盆帰り
少し、嬉しかったので。
兄、が、亡くなって、2度目の盆がきた。
初盆の時のように何かがあるわけではなく、でも、なんとなく、今年も実家に戻ってきた。
それは。
やっぱり、帰ってくるなら、この場所で。
兄に、会えるなら、この場所だと、どこかで思っていたせいも、あるんだろう。
「かあさ〜〜ん、盆提灯、どこ?」
「あ、忘れてた!」
13日。
帰ってくる御先祖の霊を導くための明かりを灯す。
毎年の事なのに、直ぐに忘れる母親は、今年も相変わらずらしい。
ここ数年、盆の帰省はどうしても人混みに揉まれるため、盆の混雑を避けて帰省していた。
私の帰らない年はどうしていたのかと、少しおかしくなりながらも、慌てて差し出された提灯に火を灯した。
玄関に吊るされた提灯の明かりに導かれてご先祖様が帰ってくるのだと、教えてくれた祖母も鬼籍に入って久しい。
祖母も、この光を頼りに帰ってくるのだろうか?
薄闇に灯された明かりに、目を細めた。
孫の可愛さに目を細める母達にホッコリしながら夕餉をすませ、地元の夏祭りの最後に供される花火を見ようと準備をしていた、その時。
先に外に出た母の悲鳴が小さく玄関から聞こえた。
「母さん?どうしたの?」
「そこ」
慌てて駆けつければ、盆提灯の仄かな明かりに照らされた玄関先を母が指差した。
「こんな大きなの、こんな所で初めて見た」
少し呆気にとられたような声と共に指さされた場所にいたのは、掌ほどの大きなガマガエル。
どこから来たのか。
体に泥の汚れもなく、独特の模様をツヤツヤと仄かな明かりに照らした蛙は、逃げるそぶりも見せずに澄まし顔でそこに座り込んでいた。
田んぼも近い一軒家だ。
道路に潰れた蛙は良く見かけるし、田んぼのあぜ道や小川の中州に見かけることはままあるが、確かに、母の言う通り、自宅の敷地でここまで大きなガマガエル、初めて見た。
そう、驚くより先に呆れた気持ちで思った途端、ふいに、すとんと何かが胸に落ちてきた。
年の離れた兄は、子供好きで、私の面倒も良く見てくれた。
一緒に遊び、同じ目線に立ってくれて、共に驚いたり笑ったりしてくれた人だった。
その反面、いたずら好きで変に稚気に富んだ人だった。
しゃがみ込んでまじまじと眺めれば、つぶらな瞳がコッチをジッと見つめ返してくる。
黒々とした瞳が、なぜか笑っているように見えた時、考えるよりも前に、言葉が口をついてきた。
「おかえり、お兄ちゃん」
隣に立つ母が、息を呑む気配がした。
「そっか、お兄ちゃんか〜」
「そう。行ってくるね〜〜」
だって、いたずら好きだったでしょ?
驚かそうと、したんでしょ?
まぁ、散々、兄に鍛えられた私は、カエルくらいじゃ、驚いたりしないけどね。
笑いながら、歩き出した私の後を、母が妙に納得したような顔でついてくる。
そこを否定しないところが、田舎のおおらかさ、と言うか、母の素直さというか………。
クスクスと笑いながら、私は、花火の見える場所へ向かって歩いていく。
腕の中の息子の温もりを感じながら。
ねえ、おにいちゃん。
貴方が突然居なくなって、すごく哀しい。
2度目の盆が来ても、未だに胸がシクシク痛む時もある。
それでも、こうして、お兄ちゃんが帰って来たと、思えるこの瞬間は、なんだか嬉しくなるんだよ。
蛙でも、他の虫でも、例え、提灯の火が揺れる様子でも、なんでもいい。
帰って来たよ。
ただいま。
そう、囁いて欲しい。
どんな些細な気配でも、きっと気づくから。
きっと、見つけて見せるから。
また、来年、会おうね。
「おかえり」
お立ち寄ってくださり、ありがとうございました。
思い込み、でも、なんでもいいのです。
私は兄が、大好き、なのです。