29.人形姫:エリーゼ
29.人形姫:エリーゼ
お人形さんのように可愛らしい女児でした。
だからでしょう。皆は彼女のことを人形姫と呼んだのです。
鋼紀1366年のことです。
人形姫ことエリーゼは若き王に見染められて、後宮へと上がることになったのです。
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結局、お気に入りだったのは最初の1週間だけ。
その後は、王がわたくしの部屋を訪うことはなかった。
「人形のように可愛い」
けれど
「それだけ」
後宮の女たちがわたくしを嗤う。
「ちっとも可愛げがない」
らしい。
だって、仕方がないじゃない。
人形のように取り澄ましているようにと躾けられて育ってきたのだもの。
「人間らしくない」
みたい。
だって、仕方がないじゃない。
アレがしたいと言ったら窘められて。
コレがしたいと言ったら叱られて。
人形のように生きることを強要されたわたくしが、何かを望むことは許されなかったのだから。
でも、こんな人形のようなわたくしだからでしょうか?
とんと王がご無沙汰だからでしょうか?
お喋りをするお友達の1人もいないからでしょうか?
後宮にはいって10年もすると、下は端女から、上は王の子供を産んだ5人の妃までが、わたくしに愚痴を言いに来るようになった。
そして、最近になって思うようになった。
「人間っておもしろい」
ずっと人形姫と呼ばれた。
それでいいと思っていた。
だけど。
ちょっとだけ、わたくしは。
人間らしく、望んでみようかと思う。
望むのは、取り澄ましたみんなの心からの感情の発露だ。
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エリーゼの住んでいる国で貴族間の対立が横行しました。
子爵家が公爵家の当主を暗殺し。
報復に、公爵家が子爵家を襲って当主家族を鏖殺し。
貴族同士で、血で血を洗うような闘争が始まったのです。
そのさまは縦横無尽。
昨日、生きていた人が、今日は、死んでいる。
さっき、共に酒をのんでいた人が、今は、心臓にナイフを突き立てられている。
そんな光景が日常となったのです。
鋼紀1379年。
エリーゼが捕らわれました。
指揮したのは若干15歳で即位した新王でした。
新王はエリーゼこそが貴族をそそのかして暗殺を横行させているのだと見抜いた…のではありません。
亡くなった母親に代わって、10年にわたって育ててくれたエリーゼ自身の口から、真相を明かされたのです。
彼女は言ったそうです。
「わたくしを捕らえて、殺して、それを手柄として貴族を掌握なさい」
人形姫、エリーゼ。
かつては人形のように美しいからと付けられたあだ名です。
しかしエリーゼの本性が知られてからは、人形を操るように人間を翻弄してを自在にしたことから、人形の王ならぬ姫、として恐怖が転じたあだ名となっています。
その後、新王は問題なく貴族を掌握しました。
貴族同士の争いはパッタリとなくなりました。
わたしは思うのです。
もしかしたら。人形姫は、最後になって母親としての心を宿してしまったのではないか、と。