第11話 再会と再考
───遥か古から、人は神という存在を創造し、許容し、伝聞し、崇拝し、伝承し。
またあるいは、信仰し、あるいは畏怖した。
その存在は、人とはかけ離れた存在として世に点在にする物や事象に宿ると考えられた。
時には厚き黒雲より落下する天雷を神の裁きだといい、事の善悪を自然の現象に委ねたりもした。
それから数多の趨勢を超え、人はいつからか神を人の形になぞらえた。そしてその神なるものは、あまつさえ人の言葉を発するようになり、いつしか人の良き理解者とされるようになる。
───まるで自分達が、神にでもなったとでも言いたげに。
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握りしめた地図を必死に見返しながら、幾度も通過した廊下を歩くアーサーとテスラ。
『うそ……この構造物……千里眼の能力を受け付けないなんて……。』
「だから、そういう結界が張られているんだよ。んな事も分かんねぇのか。」
『そんな言い方ないでしょ!!仮にも努力してる人に対して~!』
「俺には偉そうにする権利があるんだよ。」
どんな権利だなどと絶え間のない、いがみ合いが始まったのは30分ほど前───。
顔を落とし、落ち込んだ様子で歩くテスラ
対称的に自身の満ちた表情ともとれる様子で闊歩するアーサー。
『私は……』
「言わなくていいですよ。あなたが言いたいことはもう充分に伝わっていますから。」
謝罪しようとするテスラの言葉を制止して、続けざまに言葉を発するアーサー
その表情は依然、硬かった。
「無事にこうして共に生きている。聞けばその後、亡霊と名乗った魔術師にも一矢報いたとか。加えて、かの十三騎士が一柱も救命したとなれば、もはやあなたを咎める事など誰にも出来はしないでしょう。」
事実のみを俯瞰で見たような、まるで当事者ではないかのような、その正当性のある発言には人としての感情は入っていない。
『あの……。怒ってますよね?』
「いえ、怒ってませんよ。テスラさんが人助けをしたいという一心で、あの場に出たことは勇敢だと思います。私にはとても真似できません。」
(絶対怒ってるよ……。)
冷淡さ極まる対応に、話題を変えようとするがなかなかアーサーの反応は好転しない。
『でも、なぜでしょう。あの場には確かに大勢の人がいた。アーサーさんだけがピンポイントで狙われるなんて、偶然で済ませるには少し不可解ですよね。』
「よく私は目つきが悪いと言われますからね。」
『あっ、いやこれは。そんな事ないですよ!!うん、その少しだけダーク的な雰囲気はありますけど……』
「それ、なんのフォローにもなってませんよ。」
間髪入れずに突っ込みが入った。
『……怒ってるなら、怒ってるってそう言ってくれればいいじゃないですか。』
「だから、怒ってないって。そう言っています。」
『じゃあ、なんでそんなに不機嫌なんですか?私が何かしましたか?』
テスラはあんなに心配してあげたのに、という心の声が口から漏れそうになった。
「これだけは、言わずに胸の内に秘めておこうとしましたが……この際だからハッキリ言わせてもらいます。まず何故あなたはそんなに馴れ馴れしいんですか?私には私のやらなきゃいけない事があるんです。」
『仲間なら、もっと協力し合うべきです。悩んでいれば手を差し伸べて助け合う。背中を預けられるようになる為には、目的の相互理解が不可欠です!』
なんでこっちが譲歩しなければならないのか、何気ない理不尽に思わずアーサーの表情が歪む
「まだ仲間になると了承した憶えはありませんが?それに、あなたが勝手に私の旅路に参加したいという事でしたよね?事実を都合の良い方へねじ曲げるのは人間の悪いクセです。」
『なるほど、とんだ人嫌いですね。いいですよ、もうアーサーさんとは共に行動しません!私の方から願い下げさせてもらいます!』
「はぁ……そうですか。では、あなた1人で例の騎士に会うといいでしょう。私は気分が悪いのでもう王都を出ます。短い間でしたがお世話になりました。腹の傷の事は二度と忘れない。」
『それとこれとは話が違うでしょ!!わからず屋だなぁ……』
人付き合いを知らないテスラと、人間を嫌うアーサー
互いに似ている境遇を持つ2人は、絶望的なほどウマが合わなかった
×××
