4匹目
「もう、つかれたよ……」
とうとう膝を抱えて、草の上に座り込んでしまいました。そうすると、なんだか自分が一人ぼっちの子ネコに戻ったような気がしたのです。
「いまだけ、ネコだったら……よかったのに」
ネコならば、こんな暗くて怖い山奥でも、ゆっくりと眠ることができそうです。
冷たいの風が頬を触りました。
『眠りましょう。
貴方は苦しいでしょう?
今日は諦めて 眠ってしまいましょう』
こんな歌が 風にのって聞こえてきました。
『苦しいから やめてしまいましょう。
あかるい朝になってから さがしましょう。
早く瞼を閉じて 眠ってしまいましょう。
きっと眠れば 楽になれるでしょう』
谷底よりも山奥よりも暗くて深く、甘い闇に誘い込むような歌声でした。
それは、とても魅力的で、キョーコは思わず「眠ってもいいかもしれない」と思ってしまいました。
この歌のとおり、眠れば楽になれます。
もうアヤちゃんを探すのは疲れてしまいました。明るくなってからの方が探しやすそうですし、痛みと疲労は頂点を超えています。
次第に、瞼が鉛のように重くなり、幕を閉じるように降りてきました。
ああ、眠ろう。
眠ってしまおう。
うとうとしかけたそのとき、
「だめっ!」
キョーコは、歌声を吹き飛ばすくらい大きな声で叫びました。
そう、山で眠ったらダメなのです。
前に、お母さんが教えてくれました。
寒い山で眠ってしまったら、そのまま凍え死んでしまう、と。
「えっと、こんなときは、どうしたらいいんだっけ?」
ぼんやりとかすみ始めた頭の中、懸命にお母さんの話を思い出そうとします。
「たしか、チョコレートを食べたり、温かいココアを飲んだり、誰かとおしゃべりをするんだっけ?」
しかし、そのどれもできません。
なにせ、なにも持っていないのですから。
キョーコは今の自分にできることを考えました。誰かとお話しすることはできませんが、一人で口を開く……たとえば、歌うことはできます。
キョーコは知っている歌を口ずさみました。
冷たい夜風の歌を打ち消すように。
学校で習った歌、保育園の先生が教えてくれた歌、アニメやCMの歌――とにかく、片っ端から歌っていると、ふと――誰かの小さな声が聞こえてきたのです。
「アヤちゃんっ!?」
歌を止め、一目散に走ります。
しかし、そこにアヤちゃんはいませんでした。
そこにいたのは、さきほどのフクロウと小さな小さなネズミでした。ネズミは恐怖で縮こまってしまっています。
「あぶないっ!」
フクロウが さっとネズミの上につかみかかろうとしたとき、キョーコの手から小石がとびました。
「ななっ! 先程の娘か! わしの食事の邪魔をするとは生意気な!」
フクロウは大きくはばたくと、再び飛びかかろうとしました。キョーコは夢中で足元の石を拾うと、フクロウに投げました。石の一つが大きな胸に命中すると、フクロウは「ホーッ」と悲鳴を上げ、夜の闇へ逃げていきました。
キョーコは、少しだけフクロウが可哀そうに思いました。
「ありがとう、ありがとう。」
足元から声が気乞てきました。
ネズミです。ヒゲをぴくぴくさせて、丁寧にお辞儀をしていました。
「あっしは、逃げ遅れてしまったでやんす。お嬢ちゃんは命の恩人でやんすよ。
どうして、あっしを助けたんでやんすか?」
「なんとなく、にてたから、かな」
キョーコはうまく説明できず、頬を書きました。
本当になんとなく、ちぢこまったネズミの姿と一人ぼっちで泣いているだろうアヤちゃんの姿が重なったのです。
「お礼をしたいでやんす。なにか欲しいものはあるでやんすか。命以外でしたら、さしあげるでやんすよ」
ネズミは甲高い声で尋ねてきました。
「わたし、イノチノユリを探しているの。アヤちゃんを助けるために」
「イノチノユリ、でやんすか?」
ネズミの耳が、ぴんっと立ちました。
「それでしたら、どこにでもありますし、どこにもありませんでやんすよ。『イノチノユリがほしい』と強くおもっていれば、五分もしないで 見つかるはずでやんす」
「わたし、ずっと探しているの。でも、暗いばかりで全然見つからないの」
ずっと、イノチノユリとアヤちゃんのことだけを考えて進んできたのです。それなのに、どうして見つからないのでしょう。
ネズミは、ふむふむと うなずきました。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんは暗闇がお嫌いで? だったら、ツバキの灯りがいいでやんすよ? ここから、ちょうど ぴったり三十歩進むでやんす。
きっと、暗くて周りが見えていないから、すぐ近くにあるのに見つからないでやんす」
「三十歩ね。ありがとう、ネズミさん」
「こちらこそ、ありがとうでやんすよ」
ネズミとわかれると、ぴったり三十歩すすみました。
すると、不思議な白い木が見えました。雪のあかりのようでしたが、近づいてみると、ネズミが教えてくれたとおり、白いツバキの木があったのです。
雪のように白いツバキが。