅い時間だと悪いなって思って」

「そうだったんだ」

 なんだ……良かった。それにしても、

「いいなぁバイト。私もしたかったなぁ」

「奈美、バイトしたかったの?」

「それなら早く言ってくれたら良かったのに」

「え? だってバイト禁止でしょ?」

 とても聖クロス内部生の言葉とは思えない。

 桜子と涼はにやりと笑った。

「表立ってはそうだけど、家庭教師は黙認されているわ。学校の宣伝になるからって」

「それにテストの監督なら先生から紹介してもらえるんだ」

 なんですと!

 知らなかった……そんな抜け道があったんだ!

「そのためにも通常から先生に自分を売り込まないとね!」

「涼ったら世界史の先生のお気に入りなの。大学部のほうにお手伝いに行ったりしているのよ」

「おかげで世界史のテスト手を抜けなくなっちゃってね……。世界史苦手だから毎回必死に勉強してるよ」

 でも言っているほど顔はイヤそうじゃない。

「クラスのほとんどの人が何かしら家庭教師や習い事に通っているのよ」

「え? 習い事?」

「そう。聖クロスではお茶やお花、ソシアルダンスは教えてないでしょ?」

 さすがお嬢様学校。

「それでみんな早く帰るんだ」

「そうよ。宿題もなるべく学校で済ますのもそのせい。学校でできることは学校で済まさないと、自分の時間がなくなってしまうもの」

 そんな理由だったんだ。

「知らなかった……みんなすごいね」

「そりゃそうさ。努力している自分を知られたらくやしいもん。自分はなにもやってませんって顔してなにかできるほうがすごいって思われるからね」

 それは意地っ張りというか見栄っ張りというか……。

 私は驚きの連続だった。

 完璧な聖クロス生だと思っていた桜子と涼の意外な一面はもちろん、ずっと一緒にいたハル、ミカ、ユミにもまだまだ知らない一面があるなんて思わなかった……。


 ベッドの中、私はなかなか寝付けないでいた。


 ハルは言った。

「アタシ勉強好きじゃないから専門学校行こうかなぁって考えてるんだ。動物好きだし、トリマーになろうかと思って……それでお金稼ぐために今からバイトしてる」


 ミカは言った。

「聖クロスじゃなくてもいいから短大は女子校に入りたいの。やっぱりあこがれだし。それにはまずお金がいるのよ~」


 ユミは言った。

「舞台って面白いよね。役者もいいけど、今は舞台装置とか演出とかを真剣に勉強したいんだ」


 涼は言った。

「俳優を目指してるんだ。だから普段から役を演じるのも今は練習だと思えるようになったよ。高校の間は止められているけれど、大学に入ったらオーディション受けるんだ!」


 桜子は言った。

「うららとはずーっと比べられてきたわ。だから今回は離れて良かったのかもしれない、と思うようになったのよ。うららのこと嫌いじゃないの。ずっと友達だったもの。この機会に、前みたいに仲良くなりたいものだわ。そうしてこの三年間は絶対楽しい学生生活にするの!」


 みんなしっかり目標を持っていた。

 まだ私は決められない。

 私は……なんになりたいんだろう?

 どんな高校生活を過ごしたいんだろう?

 やっぱりまだわからない………。

 桜子の曾お祖母さんは、あれからすぐに目的を見つけたのかな? ステンドグラスを作っているから、その時には見つけていた?

 うう。そう言えば私だけステンドグラスがよくわかってなかったんだ……。

 えーっと私が高校に入ってしたかったことは、ドラマを見ること、おしゃれすること、バイトすること、彼氏を作ること、お店のチェックすること……。

 ドラマ……は見てる。今度から録画して桜子と涼に貸そうと思う。習い事で時間帯が合わないんなら先に言ってくれたら良かったのに。これでドラマの話で盛り上がれるよね!

 おしゃれ……は、そうだ! 髪を切ろう。髪を切るだけでも別人みたいに思えるよって涼が言ってたし。

 バイトはできるって教えてもらったから、明日さっそくお母さんに相談してみよう!

 彼氏やお店はもう少し高校生活に慣れてからかなぁ。

 って、それはともかく、もっと大きな目的よ!

 …………………。

 ダメだ。

 やっぱりわからない。

 もー、だいたいなんでこんなこと考えることになったんだっけ? 最初はハルの趣味の七不思議を調べていただけだったのに……。

 あれ……?

 七不思議調べるつもりじゃなかった私がハルに頼まれて調べてたら、七不思議を作った桜子と涼にだまされた。でもそのおかげで桜子の曾お祖母さんのことがわかった。

 変なの。全然そんなことするつもりなかったのに。

 でも、私が聖クロスに入るんだ! って決めたのだって、たまたま制服を見かけたからだ。あの制服を見かけなかったら、別の高校を目指していたかもしれない。

 ……目標って案外そんなものなのかな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