第16話 思惑の外側
蠢く闇はほど近く。
そして遠くもある。
収束の迫った落日に深い翳りが射し込んで。
運命に翻弄された旅人達を否定するように。
立ち塞がる、いかなるを黒く塗りつぶす。
×××
俺の決めた3箇条の制約には、決定的な欠点があった。
゛世界との関わりを断ち、目立たずに、標的以外の生命を奪わない゛。
それが早期の世界救済に繋がるという考えに今も変わりはない。
だが、身の回りで起こる異例な状況についての解決の展望が見えない場合はどうだろう。
能力が封じられたのであれば、それを取り戻すために否が応でも他者に関わらなければならない。
他者に助力を得るならば、自身の存在を認識する者は成り行きで多くなる。
そして話し合いで解決しない事があれば、相対することにより、力量を提示するしかない。
少しづつ噛み合わない歯車が唸りをあげて重苦しく回転する。
そして、ようやく物語は幕を開ける───
×××
徐々に関節各部に広がる鈍い痛みに、奥歯を噛み締め状況の整理に取り掛かる。
目前に控えるのは、全次元の頂点。
かくもこれまでかと、一頻りの行いを振り返り諦観を滲ませつつ彼女の瞳を睨みつけた。
『さて……と。一刻の猶予も惜しい。ボクはね、ご存知の通り忙しくてね。どうしたってボクの抱える案件は、1人の活動量では限界があるんだ。分かるだろう?』
「1人…?テメェを人間と同等の単位でカテゴライズ出来るかクソガキ。そんでもって、いきなり飛び込んできて文句の1つも言わせないとは、甚だ疑問が過ぎるじゃねーか。」
問いとも取れるその発言に対し、借り物の身体を纏った神は、不敵な笑みを浮かべながら返答する。
『んーその言い草は無いんじゃないのー?代行者君だってボクの助力が必要だったんじゃないかとボクは推測するけれど。』
過ぎゆく刻の流れが歪んだように遅れて感じられるのには、よくない事を想像し過ぎているのかもしれない。
沈黙が紡げない、この隔たりに辟易を覚えながらも話の落とし所を見つける事に必死で思考を巡らせる。
『ま、それは置いておいて…気がついているだろうけど率直に言えば、この世界の形成そして原理には不可解な点が多い。根源の供給を拒絶する強力な星そのものにかかった結界、君にかけられた呪いは僕にも解析不能だしね。この世界自体が違和感に包まれた得体のしれない惑星という事実に途方もない何者かの執念のような意図を感じるよ。』
「お前の勘が働くのか。ここは、退くべきだと?」
『まぁねー、ボク達の数少ない敵の仕業かもしれないしね。それこそ存在を認識されれば標的になるのは明白。引き際を誤ればリスクが増加する、そして計画の運用が更に滞って崩壊は加速する。シンプルな理論だからこそこういう匂いにはもっと敏感に対処しなくちゃならないと思ってさ、ボクって優れてるー!』
「だったら、もっと素早く動いてくれりゃ、お前にも変な勘繰りをせずに済んだんだがな。」
『検証には常に厳正な調査が必要だからね。早計な判断は大きな過失を招く場合もあるし、何より君の成長に少し期待していたんだよ。今後の事も踏まえて、異常時に対応出来るような経験なればとも思ってさ!でもまあ、少しは楽しかったんじゃない?本来、不死の君が久しぶりの死の恐怖を感じるってのは』
全能神がこの世界に顕現してから、アーサーは力の隆起を感じていた。埋め込まれた呪いに関しては、些かの不安があったがそれでも確実に繋がった管を通じて身体に流れ込む根源の感覚が戻り、力が漲ってくる。
不安定だった精神状態も、飛躍的な落ち着きを見せ全能神に対する敬意の念を心に抱かせつつあったが…
(違う……違うだろ。)
「いや、俺は歯車でしか無いだろうが…」
(なにホッとしてる、力が戻って。それはそれで望んでいたことだが)
「そうだ、それでいい。」
(でも、お前の正義を成そうと少しでも行動していたじゃないか。自分のための為の正義を。)
「偽物が、くだらねえ……。」
(誰もお前のことを知らない世界を、誰に恩義を還すためじゃない。それでも救おうともがいていたじゃないか。)
