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4.七不思議(後)

 北別館を一階におり、講堂へとつながる渡り廊下を渡る。渡り廊下と言っても屋根がついている舗装された道なだけで、風が通っていく。

 瀟洒な校門が見えるけれど、下校する生徒の姿はもうなかった。グラウンドにも人影はない。太陽が建物と山にさえぎられた今、辺りは薄暗く、早くも小さな蛍光灯が点いている。講堂へ続く狭い階段を下りるごとに、さらにまわりは暗くなっていった。


 講堂をじっくり見たのは今日が初めてだ。

 最近作られたという地下三階の講堂は暗く、洋風な装飾品もどこか重苦しい雰囲気を醸し出している。

 さっき使った懐中電灯をつけて、桜子は映画館のような分厚い扉を薄く開けて覗き込んだ。実際ここで年に数回映画を上映してくれるらしい。

「誰もいないわ。中に入りましょう」

 桜子のささやきにうなずくと、私もするりと重い扉をくぐった。

 座席は階段状になっていて、どこからでも壇上が目に入るようになっている。非常灯だけはついているので、足元はほのかに明るい。

 もう少し前に行こうと、私たちは静かに前へと移動し始めた。

 それにしても薄暗い。明るくすると現象が起きないかもしれないとはいえ、薄い照明くらいつけてもいいと思うんだけど……って、私が怖がりなだけか。

 音をたてず気をつけて幅広の低い階段通路をゆっくり降りていく。

「!」

 すぅっと暗くなったような気がした。

 ううん。気のせいじゃない。さっきまでかろうじて見えていた階段通路が闇に沈んでいる。非常灯が消えた?

 下手に動くと危ないので、私はその場で立ち止まって小声で呼んだ。

「待って桜子」

 先に行きかけていた懐中電灯の明かりが止まり、戻ってきた。

「非常灯どうなっちゃったの?」

「おそらく照明の主電源を切られたんだと思うわ」

「そっか」

 確かに、誰もいないのに非常灯をつけるなんて意味のないことだ。納得のいく理由にほっとした。


 トゥ――

  ヴァ――

 ポォ―――――


 不協和音が響いた。

「誰かいるのっ?」

 桜子があと十メートルほどに近づいたパイプオルガンに明かりを向ける。

 ……誰もいない。

 でも、光の中、大きなパイプオルガンの蓋が開いていた。パイプオルガンは壇上向かって左隅にある。舞台裏につながっているから、誰かが弾いてすぐに幕に隠れようと思えばできる。

「隠れるなんて卑怯よ!」

 同じことを思ったらしい。桜子はなおもオルガンに近づこうとする。私はあわてて桜子の腕をつかんだ。

「もう出ようよ!」

「どうして? 私たち、誰かに驚かされたのよ? 誰か確かめなくちゃ!」

「そんなのいいよ~」

 私は出たくてたまらなかった。

 以前、演劇部の見学時に見たのだけど、幕の向こうには人型の像や装飾品がたくさんあるのだ。それを懐中電灯の小さな灯りで照らしながら誰かを探すなんて、想像するだけで嫌だった。

 必死で桜子を引き止める。

「だってほら、パイプオルガンは鳴ったんだし、目的は果たしたじゃない?」

「誰かのいたずらかもしれないのに?」

「それは」


 ポォ―――――ンンン


 今度は一音だけだった。

 そして明かりはパイプオルガンに向いたままだった。

 そこには……そこには誰の姿もなかった。


 私たちは猛ダッシュして講堂から上がり出た。


 屋外の薄ぼんやりした蛍光灯の下で息を整える。

「まさか。まさか、こんなこと」

「すっごいびっくりした。ねぇ、もうこれで全部だよね? もう帰ろうよ」

 私は怖くなっていた。

 いくら七不思議の噂があったって、それが実際に起こることなんてほとんどない。一つでも起こればすごいことなのだ。それなのにこんなに立て続けに起こるのは、何か理由があるんじゃないの?

