第22話 禍より出る者
笑い声が聞こえた────
命を尊ぶものの賛美歌が
人々の生を素晴らしいものだと謳い。
また、笑い声が響いた────
命を捨て矜恃を全うするものの鎮魂歌が
人々の死を悼み嘆くことなかれと謳い。
耳をすまして聞こえてきたのは、嘲笑交じりの笑い声であった────
×××
終わりが刻一刻と近寄ってくる最中、己の心に芽生えた確かな怒りに不思議とアーサーは安堵を覚えていた。
しかし状況が変わった訳ではなく、むしろ挑発行為にも取れる代行者の言動は全能神の更なる追い討ちを促す行為といって過言でない。
『キミの今の発言。明確な造反行為と捉えても差し支えないね。その意図する所が、キミにとって最期の反抗になる事が少しだけ悲しいよ。』
悲しいなどという感情は、もはや人ならざる者の心にあるはずもなく。
人の身の真似事をすることで、より一層代行者を憤慨させる起爆剤にしかなり得なかった。
「お前以外の全てが、盤上にある駒でしかないっていうのなら、せめてこの場は次の一手を遅らせるように足掻いてみせるさ。」
(権能:星砕の着弾予測はもう間もなくか…。狭門を使って、異次元に消し飛ばすとしたら時間的猶予を考慮して巨大隕石しか選択肢は無い。しかしあの大きさとなると失敗した挙句に狭門が破損することも大いに考えられる。それに大権能とやらが厄介極まるが…時間の経過によって存在を無に帰すなら、全能の力を持つとしても理論上かなりの工程を踏まなきゃ不可能なはず。消えたヤツらをどうにかする方法は今のところ思いつかないが…とにかくやってみるっきゃねェ。)
『この期に及んで、この程度で絶望感が顔に浮かんでるようじゃ…全く話にならないね。どうせもうすぐ総てが無為になる。ならその前に一縷の希望を賭けて、頭でも下げてみたらどう?思い出してみなよ従順だったあの頃…昔のキミのように…ね。』
その時、アーサーの目の奥に熱い力が滾ってきた。
「来やがった…絶好のタイミングで。」
「今度の千里眼は珍しいほどよく見える。今こそ確信したよ。絶望を凌ぎ、退ける唯一無二の活路を。」
アーサーは宙を仰ぎ、下腹部に渾身の力を込めて今出しうる限界の声をその者に送った。
「お前らに誂え向きの状況を用意してやったぞ、だから…思う存分ぶつけろ!!!」
王都より超高速で向かって来る飛翔体、およそ二名の使者はその声に応えるように微かであったがハンドサインを残して、全能神の眼前に立ち止まった。
「いやー、打開の術式を組み上げるのに手間取ってしまってねぇ。まぁ、ギリギリ間に合ったから勘弁してくれよ。」
「………………。」
現れたのは冒険者ギルドのマスター、ジブネイルと傷を治癒された亡霊の一味である女魔導師。
『今更、加勢が来たところで既に遅いよ。もう終局は見え始めている。』
「信じられねぇとは思うが。その不遜が、その驕りが、お前を今から地獄へ突き落とすんだぜ」
両腕を大きく左右に開き、そして両の掌を合わせ握りこんで軽快な口調でギルドマスターは呟いた。
「さて、手始めに動きを封じるとしようか。」
「原典:牢」
大地は地中から大きく盛り上がり、全能神の身体を磔にした。その術が手足を押さえつける力はとてつもなく、全能の力を以てして振り払うのは不可能に思えた。
『くっ…まいったなぁ…指1本動かせそうにないねこりゃ。』
台詞とは裏腹に、危機感をあまり感じさせない口調で全能神は続ける。
『聞き間違いかもしれないけど、まさかとは思うが、神々の間でも解読不可能で名の通った古文書。原典に記された術理を行使したのかい?権能のさらに上をゆく正真正銘の最高位魔術。そいつを何処で目にしたんだか…そしてあまつさえ解読して術を行使するって。一体キミ何者だよ。』
投げかけた問いは、あっさりとした返答によって片付けられる。
「ただの一介の魔術師風情だよ。人よりも少しだけ読書好きのね。あぁ、忠告だけど無理に身体を動かさない方が身のためだよ、こいつは質量に物言わせて対象者を縛り付けてる訳じゃないからね。無理に動くと余計に締め付けられて苦しくなっちゃうらしいから。」
