第18話 因果律の収束と
移ろう空間と流れる時間。
目に浮かぶのは、華やかで優雅な景色。
一時の微睡みが映し出す、理想郷。
憧憬は未だ、遠く外側にあった。
手を伸ばした。
精一杯に、力を振り絞って。
届きそうだった。輪郭をなぞった。
分かり合えたはずなのに、最後の最後に
私はその手を翻して、自ら奇しくも受難を選択したのだ。
× × ×
「まずいな……。予想より遥かに波形の乱れが見てとれる。」
王槍内部に存在し中枢に位置する、研究室兼自室で勅命の調査を引き受けた男は、何かのデータの計測結果が記録された紙面を片手に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「次はここが……大規模な戦場になってしまうのか?なんとしても回避せよと、どうせお偉いさんは簡単に言ってくれちゃうんだろうな。」
男はあるだけの思考を巡らせて、策略を組み立てる。かつては謀略を用いて、5倍にも及ぶ兵力を持つ大国を相手取りあまつさえ、被害軽微で勝利を飾った実績を持ち合わせる。
「哨戒のタイミングと、やつが現場に間に合えば状況を五分に持ってけるか…?最強の鉾をここで切るべきか。しかし…」
暗がりの部屋で、ぶつぶつと独り言を並べていると携帯式端末がピロピロと音を立てた。
金縁のメガネをくっと中指で軽く押し上げて、応答のボタンを押下した。
「こちら、軍事諜報部門 ダイナー・オールドリット。何かあったか?」
何かあったかでは無いだろうと、開口一番若い女の怒鳴り声が部屋中に響いた。
「業務の優先順位を随時確認するようにと、再三言っているでしょうが…特に今は緊急も緊急。これ以上、お偉方の信用を落としたらまた安酒しか飲めないプー太郎に逆戻りですよ?」
なんだ、そんなことかといつもの如く肩をなでおろしたダイナーは、部下の説教に肩を撫で下ろす。
「いいか?シス。俺は別にうまい酒が飲みたくて、仕事をしてるんじゃないぞ。王槍の連中が提示してきた契約内容が魅力的だっただけだ。だからこそ常に、8割の完成度の仕事を心がけてる。」
8割ではなく10割でやれと、より大きな声で強調しながらまくしたてた。
「会議の方は、どうだった?幹部の意向、おまえの所感。行動方針や戦略的内容についての言及は。」
「上はおそらく、このまま最大戦力を投じての事態の鎮圧に赴く意向のようで、変わりなさそうですね~。仮にダイナーさんの言うように、真の敵がいたとして目的が戦力の分散だった場合、我々では手に余る怪物がこの地に襲来する可能性は…充分にありえるでしょうね。」
「えらく剣呑な批評だな。現実主義者のお前らしくないもの言いだ。」
「あたしの直感もありますが、同時多発的にこのような厄災レベルの魔物が各地で現れるなど人為的であると考える他無いように思えますし…なにより軛で観測されているモノの魔力量…あれはダントツでヤバいですよね?」
「あの異常値、夢物語だったらどれだけ感激していただろうか。現実に存在するのは否定したいところだが…まだ上には報告していない。有り体にいうなら、あれこそ、神とでも呼ぶに相応しい力だ。」
およそ神とでも思しき、その存在は王槍内の最高精度の設備類をもってして、生物と称するには些か大雑把な力を有していた。
「アレは、理論上。この世界に在るもので食い止められるんですか?」
「そんなの、やってみなきゃ分からん。分からんが。多くの血が流れることは覚悟しなければならない、大きな懸念となる。」
× × ×
「ほう…。雷を喰らってなお起き上がる余力が残っていたとは…ただの口先だけのバカ女ではなかったようだな。小娘。」
かつて王都、迎合区画にて対峙した魔術師と思しき仮面の存在。亡霊の姿が頭上にはあった。
「オマエは、一体なんのことを話してるんだ?」
全能なるものは、もちろんそんな些事には目も留めなかったため容器である娘と魔術師の因縁など知る由もなかった。
「つい先刻、貴様のせいで標的である騎士の大男を仕留め損なっただろう。あの時はまだ秘匿しなければならないこともあったのだ。ここならば、誰もお前を助けには来ない。何故ならば、私の連れが今頃は、王都で暴れてくれているだろうからな。」
「ベラベラとうるさい蝿だな。お前は、寂しさの余り話し相手でも捜してるのか?推察するに、権能を使えるあたりどうせお前アレの差し金だろ?」
「植え付けられた偽物の戦闘意思と、持ち合わせた最低限の知識量を以て、全能である我を上回れるなどと思い上がるなよ。死に急ぎたくなければ。」
「不遜。その態度、知ったような口を聞くな。貴様のような小娘が…格を弁えろ。」
