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魔女の森 〈現代編 その1〉

ミイナ(ミイネ=リナ=レイン)は森を歩いていた。


······いや、這いつくばっていた。


すごいわすごいわ、こんなにたくさん。


もう、どんくさいだのおっちょこちょいだの、言わせないんだから!


鼻の穴を膨らませながら凝視するミイナの視線の先には青々とした草が、たくさん生えていた。


今なんどきかしら。まだ平気よね?だってこんなに生えてて。


ミイナが必死に集めているのは、薬草だった。

森を少し入った所では、もう取り尽くされていて滅多にお目にかかれない、中々に高価な種類のものだった。


薬草は、生き物であるがゆえそれぞれに時期がある。

今ミイナが手にする薬草は、花をつけるまでが収穫の時期であった。

咲いてしまった後は効能が激減する。


もういくつも小さく可愛らしい蕾がついている。

次にここに訪れても、きっともう収穫はできない。


今だけという焦りから、ミイナは手を止めることができないでいた。


バサバサっ、と、鳥の羽音がして、ミイナは顔を上げた。


あ、ら、ちょっと深くまで来すぎたかしら···。ここいらはもう、シェイネの森かもしれないわ···。


『シェイネの森』

その昔、そう···もう300年近くも昔、ミイナの住む街を襲った、恐ろしい魔女『糜爛(びらん)のシェイネ』が住まうという森である。

紫の光を迸らせ、一瞬のうちに10人もの大男を死に至らしめたとか、···20人だったかも。

その魔女が、今も住むのがこの森だという言い伝えだ。


ミイナが小さい頃、言うことを聞かないとよく、

「シェイネの魔女が来て、お前の頬を触っていくよ」

と脅されたものだ。

シェイネは、触れる者の肌を焼けただれさせる糜爛の呪いを、その身に纏うという。


そんな古びた言い伝え、馬鹿馬鹿しいったらないわ。


ミイナはため息をついた。


もしそれが本当なら、道は火傷した人であふれかえる。

ミイナが知る限り、そんな事件は起きていない。


半月ほど前、表通りのケインが、揚げ菓子を作るときに油がはね、足の甲にミミズ腫れのような火傷を負ったとボヤいていた。


一週間もしないうちに傷は綺麗に消えてしまったはずだ。

魔女が関与した可能性は、低い。


「あ!ノコギリソウもあるじゃない、やった〜!」


綺麗なピンク色の花を見つけたミイナは、そのそばに走りより、花を避けてギザギザした草を摘み始めた。


ガサっ


夢中になって採取をするミイナの耳に、草を踏みしめる音が聞こえた。


なに···かしら、大きな、音よね。


ガサガサっ


枝を避ける音、落ち葉を蹴る音、だんだん近づいてくる、音。


ここいらはもう、完全に、山の中、だわ···。山といったら、あれよね、やっぱ···。


がさっ


目の前に大きな黒い塊が現れる。


「やっぱり!熊ぁっ!!!」


ミイナは叫ぶと、両手を上げて走り出す。


「おい、そっちは危ない···」


黒い塊から声が発するが、ミイナには聞こえていない。


ザリッ!

ミイナの足が斜めに滑る。


「はにゃっ、えっ、や···」


がさささささっ

きゃあああああああっ!


ミイナは突然になくなった地面に、なすすべもなく、重力に従って下に落ちていった。



ずぼっ!と、落ち葉の塊が動く。

ず、ず、ず···


「ぷっは〜!あ〜、びっくりした!」


山のような落ち葉から、ミイナが顔を出した。


「落ち葉のお陰で助かったけど、その落ち葉で窒息するとこだったわ!」


そういうと、その自分の発言がおかしかったらしく、くすくすと笑いだした。


「思った以上に大冒険になっちゃった。さ〜て、ここはどこかしら。まずは立ち上がって···」


グキッ

ばさっ!


立ち上がろうとしたミイナは、再び落ち葉の山に頭から突っ込んだ。


「きゃ〜!痛い痛い!!あああ足がぁぁ!」


見ると、ミイナの左足首は、そこにもう一人、ミイナの頭が現れるのでは、というくらいに膨れ上がっていた。


「そ、そんなぁ···」


さすがのミイナも涙声になる。

シェイネの森のど真ん中で、足首を骨折して動けないとなると、寒い夜に狼に食われて骨になるか、暖かい昼に肉が腐って骨になるかのどちらかだ。


「どっちにしろ骨なの!それ以外はないの!?」


自分の思考に突っ込みを入れてみるも、鳥の鳴く声が響くだけ。


「人は誰もがいずれ骨になるだろう。それは避けられない事実だ」


低い声が後ろから響いた。


ミイナは肩を跳ねさせ振り返った。


「貴方、く···!」

「熊ではない」


大きな男が立っていた。さっきの、熊と間違った黒い塊がこの人だったようだ。


逆光だった光が向きを変え、男の姿をよく映した。


それはとても異様な姿だった。


着ている服から覗いている肌のすべてが、ケロイド状にただれていた。


顔も、頬など元々の形もわからないほどにぐちゃぐちゃしている。

ただ、目の周りと首周りだけが、かろうじて肌の質感を保っていた。


「あ···の、い、痛そうですね」


今日はいい天気ですね、のノリで言ってみたけど、失敗だったかな。ミイナはそう思う。


だが男は気にしない風でこう返した。


「今は君のほうが痛いだろう。俺のこれは、触れてうつるものではない。君に触れ、運んでも構わないだろうか?」


ミイナは人差し指を口に当て首を傾げた。


「もしかすると、助けてくれるってことですか?」


男は頷く。

「半分は俺のせいでもある。街に降りることはできないのだが、俺が住む家がすぐそこだから、そこで手当てをさせてほしい」


ミイナが頷くのを待って、男はミイナを軽々と抱え上げ、道なき森を、迷うことなく進んでいった。


ミイナは遠慮がちに男の首に手を回し、自分の体を支え、男が歩きやすくなるよう努めた。


「あ、の、私、ミイネ=リナ=レインって言います。お名前はなんていうんですか?」


男は前を向いたまま、規則的に足を動かしてそのまま答える。


「俺の名はワルドー=スタイレーンだ。が、もうその名は使っていない」

新連載です。どうぞよろしく!

次回11月14日公開予定

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