「さて、こうして話し合いが出来る状態になったわけだし…ほら、行ってきなよ。僕はもう少しやらなきゃいけない事があるからね。」
「あぁ…。」
ジブネイルの声に軽く返答し、ゆっくりと宙を浮遊して全能神の目の前に女魔導師は近づいた。
「もうボロボロね。やっとの思いで再会できたと思ったら…お互いこんなに満身創痍なんだもの。ちょっと笑っちゃうわ。」
『何だお前は。気安くボクに話しかけないで貰えるかな。』
全能神にとっては、身に覚えのない顔の女魔導師。人の世に直接的に関わることのない彼にとって、人間と接点などあるはずもなかった。
「あぁ、気にしないでちょうだい。アナタには話しかけていないから。」
×××
「さぁ、ここから巻き返すよ。」
ジブネイルは、背負った大剣を右手に持ち直し、空へ振りかざして、もう一方の番を所有する騎士ごと大権能の光の内から半強制的に召喚した。
騎士の背負った大剣が、その強烈な誘引力に吸い寄せられてジブネイルの目前に巨体の男が参上する。
「すまん、あの光の影響だろうが…記憶が消えかかってた所だ…急な運動で走馬灯が揺さぶられて何と言うか…こう…つまり…」
言葉に詰まった様子のダールトンの背中をバチンと叩き、彼の目を覚ましてやると耳元で読書好きの魔術師は囁いた。
「あれま残念。輝ける十三騎士の究極奥義は、あの術に触れて消えちゃったのか。君の持つ戴冠の魔神の力。とくと拝謁したかったんだけど…まぁそれはまたの機会って事で。」
「体調が優れない所、申し訳無いんだけどさ。君の双大剣アヴァンドが丁度ここに二本あるんだ。こいつの空間を支配する呪縛を用いて、あのバカでかい隕石止めるの手伝ってくれる?ちょっと時間がギリギリで、私1人じゃキツそうなんだ。」
二つ返事で了承したダールトンは、すぐさま隕石の落下地点へ向かって駆け出した。
「よし。そうと来れば、次はあの厄介な光だね。」
「おーい!!!アーサーだっけ!?今からその光を収縮させるから、君のとっておきで消し去ってくれるか!」
アーサーの予見を見据えたかのように、魔具「狭門」を使用するように指示を促す。
『これでコイツがぶっ壊れたとしても今は時間がねェ。背に腹はかえられねェってとこだ!!早いとこやっちまってくれ!』
眉間に軽く皺を寄せ、肩を回して大きく息を吸い込んだ。
「こういうのは本来、私の領分じゃ無いんだけどね。もう少し神の御業とやらを使うとしよう。」
ジブネイルは息を吐いて、詠唱を始めた。
「束ねなられた法、準えた則。刮目せよ。燦々輝きたるは、喪うこと省みぬ夢見し蛮勇の足跡なり。」
「原典:時空遡行」
稀代の天才とされる魔術師を以て、不可能と言わしめる時間と空間の両方を同時に支配する能力により、全能神の解き放った大権能が拡散する前の状態へ戻す事が可能となる。
粒子へと戻った青白く発光するそれを、すかさずアーサーは魔具「狭門」を使用し別世界へ格納する事に成功した。
『これで…やっと。頭の固いお前にも解ってきただろ。これよりは、万能が凡庸に劣り、王と奴隷の立場が入れ替わる。』
×××
幾度となく経験した。
その不快な、まるで臓物を穢れた手で無造作に触られているかのような感覚。
これが死の間際から、生還する際に一時垣間見る文字通りの地獄の瞬間。
意識が戻ってしまえば何のことはなく、ただ、自身の不死が祝福ではなく明らかな呪いの類である事を都度、自覚させる感触を今だけは許せるような気さえしていた。
「ここが、真なる正念場か。」
徐に鎧を脱ぎさり、古傷を軽く抑え瞼を閉じた。
「あれなるものを、この二対の楔をもって堰き止めてみよう。」
大地を強く蹴り上げて、深く引いた両腕に握られた大剣を膨大な推力の中心部、目がけて全霊をかけて刺し穿つ。
黒い霧と共に、ぼんやりと浮かび上がった八芒星状の固定結界は迫り来る質量を押しとどめようと大きな唸りを上げた。
やはり、あまりに規格の違いが大きすぎるためか空間支配の呪縛を上回る推力は徐々に速度を増していく。
「ぐっ……」
人一人で押し止めるにはやはり、巨大すぎる。魔剣を携えた怪物をもってして手に余る代物であるという事実はやはり揺らぐことは無かった。
