心地よさ
ホームまでの緩やかな坂道をゆっくりと歩いて、二歩三歩。額と背中からじんわり汗をかいて、夏の盛りを感じる。
電光掲示板には電車の時刻が三本分。次の電車は、3分後みたいだ。
あたりを見渡しても駅員さんがいなかったから、今日は白線の内側の、さらにその内側まで進んで、空を見上げた。
屋根の端から広がる、大きな青空に熱がこみ上げて、たまらずリュックから水筒を取り出した。
家で飲むよりずっとおいしい麦茶に思わず舌鼓を打ち、一人で笑った。
麦茶って、「むぎちゃ」で、なんか可愛い響きだなあなんて、一人で考えながら。
そんなことを考えることに意味なんてないのに。
時計の長針が数字の"8"をこえて、電車が来るまであと一分。
線路の先に視線を移せば、熱気の揺らめきの奥に銀色の車両が見えた。
先頭車両がホームに入るまであと三十秒、二十秒。
車両の頭が、ホームに入った途端、心地のいい風が僕をさらって、視線を再び青空に向けた。
さっき見たばかりの空が、さっきよりもずっと近く見えた。
このまま飛んでいってしまいたい。
僕の住んでいる地球にはどうやら重力があるみたいで、そのまま飛んでいくわけにもいかず、どしんと地面に叩きつけられた。
同時に電車も動きを止めて、大きく息を吐きながら、その扉を開いた。
乗る人、降りる人、その喧騒の中で僕はゆっくりと目をつむり、意識を遠くへとおくる。
次第に喧騒は、静寂に変わり、僕は一人に。
それでも以前、熱は引かず、マグマのように煮えたぎる僕の体液。
死ぬってこういう感覚なんだろう。
また、考えても意味のないことを考えた。
ああ、とけていく。
最後の最後、意識が形作った言葉は、
「でんしゃが、おくれる」
電光掲示板には電車の時刻が三本分。
僕が待っていた電車の、時刻表示の隣には、この暑さに相応しい赤色で、遅延の文字が刻まれ始めた。
レールの上には、僕の身体が一つ残った。
初めての投稿です。
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次、投稿するかわからんけど。