地図上に矢印のつく部屋に、やっとの思いで辿り着いた2人は険悪な空気を漂わせたままドアをノックした。
「入りたまえ。」
中から一言、入室を許可する言葉が発された。勢いよく開いたドアの向こうには、アーサーが治療を受けていた部屋とは比較出来ないような絢爛さで設えられた空間があった。
「あぁ、よく来てくれた。貴殿らに再び、見えることが叶って嬉しく思う。」
身長200センチ超はある大柄の男、クセのある白髪で彫りが深く眉が印象的な、一目で騎士に相応しいと思える体格をしていた。
『元気そうで何よりです…。ザッカルースさんにお話を聞きまして、こちらにお邪魔させて頂きました。』
「話によれば、いたく気に入られてるようじゃないか。あの方はこのオーラムでは顔が利く、懇意にして頂けるのなら甘えるのがいいだろう。」
談話は盛り上がる一方、その輪に入れぬ者が仏頂面で部屋の中を観察していた。
「あんたがダールトンか。流石はあの十三騎士、噂に違わぬ破格の待遇でもって扱われているんだな。」
イヤミ混じりの一言に、テスラはまた声を大きくした。
『この偉そうな変人の発言は気にしないでください。私はテスラです。』
「どーも、変な人です。よろしく。」
「貴殿ら2人が連携して、あの状況下で敵を退けたのだろう。テスラに、そちらはアーサー。強いのだな。」
異議ありと言わんばかりに、アーサーはダールトンに言葉を発した。
「俺はなんもしてないよ。たまたまそこに居合わせて、そんでもって不運に襲撃された平凡な一般人だ。」
「あんたが礼を言うとすればこっちのチビ女。ジジイからは会いたがっていたと聞いたが、俺には恐らくなんの関係もない。」
黙っていれば謝礼を受け取れたであろう、その権利を放棄しようとするアーサー。
その世界の最強と目される人間を数多く屠り去った彼にとっては、十三騎士の強さもまた例外ではない。
そして情報の共有が招く、最悪のリスクを鑑みての判断だった。
「それは……事実なのか?貴殿にはなんの力もなく、ただ目に付いたから奴の攻撃の対象とされてしまったと。」
『はい、その通りですよ。だからもうこの人の事は放っておいて話を続けてください。』
気にしてなどやるものかと、テスラは強引に話を元に戻そうとする。
「ならば、なおさら謝罪しなければならぬ。俺が不甲斐ないばかりに、このような事態になってしまったことを。」
「謝罪……ね。悪いがアンタは信頼出来そうにない。王政に忠義を尽くす崇高なお方とは、いい思い出がないからな。」
アーサーの度重なる苦言に、いよいよテスラの忍耐は臨界を突破した。
『ほんと、なんなのよその態度は!!確か、世界を股に掛ける商人だとか言ってたわよね、そんな喧嘩腰な商人が居るなんて話、聞いたことも無いわ。』
「自分の許容範囲を上回る情報なんて、世界には山のようにあるだろ。無知な人間は、自分の無知を棚に上げてあーだのこーだの喚き出す。だからイライラするんだよ。」
ダールトンが仲裁に入ろうとする余儀なく、その尖った言葉の応酬は加速していく。
『ならいいわ、本当にあなたが何者なのか視てやる!』
『───EXスキル:心眼』
真実を見定める能力、【心眼】を発動しアーサーを視認すると視界の中に数々の表示が浮かび上がってくる。
本来そこには、現在の自身が見聞きした情報と真実の情報が連立されて開示される。
が、今回の場合は違った。
『嘘でしょ……。何これ……。』
「───俺を視たな。」
能力の発動に問題がある場合、情報を表す文字列はERRORなどと表記され、大抵の場合は発動し直す事により問題は解消される。
だが、今回は訳が違った。
文字列のほとんどは、文字化けの要領で読み取ることが出来ない。
『確かにあなたは、存在している。質量をもってこの世界に顕現している。なのにあなたは………』
読み取ることの出来た数少ない言語の切れ端。それは、存在などしていないはずの。
いや正確には、御伽噺の類だと思っていた特殊な言葉が浮かび上がっていた。
「───あぁ、ならば。2人に頼みたい事がある。もしこの腹の傷について、もし俺を守れなかったことについて、その心の中に多少なりとも罪悪感を発症しているのなら。」
「貴殿は……一体───」
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