第23話 生きとしいける者達へ
心の望むままの素直な気持ちで
彼岸を掻い潜って
さらにその向こう側へ行けたなら───
×××
「──来るべき時のために運命が動いているのなら、私の役割はきっとその大きな流れの一部でしかないのかもしれない。そう思うとね、少しだけ報われる気がするの。形は異なるかもしれないけどあの日、あの場所で、彼らと交わした約束を今なら果たせるかもしれない…」
少女は深刻な眼差しで、遠くを見据えていた。刻一刻と迫り来る終焉に、釣り合わない精悍な顔つきで、腹を決めたといった落ち着きを感じさせている。
一方、女は冷酷そうな表情には似合わない不安感を漂わせ少女の言動に異を唱えた。
「なんで、全部自分だけで背負おうとするのよ。自分にしか出来ない事だからなんて、格好つけてる場合じゃないのよ!」
まさしくそれは、我が子を慮る親の憤りとして何より正しかった。
その叱りつけに対し、微動だにせず淡々と状況の解釈を少女は口にした。
「…ねぇお母さん。よく見て欲しいの。あの巨大な質量を持った隕石。それを今私に良くしてくれた人達が…仲間と呼べる人達が必死になって抑えてる。それももうじきに決壊する。あんなものが地上にぶつかったら、この星に住む大勢の人達が死んじゃうんだよ。分かるでしょ?」
冷静に、事実を取り上げて結論に向けた口実を進めていく。
「私の命1つで救えるなら、充分にお釣りがくると思うの。何かを救うための力。誰かに期待された才能。その使い道を自分の意志で決めることってそんなに悪いことなのかな?」
一見、正しそうに感じる少女の主張は客観的には破綻している。
それは意志というより、自らに課した枷に近い。だがその瞳に宿った確かな決意は、何者であろうと阻むことを寄せ付けない強さを放っていた。
「それが我が子の最初で最期のワガママなら。親としては聞いてあげるしかないのでしょうね。どうせ…ここで何を言ってもあなたは納得しないんでしょう。だったらせめて、どんな形だっていいから、生きていて欲しい。死なずに済む方法を最後の瞬間まで模索しなさい。諦め悪くもがいて、もしももう一度言葉を交わすことが叶ったなら…その時は。」
女は折れるしかなかった。
生命を賭けて、臨むその姿勢を力づくで止めることはもしかしたら叶ったかもしれないが、それが無駄なことであることを本質的に理解していた。
「その続きは…今は聞かないでおきたい。この好奇心をもって私は、未来という方舟の足がかりになりたい。どんな苦境をも超える力を、どんな困難をも糧にできる勇気を。今だけはもてる気がするから。」
少女は、嬉しかった。
言葉にせずとも、自身の意見を尊重してくれた女に対し微かな希望を残した。
そして同時に本当の意味で、己の中で最後の整理が完了した瞬間でもあった。
「心眼で視た光景は、最も可能性の高い結果を色濃く映し出す。でもこの世の中は、決まりきった理論で出来てるわけじゃない。その僅かな揺らぎの外側に、もうひとつの答えがあるとしたら…私も今だけはそれを信じたいわ。」
女は、それが別れの言葉になると知っていた。本来であれば、こんな弱気なことを言いたくはなかっただろうが、少女を迷わせる要因を作るべきではないと悟っていた。
少女が駆け出し、時を同じくして
神の代行者たる青年が女の前に現れた。
『ちっ、ちょうどすれ違いになっちまったか。』
女は、その青年が何者であるかを知っていた。
「ねぇ君。」
警戒心は無いと、相手へ示すためにできる限り当たり障りのない語り口で話しかける。
『あ?あぁ、アンタがダーさんとやり合った女魔術師か。怪物をゾロゾロ引き連れて随分とご苦労なこった。』
この時女は、望むべくもない言葉が自身の口からこぼれ落ちたことを後に驚愕したという。
「君があの子の口にする仲間の1人なんでしょ?」
青年は、敵意の無さそうな女に対し拍子抜けしたが話を腰を折らないように続けた。
『へぇ、アイツの本当の名前。マリーって言うのか。んで、だったら何だってんだ?大柄の騎士の次は俺を手にかけるか?どうせお前ら【見えざる手】とやらにとっては、あの全能神同様に代行者も相当邪魔な存在だろうからなぁ。』
いつもの調子で、皮肉混じりに女へと返答する。青年にとって女は、生きていようが死んでいようが構わなかった。
