第2話 虚ろな邂逅
────さぁ、蹂躙せよ。権能を以て。
×××
大抵の世界では、同様の過程を辿って繁栄と衰退を繰り返す。
それは、押しては返す波のように───
屍肉を鴉が啄むように───
世界そのものが、その円環を助長しているかのごとき、純然たる自然の理である。
神様曰く、掻い摘んで言うと『膨大な数に及ぶ試行から産み出た、苦患なる真理の一つ』ということらしい。
そしてその数多の世界を束ねる為には、例外なく『真理』というルールに則った、完全なる運営の徹底が必要とのこと。
だが昨今…そんなルールを無秩序に侵し、様々な方法を通じてあらゆる異世界へ転生、転移して来る無法者が後を絶たない。
通行料も支払わず、幸運にも祝福を授かりお得意のチートスキルやカンストしたステータスを駆使して訪れた世界で大活躍。
ある者は英雄に、ある者は戦神に、そしてある者は、支配者や君臨者として社会やもっと大きなカテゴリーにまで威光を示さんとする。
そんな飽くなき、不遜な凡百共の成り上がりサクセスストーリーが跳梁跋扈する危機的状況下に終止符を打つべく、神様から使命を賜った代行者たる俺が、各世界の均衡調整役として機能している。
×××
「うっ……ここは……」
発見してから、1時間と4分26秒───
全くの無防備状態で沈黙をしていた少女が目覚めた。容姿端麗で年は十代後半といったところだろうか。
髪はブロンドのショートヘアで、全身にはマットブラックを基調とした、如何にも科学技術の賜物といった印象の前衛的なバトルスーツを身に纏っていた。
「大丈夫ですか?どこかケガなどはされてませんか?」
傍目から見たところ、特にこれといった外傷は無かったが、念の為伺い立てておく。
初対面ではある程度、律儀にしておいた方が、特にこんな状況の場合は有益な人間だと錯覚されやすい。
「大丈夫です…あなたは?」
情報の共有は、できるだけ慎重に行う必要がある。
現地人ならともかく、闖入者との会話はその言葉の端々に到るまで油断してはならない。
「先程助けて頂いたおかげで、この通り無傷で済みました。」
最低限必要な装備や道具、ルールブックなどは渡行前に、揃えてきている。
以前に何度かこういう事態が発生し、初対面でかけられた疑念を払いきれずに情報の少ない状態で戦闘になりとてつもない苦労を強いられた事があるからだ。今は用心を怠らないように万全を期すので、よほどの事がない限りは瞬時に正体が漏れることは殆ど無い。
「そうですか!よかった…実は、伝説のキノコを求めて日中から山林を捜索していたんですが。
道に迷ってしまって。よろしければ、街への道のりにご一緒させて頂けませんか?」
あー、あの食べたら大きくなるやつかな?…って、んなことはどうでもいいが。
少女が装着している複数点に及ぶ武装は、俺の知り得る中でもかなり発展した時代の社会において開発されるような代物だ。
それに加え、言語のコンバートシステムも淀みなくバックグラウンドで稼働している様子。言語の双方向変換時に生じる微細なノイズが確認できる。
つまり、この世界以外の住人ということがほぼ明確になった。
「助けて頂いた恩もございます。是非とも街までご案内して差し上げますよ。」
×××
依然として、辺りは静寂に包まれていた。
虫の音もほどほどに、深緑の美しさが微かな月明かりにより、際立った演出をしている。
神聖な領域を歩いているという感覚が、いつまでも続くことが望ましく、心地いいものに思えたが、しかしそれに共鳴するように心をざわつかせる妖しさが胸中をかすめる。
少し感傷的になり、恒久的な平穏など偽りに過ぎず───
だからこそ自身の存在意義があるのだと、ふと我に返った。
またしばらく獣道を歩き続け、陽も昇りかけてきた頃にようやく街は見え始めた。
「さすがに距離がありましたねぇ。まさかあんな所に迷い込んでしまうとは…」
おそらくこれが正門だろうと思われる付近に腰を下ろした。
「歩き詰めで、疲れたでしょう。」
「いえ、旅は慣れてますから!」
そう二、三言交わす。
あの後に微かな気配に向かって移動し、少女を発見した頃にはあの忌々しいオオカミもどきがまた同様に数匹で少女を取り囲み、襲いかかる直前だった。
そのまま放置し犬に喰わせても良しと思ったが、この様子だと、利用価値はまだ充分にありそうだ。こいつの真の目的を追及し、この世界の情報をある程度収集させ、必要のなくなった時に殺せばいい。
そう脳裏で思い描いていると、少女は一言。
「私は、テスラと言います。あなたの名前を教えて頂けませんか?」
しまった。
よりにもよって、一般的な人名を予習しておくことを忘れていた…場合によっては、致命的とも言えるミステイクに繋がりかねない。
ここは、仕方がないのでヤツに頼るとしよう。甚しいが背に腹は変えられまい。
心の中からパスを繋ぎ、あのクソガキもとい神様に助けを乞う事にする。
『なんだぁい?困り顔の代行者くん』
放たれたその久々の第一声に、どう見積っても幼稚園児程度にしか見えない子どものニヤついた表情が、憎たらしいほどに思い浮かんだ。