隕石の表面温度は、至近距離にあるものを蒸発させるには容易なほど超高熱を帯びている。
ダールトンが着用していた魔剣以外の装備、衣服は肉体の表層と共に瞬く間に消尽となり、不死の呪いの所以たる魂を遺し消えては、肉体と共に再度現れを繰り返しながら、幾許か持ち堪えていた。
「私もこれでほぼ全ての魔力を使い切るからね…後は君たちに任せよう。」
疲れきった顔を見せた、冒険者ギルドのマスターは概ねの作戦を完了させるに至った自身の役目を振り返るように、純粋な願いを込めて最後の魔術を履行する。
「古代魔法:鉄鎖城壁」
ダールトンが展開した魔剣の結界を強化するような形で、さらに大きな円状の光壁をそこに出現させ二重防御の体をなして更なる暇を稼いだ。
完全に落下を停止させるためにはまだ、力が及ばない様相を見せ突破されるのは時間の問題であった。
魔力を使い切ったジブネイルは倒れ込むように、宙空から地面へ叩きつけられ気を失った。
×××
「きっとあなたも。私と同じように、もう凄く昔のことのように感じてたんじゃないかしら。」
「ずぶ濡れになっていたあなたを一目見た時、それは私にとっての必然ではあったけれど…それでも、それこそ気を抜いた瞬間に、涙が零れ落ちそうなくらい。本当に嬉しかったの。」
『だからさ。煩いよキミ。もしかしてこの身体(依代)の知り合いか何か?ボクは今とても苛立ってるからさ、黙らないと真っ先にキミを殺────』
電源が突如落ちるように、保っていた意識が途切れた。
「…さん………あさん………お母さん………。」
刹那、少女の視界に光芒が差した。
身体を取り巻く修羅が、眠りについたかの如くそれは。その表情は。その体躯は。いつか見た情景と酷似していた。
そこには天を覆う厚い黒雲のない、汚染された雨粒が降ることの無い。
────ただ眩き希望の光だけが在った。
あどけなさの残る少女を、力いっぱい抱き寄せて女魔術師 テスラ・イーライは自らの心から溢れ出る言の葉を彼女に贈った。
「あの日、地球で交わした最後の約束があったから、私は今ここでマリーに会うことが出来たんだよ。異世界では誰も頼れる人が居なくて、辛かったでしょう…。怖い思いばかりさせる親でごめんね…。」
「これって夢…?私ね、お母さんに会ったら伝えたい事が沢山あったんだよ。えーっとまずは…こんな私にも仲間って呼べるような人達が出来たんだ。まだまだ知らないことも沢山あるけど…それでも、一緒に行動して…戦って目的を共に私たちは歩き出したんだよ。まだ旅は始まったばかりだから、私2人の足を引っ張らないようにちゃんとしないといけないんだ。」
「それからね…地球の事考えてたんだよ。残された人達に与えられた時間は少なかったから…どうしたら惑星を存続させられるか…どんな技術が有用なのか、夜更かししちゃった事もあるけど御伽噺に出てくるような便利な魔法も沢山見たんだよ。まだ覚えて使うには全然修行不足なんだけど…。きっと役に立つはず、既存の科学の常識とかけ離れた全く新しい文明を築くことだって出来ると思うんだ。」
「そして…向き合わなきゃならないこともあるよね。いい事ばかりがあった訳じゃない…。私ね、自分の内側から外の様子をずーっと覗いてたんだ。私の身体を操る誰かが、この星をめちゃくちゃにするための一部始終。」
「あなたのせいじゃな───」
テスラの言葉は、娘のマリーによって遮られる。
「たしかに…私の意思でやったわけじゃない。だけど、みんなは。私を知らない多くのこの星の人達は…きっと私を赦さないと思う。それを自覚した時に、想ったの。私は私が大切だと思う人達さえ無事でいてくれれば…それ以上を望むのは烏滸がましいことなんじゃないかなって。」
「私だって、もちろん望んで死にたくなんてないし…考え出したらキリのないほど願い事が浮かんできちゃうけど。お母さんの、私の仲間達の…歩いていく道のりを汚したくないから。私なりのケジメをつけたいと思う。」
「そうだね…ひとまず、あのでっかい隕石を何とかしなくちゃね。」
ちょっと長いです