「あなたが私をどう思うかは、今はどうだっていい。敵として映っているのなら私の言葉はきっと取りに足らない戯言に聞こえるでしょうけど。…もう私は【見えざる手】ではないわ。彼等に利用されていただけの傀儡に過ぎない。洗脳を解いてくれたジブネイルさんには感謝しなくてはならないわね。」
そうかいと、愛想混じりに口角を上げた青年に対して続ける。
「それよりも、分かっているでしょうけど今は色々と時間が無いわ…こんな立場で図々しいと思うでしょうけど、あなたにお願いしたいの。あの子を…マリーを手伝ってあげて欲しい。あの子はこれから隕石をとめるために命を賭けようとしている。」
興味なさげな目つきで、頭を掻きながら女の方を見やると覇気も無く女に言葉を返した。
『あっそ。…って事はもうアイツは今しがた、全能神ではなくなったんだな。なら俺の興味も薄れたわ、今更あの小娘1人助けて何になる?俺に何の得があるんだ?』
腹の中を隠すように、自身の立場を強調して女に聞き返す。
「これはエゴだって分かってる。けれどキミこそ、ここに来て損得勘定?だったら君はなぜ。主人であるはずの全能神に背くような行動を敢えて取るの?それは自己満足のため?」
青年は人間風情が、また陳腐な事を聞きやがってという表情を浮かべてすかさず口を動かした。
『…別に理解しろなんて事は言わないし、お前みたいな俺からしたら生まれたて同然の人間に同情される筋合いも無いけど。』
『特別に教えてやるよ。俺は全能神に何万年も従える有用事例って扱いだ。ヤツは自分以外の全ての生物が、家畜かなんかだと思ってる倫理の欠片も無いクソ野郎だ。本当に言葉通り、現存する生命に対して優しさってやつがハナから無いんだよ。だから俺とヤツとの関係に絆や信仰なんてもんはそもそも0(ゼロ)に等しいレベルでしか存在しない。どちらかといっちゃ、これまで洗脳や脅迫によって動かされていたと言う方が正しいんだろうな。』
もう隠すことも、必要も無いと分かりきって話を続けた。
『お前自身も、意思を持たない傀儡であったなら少しは分かるはずだろ?極度の洗脳状態にあるやつに何を呼びかけても基本無駄なように、俺に何を訴えても答えは大きく変わることはない。生と死のいずれかの状態に自分が関与するかどうかは、そもそも自分の意思で決めることが出来ないように潜在意識の骨組みから隈無く設計されてるんだよ。有り体に言えば、最も合理的に選択を行えるように、最適化された思考が稼働してる状態ってとこだ。』
女は純粋な興味から、青年への質問を継続した。
「だとしたら、今君が言ったことと実際の行動が矛盾を起こしているのはなぜ?この星が、星に住まう生命が滅んだところで、それこそ君にとって、神にとって、どうだっていい事のはず。」
未知への解釈を深めるためか否か、真偽は不明だが女のその問いに対してもありのままの気持ちを歪めることなく伝える。
『俺自身にも、そんなものは分かりやしない。これが間違いなのか正しい事なのか。この謀反の原動力がプログラムの不具合なのか、全能神のとった行動が異常なのか。それらを判別するのは難解だ、けどなぁ自分が死を本当の意味で体感した時気がついたんだ。単純なことだよ。命ってのはたとえどんなものであれ、他人の都合で勝手に奪われていいもんじゃねぇってな。』
この時の青年の素振りや、仕草、そして視線は。この場にいる誰よりも優しく、当人が意識していたかは定かでないがまさしく、人間味を感じさせる佇まいがあった。
女はそれに気がついたが、ここでは口を挟まなかった。
『善悪で判断するにはあまりにバカバカしいが、それが悪だと気づいちまったなら。やれるだけやってみてぇと思ったんだよ。無意味に死ぬ存在を限りなく減らした時に訪れるであろう平穏な、そして特別な日常ってやつの実現をな。』
『だから、今から行われる俺の行動は俺の意思によるものだ。アンタに指図されたからじゃない。俺が勝手にやる事だ。俺が言いてぇのは、つまるところそういう事だ。』
一頻り、思いの丈を宙に綴った青年は。
どこか不満げに、そしてどこか楽しげに、少女の後を追った。
「近頃の子ってのは…素直じゃないのね。」
女は満足そうに口角を上げて、若者たちの背中を見つめて心の声を吐露するかのように一言だけ囁いた。
×××
一方、神の放った術を紙一重で抑えていた大柄の騎士の状況は良くなかった。
