表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

薔薇の家 〈現代編 その2〉


小一時間もそうやって歩いただろうか、やっと家のような建物が見えてきた。


「···それで、私は言ってやったんです。『それはお前の()()()()のせいだろう』って!あっはっは!ウケません?···あれ?ウケませんでした?」


ミイナは道中ずっと大盛り上がりしていた。


···一人で。


ワルドーはため息をつきミイナの顔を見た。


「あそこが俺の住む場所だ。が、俺の家ではない。まずはあるじにお伺いを立てたい、構わないか?」


突然に現れた家は、それは立派なものだった。


白い壁一面に蔦が覆い、たくさんの色とりどりの薔薇が咲き乱れる。

それはその横の庭も同様で、白い薔薇が一番多く、他にも赤や黄色やピンクなど、様々な薔薇が散らばっていた。


「壁面で花を咲かせるなんて···すごいわ、強い薔薇なんですね···」


ミイナは感嘆する。


そしてワルドーを見、言った。

「こんなに素晴らしいお花を育てるお方、私の方からぜひご挨拶したいです!」


ワルドーは頷き、門から中へと入っていった。


白い壁に所々はめられた大きな窓は、そのすべてがステンドグラスとなっていて、明るい外界から中を窺い知ることはできそうになかった。


その中央に、大の大人が3人は通れる程に大きな扉を有する玄関があり、ワルドーが進むとギギぃ···と、重そうな音を立てて扉が開いた。


そこに現れたのは細く小さな女性だった。

黒い艷やかな真っ直ぐ伸びた髪を背中なかほどまでたらし、白い小さな手で扉を支え、可愛らしいカーブを描いた頬は薄紅に染まり、ぷっくりした唇はなんの感情も表しておらず、静かに閉じている。


ミイナは口を閉じることも忘れ女性を見つめた。


真っ赤な、瞳。


そこにはなんの感情も浮かんでおらず、炎を思わす赤にも関わらず、冷たい氷のような冷徹さを感じた。


ふ、と、ミイナを見ていた女性の視線が、傍らのワルドーの方を向く。


「今日の夕餉(ゆうげ)はこれ?」


えっ、と、ミイナは固まる。


ワルドーは一度ミイナを降ろし、その横に女性に向かって(ひざまず)き、頭を垂れた。


「突然に現れた俺に驚いて崖から落ちた。足を骨折している。癒えるまでここに置いてくれ」


「名は?」

女がミイナに聞く。


ミイナは唾を飲み込み答えた。

「ミイネ=リナ=レインです。あの、驚いたのは私のせいで···」


「···リナ···?」

女が聞き返す。


「あぁ、えぇ、なんでか知らないですけどうちの家系、女の子が産まれると必ずリナって入れるんです。まぁ、ほぼファミリーネームみたいなもので!あはは!」


「足が癒えるまでの滞在を許します。が」


女性の赤い瞳が光ったような気がする。

「こちらの家には立ち入らぬよう、ミイネ=リナ=レイン」


「イザボー」

(とが)めるようなワルドーの声。


女は眉を上げた。

「なんです?我が家に好き勝手立ち入っていいなどと、言った覚えはありません。ジャン、貴方にも」


ワルドーはため息をつき、再びミイナを抱き上げ、女性の立つ家の横にある、これもまた立派な家へ向かった。


ミイナが案内された家は、木で出来た落ち着いた雰囲気の家だった。

中はそれなりに広く、キッチンとダイニングを除いても3部屋ほどあるようだった。


そのうちの一つに、ワルドーはミイナを運び入れ、そっと椅子に座らせると、ベッドの準備をしてくれた。


ぱりっとしたシーツをきちっと敷くと、その上にそっとミイナを乗せる。


そしてミイナの両手をベッドヘットに持っていき

「ここを掴んでいろ。少しの間、頑張れよ」


そう言うと、ミイナの腫れた足首を持ち


「はぎゃぁあぁ、んにゃっ!!」


ズレた骨を元通りに収めた。


ツーンとする匂いの布をそこに巻き、底と両脇に添え木をし、ぐるぐると布で巻く。


そしてミイナの頭を優しく撫でた。

「よく頑張ったな、えらいぞ。触った感じだと粉砕はしていない。2ヶ月もすれば動けるようになるだろう」


ミイナは涙を浮かべた目でワルドーを見た。

「あ、りがとう、ジャン。痛くなか、ったわ···」


くすん、と鼻を鳴らすミイナを、ワルドーは静かに見る。


「俺の名はワルドーだ。呼ぶ必要があるのならそう呼んでくれ」


ほよ?と、ミイナは首を傾げた。さっき確か、あの女性はジャンと呼んでいた。

ワルドーの名は使っていないとか、言ってなかったっけ?まぁいいか。


「私も本当はミイネっていうんだけど、皆略してミイナって呼ぶの。私のこともそう呼んでね」


そうだ、ついでだから、さっきの女の人の名も。

ミイナはそう思い、言葉を出そうとした。


あれ、なんだっけ。ワルドーが呼んでいた。

イ、イ···イザベル?なんか違うな?


「あるじさんの名前はなんだったかしら?あんまり聞かない名前だったように感じたけど!」


暖炉に火をおこす作業をしていたワルドーは、ピタ、とその動きを止めた。


「イザベラ?ベルトル?ん〜、なんか違うような···」


ワルドーは暖炉に薪をくべると立ち上がる。


「彼女の名は知らなくていい。あるじ、でいい」



ミイナは一人、布団に潜っていた。


なんだかんだ言って、ミイナはワルドーに、それこそ多大な迷惑をかけた形になるわけだ。


入ってはいけない森に勝手に入りこみ、見た目はどうあれ普通の人間を、熊と見間違い勝手に崖から転落した。


あるじさんに至っては、もっとずっと無関係。


だからここに置いてもらえるだけで、ミイナにとって二人は恩人。


名前の呼び方だって、希望通りにするのがせめてもの報い。


でも、と、ミイナは思う。


あるじさんって、それどうなん?

じゃあなにかい?


「あるじさん、ちょっと肩でも揉みましょうか」


とか、


「あ、あるじさん、そこのしょうゆ取ってもらえます?」


とか、言うってことかいな。


それってすんごく変くない?


ミイナのこの、根本から方向性のズレた心配は、結果から言うと杞憂であった。


左足を大きく腫らしたミイナの為、ワルドーは毎度の食事をその枕元まで運び、食事が終わるまでその横に座り、ミイナがしゃべくりまくるのを黙って聞いていた。食べ終わると食器を下げ、何かあったらベルを鳴らすように、と部屋を出る。


つまり、至れり尽くせりな上に、ミイナとあるじさんは、全くもって接点がなかったのである。



次回11月17日公開予定です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