18.ジンクスで歌姫となった:ウチム
18.ジンクスで歌姫となった:ウチム
鋼紀1228年
芸術の街パティナにおいて、歌姫ウチムは絶頂にありました。
新王の即位の典礼で、お祝いの歌をうたったのです。
ウチムが36歳の時でした。
彼女は男爵家の3女でした。
本来なら、このような晴れがましい場所に姿をだせるような身分ではありません。
しかし彼女には、ほんのちょっとの才能がありました。
そして、そんな才能を伸ばす血反吐を吐くような努力をしました。
もっとも、それだけでは足りません。
血反吐を吐くぐらいの努力は誰でもしているのです。
だから、己の美貌を餌にして幾人ものパトロンをつくりました。
ウチムは歌手としての才能はほんのちょっとでしたが、男を虜とする話術や機知には目を見張るものがあったのです。
さらに彼女は、パトロンに貢がせたお金で邪魔者を排除しました。
時に、お金で買収し。
時に、お金で人を雇って。
ウチムよりも才能をもって、ウチムよりも努力をする、そんな邪魔者を排除したのです。
こうした惜しみない活動で、ウチムは自身が望んだように芸術の街パティナで有数の歌手となることができました。
ですが足りなかったのです。
ウチムが望むパティナで一番の歌手……歌姫となるには、ひと押しが足りなかったのです。
その足りないものとは……。
ウチムがその足りないものを知ったのは、1年ほど前にさかのぼります。
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あたしに足りないもの。
それは何だろう?
悩んで悩んでいた、そんな時だった。
あたしは…男を殺した。
その男は、あたしのパトロンの1人だった。
けれど、あたしに入れ込み過ぎて破産したのだ。
それで、あたしと無理心中をしようと部屋に忍び込んでいたのだった。
そんな男とあたしは揉み合って、男の持っていたナイフで……殺してしまった。
事故だ。
事故だったのだ。
あたしは震えた。
人を殺した罪悪感で? 馬鹿な! 男が死んだのは自業自得!
あたしが恐れたのは、醜聞で歌手としての道が閉ざされてしまうことだ。
だから、あたしは内緒にした。
死んだ男は、夜中に庭に埋めた。
ああ…、ああ…、ああ!
あたしは何時か誰かにばれるのではないかと恐怖に怯えた。
でも。それが良かった。
良かったのだ!
あたしの心底からの怯えは、感情のこもった歌声となってホールの聴衆に絶賛された。
パッとしない。
そんな評価を受けていたあたしは、その日から『魂で歌う』という評判をもらった。
以来。
あたしは歌姫となった。
『人を殺せば最高の歌をうたえる』そんなオリジナルのジンクスを信じて決行することで、自信をもって歌えるようになったのだ。
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ウチナの犯行が露見したのは、典礼から半年後のことでした。
夜の街で。
娼婦のふりをして獲物を物色していたウチナは、逆に殺されてしまったのです。
娼婦殺しのガランシェールの犯行でした。
ウチナが殺され、屋敷を調べに来た探偵ケーマスが庭の異常を発見。
ウチナの殺人ジンクスが露見されました。
探偵ケーマスは、言い残したとされています。
ウチナに必要だったのはジンクスなどではなかった。ただ聴衆を圧倒するほどの、己に対する自信と自負が足りていなかっただけなのだ、と。
一説には。探偵ケーマスは、若い頃のウチナと恋人の関係にあったそうです。
ウチナは殺人鬼と断定された後でも歌姫として変わることのない称賛をされています。
いみじくも、彼女の歌声が素晴らしかったからこそでしょう。