「うるせぇ!」
(どうすべきかではなく、どうしたいか。ということを自問自答したあの時間。それすらも偽物だったというのか。)
「どれだけの対価を必要とするってんだよ。」
自問自答を繰り返す姿に、さほど興味を示したわけでもなかったが気にかけた全能神は、淡々と口を動かす。
『一体キミは、さっきから誰と話しているんだい?』
何のために、自身が世界に生を受けたのか。
代行者は時にその存在意義について葛藤をしていた。正義の御旗を振りかざし、比類なき人類史の今後の行く末を守るため人々の住む大地の遥か上、空のさらにその奥から幾多の光景を見下ろしてきた。
選ばれた理由、活動の根拠、意味の探究、それらの無闇な詮索が自身を苛むのだろうか。
失ったものなどない。
断じて、無いと。
そう感じていたその胸の思惑の敷き詰まる場所に空いた小さな隙間に芽吹いたものが、このまたとない機会に一気に膨張する。
『そいつは一体、なんのマネだい?』
彼はいつも、およそ遠くない未来に、振り下ろされようとする断罪の刃に臆していた。
彼にとっての絶対的で覆ることのない優位性。
その力には服従せざるを得なかったから。
不死の彼が恐れるほどの地獄をいとも簡単に創造出来てしまう根源というエネルギーの膨大な貯蓄量。どんな状況も翻してしまう、叡智の象徴である天啓と慧眼。
敵うはずがない相手に挑むのは、怒りを通り越してただの阿呆である。
そう認識した上での、あえての選択。
「いうなれば、遅めの反抗期…ってところか。」
出来損ないかもしれない。
いや、そうであるとむしろ確信を持つ。
この行いにどんな意味があるのかは、分からない。生産性も合理性も破綻した、まさに無意味なことかもしれない。
『ーーーこんな事を話したことは、今まで無かったね。ボクが代行者である君に知性と感情を与えたのは何の為なのか。』
『ねぇアナ、ボクはね嬉しいよ。本気で自分を真っ向から否定してくれる存在が現れるのを心の奥底では求めていたのかもしれない。感情を完全に失った時にボクは恐らくあらゆる時空の世界の調停を行うただの機構に成り果てると思っていたんだけど、今しがた、自分が何者だったか。かつてはどんな存在だったか。過去の事を久方ぶりに思い出せたよ。』
「やはり、生まれながらの神は居ないってことか。お前がどんな経緯を辿って、その座に君臨しているのかは知る由もないが、盤上をひっくり返すつもりは毛頭ない。」
「死を恐れ、初めて考えたことが沢山あった。命のやり取り、人の優しさ、疑念や焦燥、憂鬱や諦観。空の美しさ。今まで見ようともしてなかったことの数々が怒涛の速度で押し寄せてきて、正直言って頭がおっつかねぇ。わけのわかんねぇ奴に呪いをかけられて、死にかけて、草の根わけて進むしかないような状況にほとほと翻弄されたよ。」
『それが…。君にとってのまたとない機会となり得たわけか。互いに理由を得たなら、望むように取り合うよ。君には申し訳ないけどね、君の代替品は沢山用意してある。知り過ぎた代行者は破壊しなきゃならない決まりだ。もっとも、壊さないように加減出来るほど僕は器用じゃないけどね。』
×××
時を同じくして、ダールトンは巨大な魔獣の頭上に鎮座する召喚士(?)と相まみえていた。
立ち塞がるその強大な存在を従えていた者は、自身の気配を空気に同化させて他者からの認識を遮断していたが、絶対防壁の任を幾年もの間遣わされていた熟練の猛者は、驚異的なる当て勘で振りかぶった長剣から放たれた音速の波動を、気配を感じ取った方向へ向けて穿った。
球体状に霧散した波動の残滓により、なんらかの防御魔術が展開されている事に気がついたダールトンは次なる攻撃へ向けて姿勢を機敏に整える。
「安息遠き最果てに至る路傍、移し身より歪む者。古に生きし虚空に眠る獣。骸の丘に佇む賢者は、その悉くを慈しむ。」
「───無貌の白光」
その一撃は外界において、形成される空間の性質を強制的に歪めて距離の概念を無くす。
