3匹目
一体、どれくらいの時間が経過したことでしょう。
どこまでも続く暗闇に目はなかなか慣れてくれず、足元で落ち葉がかすれる音、お気に入りのフレアスカートに小枝がひっかかった感触――その一つ一つに悲鳴を上げ、鼻をすすり上げていました。
「アヤちゃん、キョンー! どこにいるの……きゃっ!」
風が運んできた木の葉が頬をかすめ、小さく叫んでしまいました。
「なんだ、木の葉か……」
キョーコは、ほっと肩を落としました。
木の葉は一瞬でキョーコの横を通り過ぎ、夜の空へと運ばれていきます。
キョーコは、はたと思い出しました。
夏祭りの夜、クルミ先生が「むかしはね、星の位置で船を進めたんだよ」と教えてくれたのでした。先生は、ちかちか輝く星を指さしながら「あの星は、ずっと北から動かないの。北極星っていうのよ。大昔は、あの星をたよりに船を進めたの」と丁寧に話してくれたのでした。キョーコはホッキョクセイが見えないか目を凝らしてみましたが、あまりにも星が多すぎてどれがどれだか分かりません。白い粒がちかちか瞬いていて、次第には目が痛くなってきました。
「どれだろう、分からないよ……あれ?」
瞼をこすり、もう一度空を見上げようとしたとき――ふと、暗闇の中に浮かんだ二つの目玉に気がつきました。
くるくるした目玉は、じっとこちらを見つめています。
「キョン?」
「ちがう。わしは、フクロウじゃ。」
くるりと顔が回りました。
「人の娘よ。こんなところで、なにをしてる?」
フクロウの目が、怪しく光ります。キョーコの身体は、びくりと震えました。
「わたし、イノチノユリを探しているの。アヤちゃん……わたしと同じくらいの女の子をね、助けるために」
「なんと、イノチノユリか!」
フクロウはホーと鳴くと、翼を夜空を覆い隠すくらい広げました。
「しってるの?」
「あたりまえじゃ。
イノチノユリは、たとえ人形にも命をあたえる 幻のサクユリじゃぞ? この山に住まう獣は皆知っておるわい」
「本当に? どこにあるの!?」
キョーコの顔が、ぱあっと明るくなりました。
もしかしたら、すぐにでもアヤちゃんを助けることができるかもしれません。
しかし、フクロウは申し訳なさそうに萎みました。
「いいや、イノチノユリは、この山のどこにもあるし、どこにもないのじゃ」
「どこにもあって、どこにもない?」
まるで、なぞなぞみたいです。
キョーコが必死に頭を悩ませていると、フクロウは優しい声で語りかけてきました。
「むすめよ、人の娘よ。わしが、つれていってやろう」
「え、本当に!?」
おもわず、身体がのり出しかけます。
フクロウは森の賢者です。きっと、すぐにイノチノユリの場所まで連れていってくれることでしょう。
ただ――どうも引っかかります。つい先ほど、キョンが退屈そうにつぶやいた言葉が耳の奥で蘇りました。
『あなたたちは“どうして”と聞かないのでしょうか?』
そうです。
どうして、フクロウは案内を買って出てくれたのでしょうか。
キョーコは、フクロウと初めて会いました。彼のことを図鑑でしか知りません。
もしかしたら、キョンのように騙されるかもしれない。そう思った瞬間、キョーコは
「でも、どうして案内してくれるの?」
と、フクロウに尋ねていました。
「なに、ちょっとばかしお礼がして欲しいだけじゃ。
わしは、おまえさんの目玉が欲しい。くりくりまん丸くて、きらきら輝く可愛らしい目玉が、とても美味そうでのう」
フクロウの するどい目がギラリと光りました。
そこに森の賢者としての知性の色はありません。あるのは獣の色だけです。
キョーコは爪先から頭のてっぺんまで凍りつきました。
「だ、だめよ! それは、あげられないわ」
キョーコは手で目を軽く抑えると、無我夢中で走り出しました。後ろから、フクロウの声が追ってきます。
「おーい、おーい。目玉は片方でいいんだぞ?
目玉がだめなら、柔らかそうな白い手でも首でも全然かまわないぞ?」
こわい、こわいこわい!
目がないと、アヤちゃんを探せません。
手がないと、アヤちゃんの手を握ることができません。
首がないと、アヤちゃんと おしゃべりができません。
「アヤちゃん! どこにいるの?
イノチノユリ、どこにあるの!?」
キョーコは山全体に響くような叫び声を上げながら、とにかく走り続けました。いまにも、フクロウの 黄色いくちばしが、ぐさりと首を貫きそうな気がします。
足がもつれ、幾度も転びそうになりながら、あえぎあえぎ走り続けました。
フクロウも姿を消し、空の星も見えないくらい木々の生い茂る山の奥深くに迷い込んでしまった頃――ようやく足が止まりました。
キョーコは、すっかりくたびれてしまいました。
。