第25話 来たる白日のもとに
穢れを払うのが、真なる神の御業であれと。
其の玉座に空席は有り得ない。
理を外れた者を咎人とし、遍くを司って万物の頂点に君臨する。
その偉光こそを、崇めればよい。
かくも儚き命共よ。
×××
「そうか…」
代行者と呼ばれた青年の落胆の声と共に、計画の難しさが顕になる。
道理を辿れば、それはごく当然の結果であった。
×××
僅かではありながら、迫り来る巨大なそれを一時的に防御しながら「見えざる手」という組織の傀儡となっていたマリーの母、テスラにかつて予測した『白日』というの能力に関する情報を尋ねながら、彼女の過去の一部の記憶に対する欠損が見られることに一同は頭を抱えていた。
「組織内部の動きを察するに、分かった事が一つだけある。あなた達に教えてあげる。」
するとテスラは、滔々と口を開いた。
「見えざる手という組織の中枢にいる者たちは、恐らくは全能神と同等クラスの力量を持った神々である可能性が高いということ。彼らの執着心を見るに、全能神に対して何らかの因縁があって、捕縛したいのか拷問したいのかは分からないけれどそれに近しい目的を画策している。」
少なからず存在するであろう敵に対する示唆は、アーサーも先刻、全能神との対話の中で直接聞いていたのでこの点については合点のいく内容であった。
「王都に着いてから吹っ掛けられた、あの亡霊の口ぶりを思い出しても、相当な恨みのようなモンがあるみたいだったな。本来は知覚されるはずのない、俺の事を知っているなんて明らかに不自然すぎる。ハナから全部そいつらの思惑通りに事が進んでたのか。」
件の不愉快な内容と共に、亡霊の耳打ちがアーサーの頭をよぎった。
「覚えていたという、記憶の輪郭。情報の虚だけを覚えているのだけど…肝心な所がどうしても思い出せないわ。私は過去に世界の成り立ちや崩壊を研究する道半ばで、確かに神に関する情報を調べていて、、、ダメだわ。これ以上は時間の無駄のようね。」
特異点への強制送還という、強力な効果を持つ技能の発動は遠のいたがそれと引き換えに新たなる手がかりをテスラは2人に伝えた。
「他にカギとなる情報を持つとしたら、やはりあの冒険者ギルドの*彼*ね。私にかかっていた神々の手による高度な洗脳も解除したようだし、なによりそういった神々の事情に妙に詳しい一面がある。何者なのかは分からないけれど、他世界に対する知識と原典と呼ばれる禁書とされる書物の切れ端を所有しているのは、明らかにこの世界から逸脱した存在であることは確かよ。」
そのテスラの言葉に従って、意識が朦朧としかかっている冒険者ギルドのマスター「ジブネイル」の元へと矢継ぎ早に駆けつけた。
この時、限界に近い事を知らせる防御魔術の歪む不協和音が次第に着実に強まっていた。
軽く目を擦りながら、ジブネイルは疲労困憊の様子で2人に話しかける。
「あぁ、すみません。実は先ほどかなり力を使いすぎたようでして、しばらくの間私は使い物にならないと思って頂ければ…。」
軽口でその場を終わらせようとしたジブネイルに対して、すぐにアーサーは端を発した。
「お疲れのところ悪いが、どうやら本格的な世界の危機ってやつでな。時間が無いので手短に聞くぞ。お前の知る中で、時間や空間に作用する系統の魔術…白日という名を持つものに聞き覚えはあるか?」
ギルドマスターの目つきは、その言葉を聞くや途端に鋭くなり神妙な面持ちで話を切り出した。
「全ての始まりを記した禁書。原典に、そのような魔術が記録されていたと思います。私は現在その断片しか持ち合わせていないので詳細は思い出せませんが。曰く、それは現実に存在するどの時間や空間とも隔離された特定の座標…つまり特異点そのものを召喚するとか。」
ビンゴというアーサーの威勢のいい囁きに重ねるように、マリーはジブネイルへ尋ねる。
「横から失礼します。突拍子もない事は承知なのですが…実は過去に1度、私はその魔術を行使できた事があります。しかし自身でもどのように私の記憶にないその力を発現することが出来たのか…それさえ再現出来ればこの状況を好転させることが出来ると考えているのですが…」
少女の問いに、まるで問いを待っていたかのように時間を空けずにすぐにジブネイルはこう返答した。
