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1.入学式でのつまづき

 二時間電車を乗り継いで、休む間もなく坂を登り始めてそろそろ十分はたったと思う。

 ただでさえ私の鼓動は跳ね上がっているのに、息が乱れてしかたない。

 でもさりげなくまわりを見ると、たくさんいる同い年の生徒はみんな涼しげな顔だ。

 小さく深呼吸して気を引き締める。

 今日は待ちに待った高校の入学式!

 山の中腹にぽつんとある教会が目印の『私立聖クロス学院』、その瀟洒な門がようやく見えてきた。

 聖クロスはいわゆるミッションスクールで、幼年部・小等部・中等部・高等部・大学部とあるお嬢様学校だ。ここにはその中等部と高等部がある。

 お嬢様学校の割に進学校だったりするので、ここに通う女の子たち(女子校だからね)は才女として有名なのだ。

 いや、そんなことはどうでもよくて、特筆すべきは高等部の制服よ、制服!

 シスターを連想させる地味な薄灰色のワンピースはすっきりしたAライン。つまった首元から胸元まで白色の半円で囲まれ、そこには3つのボタンと細いリボンがついている。

ただそれだけなんだけど、それがたまらなくレトロでかわいい。

 指定の黒革の大きなボストンバッグ、コート代わりの白いケープと合わせると、まさに一昔前のお嬢さん、といった風でかわいいのだ。

 駅で見かけて一目ぼれした私は、絶対に私もあの制服を着るんだ! と思い続けてきた。

 それがついに! ついに今日から私もあこがれの制服を着て、あこがれの高校に通うんだ!

 ここに来るまで大変だった分、どれだけこの日を待ち望んでいたか!

 友達からは成績優秀だと思われていたけれど、私が全力で頑張ってもトップに立てたことは一度もない。

好きな科目と嫌いな科目の差が大きすぎるから、いつも中の上くらいだった。

 マラソンで例えるなら二位集団。走っても走っても一位集団には追いつけない。

 それでも私は必死に走った。

 大好きなドラマも見ずに塾へ通い、おしゃれなんて時間の無駄。友達と遊ぶことも極力減らして、何もかも削って走りに走った。

 学校から一人の受験生だったのも、友達がライバルじゃなくて気を使う必要もなくて本当に良かったと思う。

 そうして努力に努力を重ねた末の合格発表!

 やっと一位集団に追いついたんだ!

 あぁ、これから始まるのはバラ色の高校生活なんだ。

 大学部には優先的に入れるらしいし、これであの辛かった受験生活から永遠にさよならできる!

 合格発表の時から受験生活が終わったとはいえ、記念すべきは今日! 今日この日から新しい学校で新しい生活が始まるんだ!

 舞い上がらんばかりの気持ちを胸に隠しつつ、どこか上品な生徒たちに混じって瀟洒な門をくぐる。

 パイプオルガンのある広い講堂に入ると、聖歌隊の美声が迎えてくれた。

 あぁ、もう、まさに天国……。

 幸せ~~~~。

 老シスターからの祝辞をいただいたのはそんな時だった。


「みなさん、入学おめでとうございます。さて、うかれているかもしれませんが、これからが受験本番と言ってもよいでしょう。気を引き締めて………」


 え?


 今なんて?

 これからが受験本番?

 聞き間違いでしょ?

 受験はもう終わったじゃない………。


 これが初めのつまずきだった。


 その後教室に入ると、お決まりの自己紹介をすることになった。

 私はじっくりと話す内容を考えてきている。

 自慢じゃないけど今まで出席番号が一番だったことしかない。

 経験上、私の返答次第で続く自己紹介の雰囲気が決まるのだ。特に今回は高校生活を左右する大事なものだから、その後話題が振りやすいようにとまで念の入れようだ。

 そうよ! さっきの祝辞は忘れて、楽しい高校生活の第一歩を踏み出すのよ!

「では相川さんから」

 気合十分、笑顔で立ち上がる。

「相川奈美です。趣味はドラマで毎週欠かさずチェックしています。好きな俳優は……」

 くすくす笑いが広がった。

 え? なにか変なこと言った?

 黙ってしまった私をそのままに、先生は先に進めた。

「はい。じゃあ次、伊集院さん」

 ボブカットの日本人形のような伊集院さんは優雅に立ち上がった。

「伊集院桜子です」

 名前だけ言うとそっけなくすぐに座った。まるで時間の無駄だとでも言うような態度だ。

「はい。次、井上さん」

「井上涼です」

 背が高くショートカットの井上さんは、はきはき名乗ってちらりと私を見ると座った。

「はい、次、上田さん」

 ……私もいい加減座らなくちゃ。

 席に沈みながら呆然と続く自己紹介を聞いた。

 名前だけでいいんだ……。でも普通、自己紹介っていったら、もっと趣味とか好きなものとか話すじゃない? そういうのナシ? それって自己紹介?

 でも誰も不満はないみたい。

 五十人もいるクラスメイトが早々と名前を言い終わると、先生から明日の連絡があって、すぐにHRは終わった。

 声をかける暇もなく、みんなあっという間にいなくなった。帰るのも素早い。

 驚いている私に、一緒に日直になった伊集院さんが鍵を振る。

「さ、早くお仕事を終えてしまいましょう?」

 優雅に目を細めて微笑むさまは、まるで気品あふれるシャム猫のよう。

「あ……の伊集院さん。みんないつもこんなに早く帰るの?」

「え? ああ、あなたは外部生なのね」

 外部生とは高校から入学した人のこと。中等部からいる生徒のことを内部生、エスカレータ生という。

このクラスの半分はエスカレータ生なのよ、と伊集院さんは簡単に説明してくれた。

「あ、それで自己紹介が名前だけなんだ」

 伊集院さんは私のまぬけな姿を思い出したらしく、くすくすと笑った。

 うう、はずかし―――。

 何か言わなくちゃ、と口を開きかけた途端、笑う伊集院さんの顔に見とれてしまった。そつのないお嬢様の表情が崩れたのは、今日初めてで、やっと同い年って感じがした。

 見とれる私に気づいたのか、伊集院さんは私の目を見つめて歌うように言った。

「ここって誰も他人に関心なんてないの。ここですることは勉強。ただそれだけ。目的地に行く途中に一緒にいる人なんてどうでもいいの。そういう学校なのよ」

 伊集院さんの顔はずっと笑っていたけれど、いつの間にか元の、隙のない聖クロスの生徒の表情になっていた。

「さ、一緒に職員室に行きましょう?」

 職員室に鍵を返して駅へ向かうその途中、伊集院さんと線が同じことがわかった。

「最終駅までだったら大変でしょう?」

「でも行きは始発駅でおトクだよ」

「そうね。同じ中学からの受験生はいないの?」

「うん。受けたのは私一人」

「まぁ。じゃあさみしいわね。良かったら友達になりましょう?」

「え、ほんとに?」

 勝手が違って全然いつもの調子じゃなかったのに、そう言ってもらえてほっとした。

「明日私の友達も紹介するわ」

「うん!」

「ではごきげんよう」

「また明日ね」

 手を振って見送る。

 黄昏色に染まった電車に揺られながら、私は伊集院さんの言葉を思い返していた。


『目的地に行く途中』


 目的地……って、どこなんだろう?

 今までの私なら『この学校に入ること』だと即答できた。

 でもそれがかなった今、これからの私の目的って……なに?

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