 今日はもしかしたらここの七不思議にとって特別な日なのかもしれない。過去にここで特別な何かが起こった日。そう思うと、学校からこの敷地から、早く出たくてたまらない。

 なんて切り出そうかと迷っていると、しばらく黙っていた桜子が首を傾げたままそっと囁いた。

「ねぇ。もしかすると『音楽室の肖像画』も、今日なら見られるのかしら?」

「え?」

「二つも体験できたのよ? もしかしたら今日って特別な日なんじゃないかしら?」

 桜子も同じ考えに到達したらしいのに、私と真逆だ。

「そうかもしれないけど」

「じゃあ、行きましょう」

 すっかり息を整え終わった桜子に手をひかれて、北別館へと戻っていく。ひかれるまま私は後悔していた。きっと桜子は私が七不思議を好きだと思ってるんだ。怖い不思議なことが好きだと、勘違いしてるんだ。初めから言っておけばよかった。私は怖いのが苦手だって。七不思議なんてお話だけで十分だって。

 でもそう思う反面、今、正直に怖いのだと言って帰れないこともないのに、握られた桜子の手を振り払えないでいる。だってここで無理を言って帰ったら、次に会えるのは連休明けだ。

 今帰ったら桜子と気まずくなるかもしれない。そうしたら連休明けには友達に戻れないかもしれない。

 ううん。

 もちろんそれもあるけれど……やっぱりそれ以上に私も興味があるんだ。音楽室の七不思議は果たして見られるのか。本当に今日が特別な日なのか。

 ここまで来たなら全部見たい!

 さっきの怖い緊張とは違うどきどき感が胸を支配していた。


 音楽室は科学室の上、北別館三階にある。

 すっかり暗くなった階段を懐中電灯を頼りにのぼる。この時間まで残っているのはあまりいいことではないので、ばれないように用心しているのだ。

 三階の端にある音楽室の扉に手をかけた。

 からりと軽い音をたてて、扉はすべるように開いた。あからさまに部屋に入るのもどうかと思うのだけど、音楽家の肖像画は廊下側の壁にずらりと並んでいる。つまり部屋に入らないと肖像画が見えないのだ。

 私と桜子は息を殺して、そぅっと音楽室の真ん中へと移動した。ここからならたくさんある肖像画を一目で見られる。

 廊下のほのかな明かりが、天井近くの小さな窓から薄い筋となって差し込んでいる。桜子は懐中電灯の明かりを消した。

 逆光で肖像画がはっきりと見えない。

「桜子。これじゃあ動いたって見えないんじゃ」

「見て!」

 鋭い声に肖像画へと目を向けたけれど、薄暗く沈んだ肖像画はうまく見えない。

 でも、何か動いてる?

 目を凝らし、闇に目が慣れていくと、うっすらと肖像画が見えてきた。肖像画の中の音楽家たちは、まるで生きているかのように瞬きをしていたのだ。目があったかと思った瞬間ウィンクされた。

「ね、今モーツァルトにウィンクされちゃった」

 さらにじっと見つめていると、なんだか見つめ返されているような気分になってくる。

「妙な気分ね。ねぇ桜子。………桜子?」

 顔を向けると、横にいたはずの桜子がいなくなっていた。

「桜子……? どこにいるの? 桜子!!」

 懐中電灯もない。

 消えた? そんな。

 もう一度暗い音楽室をぐるりと見回すけれど、やっぱり桜子はいない。あせる私を肖像画は面白そうに見下ろしている。だんだんパニクってきた私の頭に今日の出来事がフラッシュバックする。

 初めの『科学室準備室の放電』次の『講堂のオルガン』そしてここ『音楽室の動く肖像画』。

そうそう昼間聞いた『船の音』を忘れちゃダメだ。

 季節外れの『小動物』、謎のままの『ステンドグラス』、振り返らなかった『階段』を無視するなら、不思議な噂はすべて本当に起こったことになる。

 やっぱり今日は七不思議が起きる特別な日で、もしかして桜子は船の音を聞いた私の代わりに事故にあってしまったの?

 いや聞いた本人すら忘れるというから、桜子の船の音を私が聞いたのかもしれない。

 それにしても桜子はどこへ消えたの? こういう時って捻じ曲がった空間に迷い込んでしまうんだっけ? だとしたら、私はどうしたらいいの? どうすれば桜子を助けられる?

 私一人で?

 桜子を見つけて、無事にこの学校から出られるだろうか? 明日からは連休だ。もしも今日出られなかったら……考えるだけでぞっとした。

「……さ、桜子ぉ」

 声が震えて大きな声にならない。

 響く自分の声に、余計恐怖が増した。

「桜子、涼、もぅ誰でもいいから助けて……」


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