強力な攻撃ほど間合いは遠い場合が多いが、こと近接武器においての有効な手段のひとつは、あくまでも自らの握る武器の届く実在する距離で相手を物理的に叩くことにほかならない。
術者自体を球上に包む防御であれば、その壁の内側から直接叩き込めばいいという、なんとも口に出しては当たり前の原理ではあるが、それを実現させたダールトンはこの地力と原理の解釈が通常の人間より特筆して優れていたことを証明してみせた。
「──────捉えた」
刀身が肉を引き裂いた感触を以て、術者の死を直感したダールトンは次第に暴れ始める巨獣の頭上へと一息で駆け上がった。
防御魔法の内壁には、深紫色をした液体が飛び散ってすぐに解除された防壁から何かの体液が噴出した。
その体液を浴びた魔物は怒りにも似た慟哭を上げながら強く地団駄する。
踏みつけた衝撃により、地面は大きな揺れを引き起こし森を荒らしていた魔獣は一斉に北に向かい駆け出した。
まるで、何かの合図を示されたかのように不気味な景色であった。
「あとはコイツの息の根を止めるだけか……漸く長い一日が終わる。」
長剣を強く握り込み、およそ脳幹と思われる箇所を貫かんとすると背後にはいやに不気味な微かな生命の気配があった。
「……強いのね、アナタ。人間にしてはやる。亡霊が言うには大したことがないとなっているけれど、ただものでは無い。」
薄手の漆黒色のローブから伸びた頭巾を深くかぶり、罅の入った仮面を付けた女は割れ目からやけに赤い眼光を覗かせて囁くように言った。
『何者だ貴様。』
それは人間の形をした、明らかな異形。
咄嗟にそんな事を考えながら、異質な気配を産むその主に対して直線的に問いかける。
返答は予想していたものでは無かった。
「あの子は……ここには居ないのね。残念。」
会話を交わす気配は無いように思えた。
というよりも、元より独り言のように感じるその女は生気が感じられず、やけに無機質で淡白な感じがした。
『亡霊と同様の手の者か。この魔獣を従えて俺の始末を図りたかったらしいが…もう俺は以前のように甘くはないぞ。』
「今日はね、王国を滅ぼしてやろうと思ってね。それでたくさん獣を引き連れて来たというのに……邪魔者がいては楽しめないわね。」
『逃げようなどと抜かしてくれるなよ、貴様のような快楽殺人者を野放しにはできん。ここで始末してくれる。』
「ふふふ、ずいぶんと威勢がいいのね。でも残念だわ…だって今のあなたは、私にとってそこいらに這っている虫ケラと大差ないんだもの。」
『冗長な語りは、弱者の象徴だぞ?口を開く前に攻撃をしたらどうだ?』
「あら、生き急いだっていいことはないのよ?まあ…あなたの場合は死という概念には鈍感でしょうけどね。」
『知ったふうな口をきくな。』
錆び付いた長剣を振りかぶり、渾身の打撃を召喚士らしき女にかます
直撃を受けた召喚士らしき女は瞬く間に後方へ吹き飛ぶ
「重いのね、その剣。少し痛かったような気がするわ。」
『──無傷か。ふっ…こんな達人の領域に踏み入れんとする使い手がいたとはな。』
「私は、武芸者ではないわ。それとあなたは確かにこの世界の尺度で測るなら間違いなく最高峰の実力者であると誇っていいと思うけど。だからこそまっさきに殺しておくべきかしら。」
「権能:雷」
晴天の空から直下する落雷の速度は常軌を逸していた。
ダールトンが認識する余白もなく、その稲妻は脳天に直撃し致命的な傷を与える
不死の宿業は、それでもなお失われた身体の組織をみるみる蘇生させた
『くっ…桁外れの魔法…いや、ただの魔法ではない。』
「魔法?…ふふふ。そんな甘っちょろいものではないわ。不可避の一撃にして、当たれば即死。どんな防御も無効化する絶対の力。神のみぞ持ちうる最強の名に相応しき矛の一柱。」
「あなたのその稀な体質は、私の力を試すにはもってこいだわ。最期には泣き叫んで、もう殺して欲しいと懇願してくれるのかしら?」
×××
めちゃくちゃ久しぶりの更新です。
進まなくてごめんなさい(汗)
次回は大バトル回です!!!