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煎じ薬と夢 〈現代編 その3〉


「懐かしい名だわ」

ソファに座り、イザボーは呟く。


「あぁ、奇遇すぎるな。俺も驚いた」


イザボーの言葉に素直に頷くワルドーを見、クス、と、イザボーは笑う。


「貴方がご存知なの?あの名を?」


ぶす、と、ワルドーは不貞腐れる。

「ジャンはちゃんと覚えている。あの子があの名を受け継いでいるということは、彼らは貴女に感謝しているということだろう」


す、と、ワルドーはイザボーに手を伸ばす。


ふい、と、イザボーはそこから離れた。

「あの子の親は、何が起きたか知りもしないはず」


「イザボー」


「駄目よ」


ふふ、と、イザボーは笑い、窓辺に近寄る。

外は暗く、ステンドグラスのはまった窓からその様子は見えない。


しかしイザボーはステンドグラスのさらに向こうを見やる。


「いつでもあの子が始まりなのね」


小さく呟く。


どこか諦めたような微かな微笑み。


ワルドーは息をつき、す、とイザボーに近寄り、後ろからその背を抱いた。


シュゥゥゥ、と、湯気が上がるような音がした。



翌日。


骨が折れたことが原因で、ミイナは熱を出してしまった。


「食欲はあるか?もっとさっぱりした物を用意しよう。少し待っててくれ」


ミイナは手を伸ばしワルドーの服の裾を引っ張った。


「ありがとう、ご飯は今持ってきてくれたものでいいの。おいしそうな匂いだわ。迷惑かけてごめんなさい···。昨日のうちにノコギリソウを煎じておけばよかったわ」


花のつくノコギリソウは、その葉の部分に解熱の効果がある。

しかし今のミイナでは、起き上がることすら困難であった。


せっかく取った薬草も、そのまま枯れたらただのゴミね···。


ふぅふぅと、熱のある頭でぼーっと考えていたミイナ。


「そうか。君は薬草をとってあんな所まで来ていたのか」


ワルドーはそう言い、ミイナに顔を近づけた。

「君の荷物を開けてもいいかい?採ったのが昨日なら、一刻も早く精製してしまったほうがいい」


ミイナはぼーっとしながらも目を開けた。

「開けるのは全然構わないわ···って、貴方、怪我をしているじゃない!」


ワルドーは、顎のあたりと両手首のあたりが、たった今火で炙ったかのようにぐじぐじとただれていた。


「ん?あぁ、いやこれは···」


ミイナはガバッと起き上がる。そしてくらっと頭を揺らす。


それをワルドーは焦って支えた。


「おい、無理をするな。今煎じるから···」


ふぅふぅと息をつきながら、ミイナはワルドーを見やる。


「貴方の火傷の処理のほうが先だわ。私のこの熱はいずれ下がるものだもの」


ぐ、と力を入れて、ワルドーはミイナを布団に押し戻した。


「俺の肌のことなら気にしないでくれ。さぁ、おとなしくしているんだぞ。果物をすりおろしてこよう」


ワルドーのノコギリソウの煎じ方は、ミイナの知るそれとは少し違うようだった。


「これ、すごいわ。飲みやすいのね。私がやるとね、いつもとげとげした感じが残るの。皆嫌がるのよ。良薬口に苦し!っていつも突っ込んじゃうから問題ないんだけどね」


ワルドーは、ミイナが平らげた食器を下げる。

やはり食欲はないのだろう。スープを少し飲み、後から用意した林檎のすりおろしだけかろうじて食べきったようだ。


「一度湯につけ置くといい。あまり高温だと色が変わってしまう。風呂よりは高いくらいの温度がいい」


へぇ、と、ミイナは顔を輝かせた。

「やってみるわ。湯がいちゃいけないでしょう?思いつきもしなかったわ。今ね、思ったの、貴方に話してて、とても大切なことに気づいたわ」


食器を重ねる手を止め、ワルドーはミイナに向き直った。


それを見てミイナは頷く。

「苦し。じゃないわ、トゲし。だった。私、間違っていたわ···」


ふぅ、と、重いため息をつくミイナ。

それには触れずに、ワルドーは訪ねた。

「足に痛みはないか?熱があるのならそっちの炎症も大きくなっているやも。布がきついと感じないか?」


ミイナは頷く。

「全然なんてことないわ。ありがとう。もしかしたらもう治ったのかも!」


ワルドーは苦笑する。

昨日の今日で、熱まで出しておいてよく言う。

ワルドーはミイナの足の方に移動し、そっと布を取り除いた。添え木には触れないよう、注意しつつ湿布を替え、再び布を巻く。


「腫れが増してはいないようだ。うまくいってる。が、これで地に足を付けば、今度はもっと簡単な衝撃でズレるからな。間違っても歩こうとするなよ」


ミイナはワルドーがかけてくれる布団に潜り込みながら言う。

「貴方、医学の心得があるのね。ご飯もおいしいし、おうちはとっても清潔だし、もしかして貴方···」


ワルドーはミイナを見つめる。


ミイナは真面目な顔で言う。

「仙人なの?」


ワルドーは、ふっと笑った。

面白い少女だ。人を思いやる優しい子。

俺を見た目で判断しなかった、真っ直ぐな子。


かつて彼女がすくった、雫の一滴。


ワルドーは言う。

「医学の知識は経験からだ。よく怪我をする者どもと行動を共にしていた事があるから。あとはまぁ、一人でやっている期間が長いからな。色々と覚えるさ」


ミイナは布団をずり上げた。

「そうなのね。私はね、薬師になりたいの。今はお勉強中でね···、たくさんの、人を助けたいと···」


ふわぁぁぁ、と、ミイナは大きなあくびをした。


ワルドーは窓により、そのカーテンをひく。

「薬が効いてきたようだな。よく寝るといい。また様子を見に来るよ」



ミイナは夢を見た。


不思議な夢。


支離滅裂な夢。


真っ二つになったぬいぐるみ、ほかほか熱いドーナッツ、綺麗な薔薇が咲き誇る庭、そこから顔を出す黒い猫


あれは何かしら、鎖?でもジャラジャラと音がしたりはしないのね。

嬉しいの?鎖が?

でもいらないの?切ってしまうのね


痛いの?違う?

寒いの?違うわ

悲しいのね、違う?


あぁ、寂しいのね





ここで一旦置いといて、次回時代が変わります。

11月21日公開予定です

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