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壮麗なる志し 〈現代編 その4〉

ミイナがいる、現代に戻ってきました。

前回、骨折により熱を出してしまったミイナ。森で採ったノコギリソウを服ししのぐことに。

一方でワルダーとイザボーは『あの名』についてお話を。ワルダーには新たに、火傷の傷ができたようだが···。


ワルドーがミイナの部屋に入ると、ミイナは難しい顔をしながら分厚い本を広げていた。


「具合はどうだ?熱が出てないか、触って確認していいか?」

話しかけながらワルドーはミイナのベッドの傍に歩み寄る。


ミイナは本から顔を上げると輝くような笑顔を向けた。

「もう大丈夫よ!もちろん触ってくれて構わないけど!熱が下がってもう二日ですもの、きっともう二度と熱なんか出ないわ!」


ガッツポーズのミイナ。

そうか、と、ワルドーはミイナのオデコに触れる。


「大丈夫そうだな。長引かなくて良かったよ。···何を見ているんだ、図鑑?」

ワルドーは、ミイナの手元に広げてある本に視線を落とした。


ミイナは少し肩をすぼめる。

「そうよ、薬草の···。傷跡を、消したりできるかしらと思って」


ワルドーはミイナを静かに見つめる。

「君に、消すべき傷跡は見当たらないようだが」


ミイナは困ったように俯く。

「えぇ、ないわ」


ワルドーは図鑑に手を伸ばした。

先日加えられた手首の傷は、まだグジグジとしているようだった。

「もしも俺の事だとしたら···」


図鑑を取り上げようとワルドーは手に力を入れた。が、ミイナも、ぐっ、と力を入れて図鑑を持つ。

「わかってる。余計なお世話だって、そう言いたいんでしょう?わかってるわ。でも、言ったけど私は薬師になりたいの。目の前にある薬に関する疑問を放置してはおけないわ。つまりはね、ワルドー。これは私の為なの、私は私の為に調べものをしているのよ」


一気にまくし立てるミイナを、ワルドーは静かに見つめた。


ミイナはワルドーを見る。

ついつい熱が篭もる。もうずっと願ってきた、自分の思いだからだ。自分のやりたい事、自分の目指す先。誰にでも見せたい、誇り。

「誰の事も癒やしたい。そういう人に、私はなりたいの」


見つめられたワルドーは、なぜかとてもつらそうだった。眉を寄せ、視線を窓に流し、力が抜けるように図鑑から手を離す。


「あぁ、いい、心がけ、だな···」


そう、やっとの思いで口にすると食事の準備の為再び部屋を出ていった。



キッチンに着いたワルドーは、深いため息をついた。

食欲は元通りありそうだ。しっかり食わせてやらねば。

そう思い料理に取り掛かろうとするワルドーの鼻孔を、甘い匂いがかすめた。


「癒しを施す女はお嫌い?」


振り返ると、キッチンの入り口にイザボーが立っていた。

手にアップルパイの乗ったお皿を持っている。


ワルドーは驚いてイザボーの元に歩み寄る。

傍に寄る前に、イザボーは腕をぴんと伸ばしてワルドーにアップルパイを渡した。


「彼女に?」

ワルドーが呆気にとられた顔でイザボーに問うと、イザボーはクスクスと笑う。


「無事熱が下がったのでしょう?お祝いよ、林檎は嫌いではなさそうだし」


すい、と、廊下の方へ姿を消し、ややしてバタン、と、玄関のドアが閉まった。


「筒抜けか」


アップルパイを手に、呆然と立ち尽くすワルドーであった。



「すごいっ!すごいわこれ!ねぇワルドー、すごいったら!!」


もしゃもしゃと、アップルパイをほうばりつつミイナは、『すごい』を連呼した。


「そうか」

ワルドーはそう答える。


ごっくん、と、アップルパイを飲み込むと、ミイナはワルドーを覗き込む。

口の端にパイ生地がポロポロとついていた。


「ね、作り方を教えてくださらない?こんなにすごいアップルパイ、食べたことないわ!」


あ〜、と、ワルドーは言いよどむ。

ミイナは次の塊にとりかかっていた。もう3切れ目だ。


「もしかして···」

ミイナは残念そうにしつつもしっかりとアップルパイを口に放り込んだ。

「企業秘密だったりする?そうよね、こんなにすごいもの。これはタダでは伝授できないわよね」

むぐむぐ、っくん。


あまりの食いつきに、ワルドーは頭の中で想像してみた。


イザボーがミイナにアップルパイの作り方を伝授している様を。


パチパチ、と、ワルドーは瞬きをする。


やめておこう。

胃が、痛みそうだ。


「熱も下がって、食欲も戻って。あとは骨がくっつけば下山できるな。俺がいいと言うまでは立ち上がっては駄目だぞ」


それだけ言って、ワルドーはミイナの部屋を後にした。


どれだけ喜んだか、彼女にも教えてやろう。

玄関を開けながら、ん、とワルドーは思う。


筒抜けなんだった、まぁいいか。


きっと何度話しても、彼女は喜ぶだろうから。



「···何をしているのか、聞いてもいいか」


唖然としたワルドーの声に、ミイナは振り返った。


「なにも?」


焦って両手を後ろに隠す。

口を尖らせふーふー、と息を吹く。口笛···のつもりかもしれない。


今朝、いつものように湿布を替えた。

それはツーンとした匂いがするから、ワルドーは桶に水を汲み一緒に持ってくる。すぐに手を洗うためだ。

どうやらその桶を置いたままにしてしまったようだ。


かたわらには手を拭くためのタオルもあったはずだが、どうやらミイナは、それらを使って水拭き掃除を敢行したらしい。


ベッドに座ったまま届く範囲、ベッドヘッド、横の小机、窓、そして、壁。


まだきらきらと、拭いたあとが濡れて筋になっている。


ワルドーはため息をついた。

「汚れが目立ったかな?」


そう言ってミイナの背中から濡れたタオルを優しく取り上げる。そのまま隠し持っていたのでは、ミイナの背中がしっとりと濡れてしまう。


ミイナは焦って弁解した。

「違うわ、そんなことないの。でもほら、もう全然痛くなんてないし、なのにこうやってずっと寝たきりで、申し訳なくて···ごめんなさい!!」


ワルドーは薄汚れたタオルを、水の張った桶に落としミイナを見て微笑んだ。

「あやまることはない。何か···本でもあったかな、探してこよう。暇をさせてすまないな」


ぷるぷる、と、ミイナは首を振る。

「暇なんてことないの!でもそう!もしあるなら薬草図鑑がいいわ!私が持ってたものは、もう端から端まで見てしまったから」


そうか、と頷きワルドーは姿を消す。


ミイナが拭いたところの窓は綺麗に透き通って、外がよく見えるようになった。

そこを、となりのあるじさんの家に向かうワルドーの姿が通る。


わざわざ借りに行ってくれたんだわ。

すごいわ、なんて優しいのかしら。まるで天使ね。


えっ、と、ミイナは自分の思考に驚く。

あんなに大きくて低い声の天使がいるの?


ミイナは、ワルドーの頭に輪っかが浮かび、その背に小さくて可愛らしい羽が生える様を想像した。


「ぶぅーーー、んくくくく、いや、駄目よミイナ、失礼だわ、っひゃっひゃっ」

次回12月1日公開予定です

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