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5.フリーパスチケット

 突然、ぱっと明るくなった。

 目がくらむ。


「もうやめようよ……」

 この声は涼だ。


「電気消して! もぅ! 他の人にばれたら元も子もないでしょ!」


 すぐに音楽室は元の暗闇に戻った。

 でも今の声は……。

「桜子……?」

「そうよ」

 窓側の壁、グランドピアノの影から優雅に人影が近づいてきた。

「どう? なかなか楽しかったでしょ?」

「ごめん。止めたんだけど……」

 入り口付近から姿を現した涼がすまなそうに言葉を濁す。

 二人の言葉を混乱した私は理解できなかった。

 さっきまでの恐怖から開放されて、とりあえずほっとした。

 とにかく桜子は無事だったんだ。

 そしてなぜだか涼もいる。

 にじんだ涙を気づかれないようにふきながら聞いた。

「……どういうこと?」

「七不思議は嘘だったのよ」

「嘘? 現象が起こったのに?」

 言いにくそうに、でも淡々と涼が話し出した。

「仕掛けなんだ。全部種がある。ここの肖像画だって」

 懐中電灯の光がすっと照らしたのは、小さな映写機だった。

「これで動く画像を映してたんだ。ほんのり明るかったはずだよ?でもちょうど上窓から光が入るから、この映写機が映しているのには気づかないんだ」

「え……。でも……じゃあ、講堂のオルガンは?」

「あれは演奏プログラムが組み込めるオルガンだから、タイミングを合わせるだけでいいんだ」

「じゃあ……じゃあ、科学準備室の放電は?」

「あれは」

「私が最初に懐中電灯で照らしたでしょ? あの光を元に光る仕掛けになっているの」

 桜子が得意げに言った。

「なかなかよくできていたでしょう?」

「桜子」

 涼がたしなめるように桜子をにらむ。

 そうか。

 やっと納得がいった。

 だから誰にも聞かれないようにわざわざ外で話したんだ。涼が反対していたのは、桜子が私をだまそうとしたのを止めようとしたから。でも結局、私はまんまと二人にだまされた……。

 そう、涼も仕掛けに関わっている。私とずっと一緒にいた桜子一人ではすべての仕掛けをセットしたり動かしたりする暇はなかったはずだ。

 それに帰ったはずの涼がここにいることが、何よりの証拠だった。

「……私をだまして笑おうとしたんだ! 友達だと思ってたのに!」

 私は二人に背を向けると音楽室から駆け出した。

「奈美っ!」

「奈美!」

 振り返るわけもなく、私は足の向くままに走った。

 悔しかった。

 桜子の演技に気づかなかった自分もマヌケだったけれど、そんな種のある仕掛けにいちいちどきどきしていた自分が何より情けない。なにを期待してたんだろう。バカみたい。



 顔を上げると目の前にステンドグラスがあった。初めに見せてもらった、よくわからないデザインのステンドグラスだ。

 ということはここは西別館。北別館から近いここには、すぐに桜子と涼がやってくるだろう。

 まさにその時私を呼ぶ声が聞こえた。遠いのか反響している。

 イヤだ。二人には会いたくない。屋上への階段をのぼり扉を押してみた。あかない。危険なので施錠されているのだろう。

「奈美―!」

「どこにいるの?」

 そうこうするうちにも声は近づいてくる。

 階段をおりて逃げようにも、声が反響しているせいでどっちから来ているのかよくわからない。

 どうしよう?

 とにかく行き止りのここから下りないとどうしようもない。あせっていたとはいえ、どうして上に来たんだか。

 ステンドグラスに背を向け、階段を下り始めた。その時、

「待って!」

びくっと思わず身体が硬直した。

「それがあなたの理由だったのね」

 でも私に向けられたかと思ったその声には、すぐに別の声が答えた。

「そう。妹をさがすのが私の第一目的。だからこの絵は大事なんだ。あきらめかけた時に見ると、きっとみつかる大丈夫、もう少し頑張ろうって思える。私のお守り、切り札だから」

 ひそひそ声は上から聞こえてくる。

 こんな所で内緒話? いつの間に屋上から入ってきたんだろう……。

 硬直したまま私は耳をすませていた。

「いいわね、理由があって。私には何もないわ」

「ないなら作ればいいじゃない」

「そんな簡単には作れないわ。あなただって、そんなに熱心にさがしている妹が見つかった後はどうするの? 頑張る理由がなくなった後はどうするのよ? その時にはこの絵だって切り札でもなんでもない、ただの絵になるでしょう?」

「そうね。でも妹が見つかったらこの絵は必要ないし、それからのことなんて考えるだけでも楽しみだよ」

「私は『理由』が欲しいの! そしてそれが絶対うまくいくっていう確かな『証拠』も欲しいのよ!」

「もう持っているじゃない」

「どこに? 私は何も持ってないわ」

「ここにあるじゃない。何でもできる、どこにでも行ける『フリーパスチケット』が」

 私は思わず振り返っていた。

 だって私も欲しかった。誰からも納得される『目的』を、そしてその目的が必ず叶うという確かな『証』が。

 それをこの目で見たかった。

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