一挙に開放した魔力で、空中に力場を生み出した亡霊は権能と並ぶほどの、絶大な質量の斥力装置を配置して、歪な形状の鉄塊のようなものを弾き飛ばした。
「起爆性の巨大金属弾、古代錬金術の秘奥をとくと味わうといい。」
亡霊は金属が目標へ到達するのを目で確認してから、爆風で舞い上がった煙が落ち着くのを見計らっていた。
刹那、検知した魔力を元に防御術式を展開するがその当ては半信半疑の偉力にすぐさま剥がされる。
「権能:焔」
凄まじい剛炎…虱潰しに周囲を巻き込んで焼き尽くす火の手が幾多の色に変容しながら火力を増していく。
「炎で相殺…爆発を伴う衝撃で大規模な魔術を展開する猶予は無かったはずだ。」
無尽蔵とも思える熱量に、たまらず咳き込み、その後熱波を吸い込んだ刹那に、肺の中の毛細血管が沸騰するような感覚に陥る。
「ぐっ…これほどの魔力を、瞬時に熱に変換し放出するなど…超一流の使い手でもなし得ないはず」
「お前はもう詰んでるからさ。あんまり喋らない方がいいぞ、たちまち臓器が焦げ爛れるからな。」
「権能:矛」
あらゆる物理的、魔術的エネルギーを形態変化させる権能によりその熱を灼熱の鋲に変えた全能なるものは、指先をほんの少し可動させて鋲のベクトルを亡霊の身体に向けてやった。
「忠告しておくぞ…我々は個ではない。強大な意思の集合だ。それが形を成して、力を持ったもの。あるいは……」
熱が突き刺さったそれから伝播され、徐々に液状化していく肉体には一片の憂いも見せずに最期の言葉を、怨嗟のように放った。
「我々に喧嘩を売ったら最期。貴様もいずれ、見えざる手に呑まれるぞ」
戦いに瞬時にケリをつけた、全能なる者は捨て台詞を吐いてその場を去った。
「喋るなって言ってるだろ。次は、相手を見誤らないことだ。」
×××
王都の外壁外、軛方面の地形は大きく変化し
もはやギルドの認定試験どころの話ではなくなってしまっている。
もう、何百匹倒したかも忘れてしまったダールトンははぐれてしまったテスラと、アーサーを探索していた。
「おーーーい!!!」
土煙の先から聞こえてきたその声は、焦土には似つかわしくない無邪気を感じさせた。
叫びながら近づいてきたのは、全身がボロボロになって血まみれのアーサーであった。
「あぁ、無事であったか…アーサー。」
安堵が実感となり、胸を撫で下ろした。
「死にかけたけど、なんとかなったぜ。」
「積もる話は、移動しながらにしよう。今はテスラを捜さないと…」
一呼吸おいて、アーサーはダールトンに語りかける
「それなんだけどさ…悪いが…アイツのことは諦めた方がいいかもしんねェ。」
眉間に皺を寄せながら、アーサーに問い詰めるダールトンは、事態の急変に焦ってつい語気が強くなってしまった。
「足を止めろアーサー。一体どういうことだ…。テスラに何かあったのか?」
「今アイツは、身体を別人に乗っ取られちまってる。もちろん、お前の強さは認めているし。それに俺だってついさっき力の殆どを取り戻した所だ、一時的なものではあるがな。」
「でもな、そんな俺たちが束になっても勝てやしねぇ最強の敵ってやつが現れやがった。多分俺もアンタも十三騎士も気分次第で、一瞬にして消されちまうような…そんなヤバい奴だ。」
「お前ほどの奴が、眉一つ動かさない大真面目な顔で口に出すんだ。ウソではないんだろう。」
「そいつの事を知っているなら、教えてくれ。勝ち目はなくとも、テスラを救い出す可能性を諦めるのは、騎士として…いや人として諦めたくないんだ。たとえ可能性がどれだけ低くても。」
少しの沈黙が、代行者たるアーサーの決意を真実に変化させる。
この物語は、どうやら筋書き通りにいきそうになさそうだ。とアーサーは全能神の顕現を鑑みて結論を出した。
「……俺の制約はここで破棄する。手始めにまず勇士ダールトン、お前と、バカ女のテスラ、両名を守る戦いを始める。」
「ひとまずはその、敵について説明する。お前たちにとっては、突拍子もない事かもしれないが冷静になって聞いてもらいたい。」
(絶望的な状況ではあるが、この感触。
ザッカルースにも言われた娘を守れって使命が、あのクソガキを一発ぶん殴る機会が、ダールトンを最初の仲間ってやつだと信じて突き進む事が、自分の意志で決めた生きるっていうことんじゃねぇのか。)
ーーーー枷から外れ、自らの意思で考える。
代行者としてではない、知性持つ生物として行動する結末にどんな未来が待つのか、それを確かめたくなっただけだ。
体調を崩して、やることがないので久しぶりに更新しました。