自身の身体の数千倍に及ぶ鋼鉄の塊を食い止める最中で、その術が持つ不可逆的な性質に気がつき頭を悩ませる事態になっていた。
「これじゃ、時間の問題で押し切られる。押し戻すのが不可能なら留めるのが関の山だが、それにしても身体の再生速度が間に合わん。分かってはいたが…俺の悪運もここまでのようだな。」
初めは幽かだった聞きなれない音の正体は、少女が迫る際に高速で空気を切り裂いた振動によるものであったことを後に知ることになる。
「戦闘兵装…最終形態。光炉を惑星の核部と接続。出力限界を更新…充填値は計器を大幅に超過。」
ダールトンの視界内に到着した際に、少女の身に着ける装甲はしなやかさを失った代わりに、防御力に特化したような頑強そうな形状に変化していた。
各関節の中心を通るように浮かび上がった、大きな1本の血管のような紋様が青白く発光して、底知れない潜在性を感じさせる。
「ようやくか。…遅かったな、テスラ。」
途絶しかけた意識を振り絞って、大柄の騎士は少女へ優しい口調で語りかけた。
至近距離で感じるその絶望の威圧感は、酷く凄まじかったが少女は少しも口元を動かさずに役割の交代を申し出る。
「ダールトンさんは下がっててください。後は私に任せて。」
「こいつの推進力はただの物理エネルギーだけじゃないぞ。権能とやらに備わった、何らかの魔術的効果が働いてるせいで、容易には押し戻せないらしい。いくらなんでも一人じゃ無理だ。」
全て承知の上だった。
それが、いや、これこそが妥協ではなく諦観でもなく、最善と思えていた。
「えぇ、分かってる。けどこれを発動するための術理や行使する際の演算は私の脳内に記憶してる。ただ指を咥えてこの場を見やっていただけじゃないわ。勝算ならある。この星を巡る熱量を利用して、蓄積されてきた力があればきっと何とかなる。」
無理でも不可能でもない、やってやれない事はない。しかしこれを希望と呼ぶには不格好でもあった。
「言葉にするのは簡単だが、その身一つでどうする気だ。俺のように不死でも無い者がそれだけの力に耐えうるとは考えられん。鎧が多少頑丈であれば済むという領域では無いんだぞ?!」
呼吸を止めて、一瞬だけ少女は思考した。
迷いを完璧に断つための、呪いを自らの心に打ち付けて。そして渾身の回転蹴りを騎士の側頭部目がけて放ち、地上に落下していく様を背にして戦闘兵装の出力を徐々に加速させた。
「覚悟ならもうしてきた。充分に、生きたわ。一生分の幸せを、苦痛を、もう味わった。だからね…いいの。皆は下がっていて。」
兵装内部の光炉が、人の視力を容易に奪うほどに輝き始めた頃に別れの言葉を静かに口にした。
「ありがとう。そして…さようなら。」
「バカヤローーーー!!!」
「オレの居ない間に勝手に話進めんじゃねぇ!!!このアホ女!!!」
「ダーさん、てめぇはもう身体も精神もボロボロなんだからさっさとすっこんでろ!!!」
「神の領分なら俺に任せな。ただな、オレ1人じゃさすがにちっとキツイ。だからオレに協力しな、テスラ。」
「もう決めたことなの。邪魔しないでくれる?」
「オマエ、死ぬつもりだろ。」
「だったら何よ。」
「オレの考案した策なら誰も死なずにすむ。オレは…別にお前が居なくなろうが、どうだっていいがな。お前の死を悲しむヤツが居るってことをもっと真剣に考えろ。」
「でも反対に私の死を望む人もきっと居る。中身がどうかなんて関係ない、私が殺した人達はもう帰ってこない。その償いをすべきだと思う。」
「それはテメェのエゴだろ。たとえそうだとして、お前の母ちゃんや、ダールトンや、俺が命に変えてもお前が悪人じゃないことを証明出来る。あのガキがもし、ダールトンやお前の母ちゃんの身体を乗っ取って好き勝手暴れて、沢山の人間を殺した時に、それでもお前は今と自分と同じようにそいつに罪を償って死ねって言うのかよ!!!おかしいだろそんなのは。」
「そんな責任は誰だって負う必要はねぇんだ。んなもんは罪でも何でもねぇ。抱え込まなくていいんだよ。そんな重荷を分け合って軽くすりゃ、それが1番だろ!?俺の言ってることおかしいか!?」
「分かったら冷静に、俺の言う作戦に乗ってくれ。お前も目がいい方だろうが、俺も同じくらい視えるたちだ。今からあのガキが発動したモンと同じ権能を使う。だがあいにく、オレは魔力不足ってやつだ。だからお前の内包してる力を俺に繋いでくれ。」




