6.女子会(前)
「そして? そこには何があったの?」
ハルは身を乗り出さんばかりの勢いだ。
「光り輝くチケット……?」
目を輝かせて想像するミカに、違う違うとユミ。
「すんごい絵でしょ?」
三人の期待に満ちた目に見つめられる中、私は答えた。
「そこには……なにもなかったし、誰もいなかったの」
「はぁ?」
「何もない?」
「誰もいない?」
大きくうなずいた。
そう。振り返った時には階段の下に桜子と涼も来ていたらしい。
逃げるように階段を上る私を追って、二人も踊り場まで来た。
そして三人一緒に屋上扉への階段を見たけれど、そこには誰もいなかった。屋上への扉も閉まっていた。三人で確かめたのだから間違いない。
「どういうこと?」
「一瞬でいなくなっちゃったってこと?」
「ナミってば怒った拍子に眠ってしまったんじゃないの?」
「そうかもしれない………」
そう考えたほうが納得できるんだ。夢をみてたんだって。
でも………。
インターホンが鳴った。
「奈美~! 伊集院さんと井上さんが来たわよ!」
「はーい!」
出迎えに行く私の後ろでハル、ミカ、ユミが顔を見合わせている。
「緊張してきちゃった」
「あの聖クロスのお嬢様に会うんだ~!」
「なに話したらいいのかな?」
私はくるりと振り返った。
「あのさぁ。私も聖クロスの生徒なんだけど?」
ナミはね~、と息を吐く三人。
う~~。
自分でもそう思ってるけどさぁ、本人にそれを言う? まったくぅ。
でもそれも一瞬。桜子の優雅な笑顔、涼の華やかな立ち姿を目の前にすると、心の中で訂正した。
ぴかぴか輝くこれぞまさしく聖クロス生デス……。
あの七不思議の日、あれから桜子と涼は真剣に謝ってくれた。
だまして笑うつもりじゃなくて、七不思議に興味のあるらしい私に体験して感想を聞きたかったんだって。
「仕掛けてはみたものの誰に調べてもらうか決められなくて……。そんな話をいきなりするわけにもいかないでしょ?」
「このステンドグラス以外の話は全部私たちが作ったんだよ」
そこで私は階段で聞いた会話のことを話した。
もしかしたら本物の七不思議じゃない?
でも二人の反応は意外なものだった。
「桜子もしかして」
「ええ。ねぇ奈美、すぐに見せたいものがあるの。ゴールデンウィーク中会えるかしら?」
ちょうど明日は一日空いている。
「それって七不思議がらみのこと? なら私の友達も呼んでいい?」
「もちろん」
桜子と涼を部屋に案内する。
「こちらが桜子でこちらが涼」
「はじめまして」
「こんにちは」
「……………」
二人のきらきらした雰囲気にハル、ミカ、ユミは言葉が出ないらしい。
「で、こっちがハル、ミカ、ユミ」
慌ててぴょこぴょことお辞儀する三人。
「ハジメマシテ」
「コンニチハ」
「ヨロシク」
「うふふ」
「よろしく」
桜子と涼の返した笑顔から三人は目が離せないみたい。わかる。やっぱり見とれるよねぇ。
「お話は奈美から聞いたかしら?」
三人がうなずくのを見て、さっそく桜子が『見せたいもの』を出した。
それはセピア色になった古い写真だった。かわいい姉妹が写っている。衣服が独特なので異国の人かもしれない。
「え? これがなんなの?」
「おそらく……奈美が聞いた会話に出てきた『絵』だと思うの」
『絵』と聞いて、私はなんだか大きなものをイメージしていただけに、すぐにはピンとこなかった。
なるほど。確かに写真も絵と言えないこともない。でも姉妹ってだけであの絵だとは思えないんだけど。
「裏を見て」
そっと写真を裏返す。
そこには手書きの文字があった。
CERTIFICATE
free pass
フリーパス証明書!
驚いている私に、実はまだ隠していたことがあるの、と桜子は言った。
「あのステンドグラスを作ったのは私の曾お祖母さんのタキノさん。伊集院家初の理事長なのよ。頼みこんであの場所にはめてもらったって。でもそれがなかなか好評らしくて、それから聖書物語のステンドグラスを卒業制作として作るようになったみたい。
だから本当は私、あのステンドグラスが『フリーパスチケット』を意味していることは知っていたの。でも理由がわからなかった……。聖クロスに入ってもその疑問は解けなくて、曾お祖母さんの荷物を調べていて見つけたのがこの写真。それからも何がフリーパスなのか、写真の二人が誰なのか調べたのだけど、わからなかったの」
桜子が残念そうに言葉を切った。
「ねぇ……フリーパスチケットって、遊園地でよくある一日パスポートのこと?」
とんちんかんなハルにミカがすかさず指摘する。
「曾お祖母さんの時代に遊園地なんてないでしょ」
その指摘にユミも同意した。
「会話の運びからしてそんなチケットじゃないはずだし」
じゃあいったい何が『フリーパス』なの?
「ねぇそのフリーパスチケットのステンドグラスってどんなの?」
考え込んでいたハルが聞いた。
「これよ」
桜子が鞄から取り出したのはステンドグラスの写真を撮って紙に印刷したものだった。
もちろん実物よりかなり小さい。
「…………」
初めて見るハル、ミカ、ユミが目を丸くして見ている。
何度見ても不思議な柄だ。
名前のわかった今、真ん中の白い長方形がフリーパスチケットなのだろう。
こうやって見ると色のない長方形は真ん中だけで、他は様々な色で不思議な形なのがよくわかる。むしろ長方形は仲間はずれのようにも見えた。
「これが西別館との間にあるんだよ。ちょうど教会が透けて見える」
ステンドグラスを見つめていたハルが口を開いた。
「あのさ……その写真の人はどうなったの?」
それは私も気になっていた。
「日記を調べ直したらやっと見つけたわ。『一年後、友は約束を守り妹を連れてきた』って記述があったの。きっとこのことだと思うわ。それがなんとちょうど八十年前の昨日だったの」
じゃあ本当に昨日は特別な日だったんだ。
続けてハルは聞いた。
「初めからあった七不思議はその階段のものだけ?」
「そうだよ。でも元は『休んでもいいけれど立ち止まってはいけない』なんだ。それだとあんまり雰囲気でないから『階段で立ち止まっちゃいけない。振り返ると………』に変えたんだけどね」
ええ? じゃあ振り返ってもいいんだ……。なぁんだ。
ハルがぽつりと言った。
「あーそっか」
「そっか?」
みんな息を飲んでハルの続く言葉を待つ。
「……やだなぁ、そんな期待しないでよ。ただステンドグラスと七不思議ってセットなんだって思っただけなんだから」
「どうしてそう思うの?」
桜子が不思議そうに尋ねた。
私にも全然つながりがわからない。
「うん……これは想像なんだけど、『休んでもいいけれど立ち止まってはいけない』そうすれば『どこにでも行ける』ってことかなって」
「それが『フリーパス』ってこと?」
涼の言葉にハルがうなずく。
「あぁ」
「そっか」
「なるほど~」
桜子、ミカ、ユミが続いてうなずいた。
え―――?
私さっぱりわからないんだけど。
うー。でもハルもミカもユミもわかってるのに私だけ聞くのも情けないし。みんなどこか懐かしい顔をしているし。
「……お茶入れてくる」
用意していたお菓子と紅茶を取りに部屋を出た。