「なるほど、えぇ。その言葉を聞いてここで驚きたいのは山々なんですが…実は、その際の一部始終を私は認識しています。俗に神業と呼ばれる権能以上の力の発生に伴う現象は、世界の理そのものが破綻しないように随時記録されていますから。もちろん乱用を防止する目的ですがね。」
「もうお2人はお気づきかもしれませんが、私の冒険者ギルドの長という役割は世を忍ぶ仮の姿です。そしてお互いに公平である事を証明する為に、あなた方をこう呼びましょうか。」
「全能神の代行者こと、アーサー改めアナイアレーター。そしてE-37-2こと、テスラ改めマリー・イーライ。」
「何故…と思われるのは当然の疑問でしょう。」
どよめいた2人の表情に割り込むように、続けた。
「───私の本当の名は、『クラウノス』」
「今しがた世界を掌握せんとしている神々が誕生する遥か昔。総ての始まりを興した創世時代の全能神、その傍らにあり歴史を傍観した者。」
「あるいは、その全能神の鉾として
世に生まれた悪を断罪した力そのもの。」
「有り体に言うならば、私は始まりの権能です。」
「率直に言うと、今の私は本来持つ力のほんの僅かしか発揮することが出来ません。」
「正体を偽るために、人を模した容れ物に分割した魂の1部を融合している状態だからです。」
×××
もう僅かな時間しか残されていなかった、その斥力も尽きかけて、熱された空気が大地をほぼ旱魃させた後、自然と呼べるものはほとんど死に絶え熱砂と呼称して差し支えないほどそこかしこの水分が蒸発していた。
王城を含める迎合を除いた区画は、王に仕える魔術師達により構築された結界の下で少々の余力を保ってはいたが、最終的にはその質量が大地と衝突した際の衝撃によって破滅する事は免れようもない。
「マリーさん、あなたがあの際に白日を行使出来たのは推測ではありますが、全能神を冠するものが保有する【宝物庫】に何かしらの幸運が功を奏して侵入する事が出来たと思われます。現にあなたは、神という異物をその身に宿す素質を持つ稀有な身体構造をお持ちなようで。」
「前段を含めた仔細はこの際ですから省略致しますが…それらが、何者かの意図によって差配されたのかは私の知るところではありません。そして現時点ではその白日を発動させるための知恵は私にはありません。ですが、それら魔術に頼らずともお2人が力を出し切ればあの星砕の厄災を、完全破壊する事は可能だと思われます。」
「この女はまだしも、俺は力もそれほど残っちゃいねぇぞ。何をさせるつもりだ?」
「先程も申し上げた通り、私自身は本来こうした生命体としての本分を持ち得なかったのです。クラウノスは、特に神々がかつて二陣営に分断された後に行った戦争にて圧倒的な力の象徴として考案された比類なき鉾である。私が肉体の枷を解き放ち本来の姿に戻ったら、あの隕石に向けて投擲してください。」
「もちろん、可能性を問われてしまうと100%という事は言えません。私のこの肉体に宿している魂も幾千に分割された中の一部でしかありません。そう聞くと頼りないと思われてしまうかもしれませんが、それは後ほど確かめて頂ければ分かるかと思います。」
「でもそれじゃ…」
「私の心配など無用です。伊達に長生きしてませんからね。ここいらで簡単にくたばる程老いたつもりはありません。もしかしたら、あなた方とは最後のお別れとなるかもしれませんが、もうこの世界…いや宇宙自体が神々の時代ではない。人の紡ぐ歴史にこそ意味があると、私はそのように考えております。」
「私は総てを凌ぐ力であり、あなた方の旅路がどのようになるのかを予見することなどは出来ませんが…一先ず、これを渡しておきましょう。」
それは、王室から認可を受けた冒険者ランクの最高峰を示すダイヤモンドの勲章であった。
「世界の危機そのものに立ち向かい、あまつさえそれらに屈せずに抗うその姿が報われないことなどあってはいけません。それさえあれば、どんな事情があろうとこの世界において、あなた方の行動や意見を断ずることは容易ではありません。実力と共に心の高潔さを示すダイヤの輝きがあなた方の旅路を照らしますよう祈っております。」
2人は、クラウノスから受け取った勲章を強く握り最後の一幕を開けるように、決意をする。
「おっと、少し喋りすぎましたね。では、そろそろ始めましょうか。本当の大一番を。」




