17.幻の龍涎香(りゅうぜんこう)を造っていた:ハラス
17.幻の龍涎香を造っていた:ハラス
皆さまは、龍涎香をご存じでしょうか?
龍涎香とは香料の一種で、その昔の貴族はこの龍涎香を焚いて、匂いをうつした衣服を着ることこそがステータスであったそうです。
製法の一部が失われて、今では幻とさえいわれる龍涎香。
現存している龍涎香には、同じ重さの金にまさる値段が付けられているほどです。
しかし、そんな龍涎香には恐るべき秘密があったのです。
今回お話するのは、その龍涎香をつくっていたとされるハラスについてです。
時代は鋼紀780年ごろ。
大陸で、もっともゴブリンの鼻くそが蔓延していた時期です。
ハラスはせっせと女子供をかどわかしておりました。
ひもじい思いをする女を、言葉巧みに。
道端にへたりこむ孤児に、食い物を恵んでやると言って。
時にはゴロツキを雇って、強引に攫うこともあったようです。
それというのも龍涎香をつくるには、生きた女子供が必要だからでした。
女子供を生きたまま『龍』といわれる大型の蛇に食らわせる。
そうして排出された糞こそが龍涎香の正体だったのです。
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くふふふふ、笑いが止まらない。
だってそうだろう? 金がドカドカと入って来るのだ。
龍涎香。
爺さんの、そのまた爺さんの、爺さんの、その前から。
わが家は大きな白蛇を『龍』として祀り、その糞たる龍涎香を売ることで栄えてきた。
もっとも、手に入る龍涎香は微々たるものでしかなかった。
それは仕方なかった。
龍涎香を出してもらうには、人間を…女子供を何十人と龍に食わせないといけないのだから。
奴隷を買っては食わせていたが、それだって不審に思われてはならないから、1年に2人か3人を食わせてやれるかどうかといった具合だった。
それが!
大陸に戦乱が吹き荒れて、しかも麻薬が広まったことで変わった。
具体的にいえば、女子供がふと居なくなっても、誰も怪しまない世の中になったのだ。
くふふふふ。
この機会を逃すまいと、わたしは女子供を手に入れては龍に与えた。
すると、自然の摂理にしたがって龍は龍涎香を排出した。
貴族は大喜びで龍涎香を購入した。
今では貴族の誰も彼もが衣服に龍涎香を焚き染めている。
我が世の春だ!
わたしは今日も龍に餌を与えるべく足を運び……。
龍がいなかった!
大きな白蛇が、そこから消えていた!
代わりに東の空をくねるように大きな蛇が……龍が泳いでいて。
龍は巣立ってしまったのだ…。
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ハラスですが、唐突に龍涎香を卸さなくなります。
貴族がいくらせっついても売ろうとしないのです。
ついに貴族は、今まで目こぼししていた拉致と殺人の罪でハラスを捕らえます。
そうして、龍涎香の製法を聞き出すべく執拗に拷問をしたと伝わっております。
しかしながらハラスの言うところの『龍』という大きな蛇の正体がつかめないまま、結局、龍涎香の製法は謎のままになってしまいます。
ですが、これだけは確かなのです。
ハラスは龍涎香をつくるために、10数年のあいだで4000人とも5000人ともされる女子供をさらって、生きたまま『龍』に与えていたのです。
近年のことです。
とある貴族が大金を払って龍涎香を手に入れました。
そんな貴族に、誰かが言いました。
「龍涎香なんて有難がっているが、それは人間の死体だろう?」
と。
貴族は答えました。
「おかしなことを言う。貴族なんてものは、搾取するのが仕事だ。生かしたまま税金を搾り取るか、死んでから龍涎香として使うか、違いは生きてるか死んでるかだけじゃないか」
と。
龍涎香は、今もなお。
金と同等の価値があるとされています。