23.善行の殺人鬼:イーチャ
23.善行の殺人鬼:イーチャ
その女性は幸福ではありませんでした。
親に反発してまで結婚した相手は、ほどなく暴力を振るうようになり、お金も家に入れなかったからです。
逃げることはできませんでいた。
逃げれば殺すと脅されていたのです。
ある日のことです。
女性は、路地に倒れている少年を見つけました。
行き倒れです。
珍しいことではありません。
女性は少年にパンとワインを与えました。
理由なんてありません。
ただの気まぐれです。
ですが。
この善行を切っ掛けとして、女性の運命は大きく変わるのです。
まず、夫が死にました。
泥酔して路上で眠った末の凍死でした。
次に、女性は気のいい男性と結婚しました。
出会いは不思議なものでした。まるで誰かに導かれたように。
子供も産まれました。
夫の商売が上手くいかない時も、何故だか商売の競争相手が事故で死んだり、喧嘩で死んだりで、夫婦の暮らしは誰もが羨むほど裕福なものとなります。
鋼紀1590年のことです。
夫婦のひとり娘が結婚することになりました。
相手は、店で夫の右腕として働いていた青年『イーチャ』。
誰もがお似合いだと祝福したのです。
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死にかけていた僕は、その女性の与えてくれたパンとワインで生き延びることができた。
そらからというもの。
僕はスラムで生き延びるために、人を殺した。
金を。
食い物を。
奪った。
スラムでもちょっとした顔になった頃。
僕は再び、あの女性を遠目ではあるけれど見ることができた。
疲れた顔をしていた。
元凶は夫だと分かった。
分かれば、あとは簡単だ。
夫を殺した。
あの女性に笑顔が戻る。
もっと。
あの女性を笑顔にしてあげたい。
僕は、あの女性と僕の部下とをくっつけた。
「わかってるな。あの女性を不幸にはさせるなよ」
やがて女の子が産まれた。
あの女性は笑っている。
幸福そうに笑っている。
もっと!
あの女性を笑顔にしてあげたい。
僕は部下の片腕として暮らしながら、裏では商売敵どもを次々と殺して回った。
あの女性は笑っている。
幸福そうに笑っている。
もっと! もっと!
あの女性を笑顔にしてあげたい。
20年近くが過ぎた頃。
あの女性の娘が結婚することになった。
相手は僕だ。
正直、気は進まない。
それでも、あの女性がそれで喜んでくれるのなら。
僕は、何でも、してみせよう。
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鋼紀1642年のことです。
スラムを牛耳っていたボスが捕縛されました。
そのボスこそがイーチャだったのです。
大商会の娘婿が、実は後ろ暗い男だった。
醜聞はすぐさま広まり、街に知らぬ者はなかったほどの大商会はほどなくして潰れてしまいます。
すっかり意気消沈した様子のイーチャは、これまでの罪を告白しました。
そのなかに、大商会の奥様の前夫を殺害したこと、商売敵を幾人も殺したことが明らかとなったのです。
そしてイーチャは言ったとされています。
「すべては、あの女性のためだった」
と。
では。イーチャは最後の最後で、あの女性を不幸にしてしまったのでしょうか?
いいえ。あの女性は鋼紀1642年に亡くなっていたのです。
イーチャの落胆はすさまじく、だからこそ、イーチャほどの人間が手もなく捕まってしまったのです。
残されたイーチャの妻こそ悲惨でした。
なにせ全てを失なってしまったのですから。
彼女は言ったとされています。
「私を見てないのは、結婚したときからわかっていました。それでも、何時か...そう思っていました」
と。
愛していたのでしょう。心から。
イーチャの元妻は美しい人でした。エルフの血を祖先の何処かで入れていたのでしょう、その血が濃く発現した彼女は何時までも少女のように若いままでした。
子供もなく、美しく、若々しい彼女には、再婚の縁談が幾つもあったようです。
にもかかわらず、遂に彼女は独り身をつらぬきます。
イーチャは、たった1人を愛するあまり、たった1人愛してくれた人に気づけなかったのです。
鋼紀1644年。イーチャは死刑となりました。
ーーーーーーーーー以下、改稿前のものとなります。
殺人鬼のイーチャ。
ですが、今では彼は神として祀られています。
商売繁盛の神として、です。
もっとも商売の神としてはそれほど有名ではありません。
イーチャが神として最も権能を発揮するのは、婚姻を破棄する時だ、とされています。
TSリンのあとがきでも書いたのですが、尿路結石になってしまいました。
明日も投稿するつもりはあるのですが、どうなるのかは分かりません。
投稿できないようでしたら、ゴメンナサイ。
7/4 最後を改編しました。




