15.世界中に花を植えて回った麻薬王:リックス
15.世界中に花を植えて回った麻薬王:リックス
今や世界中に広まっている麻薬ですが、なかでも最も安価に製造できるうえに依存性の強力なものが、ゴブリンの鼻くそ、通称『ゴブ』であることは、皆さんもご存じのことだと思います。
そのゴブの原材料となる植物は、隠語で『花』とだけ呼ばれているのですが、今回は件の『花』を広めた男についてお話しましょう。
時代は鋼紀750年のあたり。大陸に国が乱立し、対立し、争い、麻の如く乱れていた時代のことです。
町村は度重なる徴兵に疲弊し、人々は戦費から来る重税にあえぎ、明日をもしれない苦しい生活に希望を見いだせずに陰鬱とした雰囲気が大陸全土を覆っておりました。
こうした当時の様子は、筆まめで知られた絵描きのガズィの日記にも残されております。
ガズィの日記では、鋼紀753年8月10日。
うだるような陽気のなか、ガズィの住んでいた村に小ざっぱりとした身形の人の好さそうな男が訪ねてきたそうです。
男はガズィたちに種のはいった袋を渡しました。
『それはそれは綺麗な花が咲くんだよ』
と言って、ニコニコと屈託なく笑ったそうです。
その男こそがリックス。
のちに麻薬王と呼ばれることになる男だったのです。
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わたしは山奥で爺様に育てられた。
2人っきりだった。
両親はいない。どうやら正気をなくして崖から転落したらしい。詳しいことは爺様が話したがらないので知らないし、べつだん知りたいとも思わなかった。
爺様のことだ。爺様は薬師だった。といっても、自称なので真偽は不明だ。
というのも、わたしは爺様が薬をつくったのを見たことがないからだ。
わたしからしたら、爺様は薬師というよりも農夫だった。
猫の額ほどの畑を耕しており、そこに生えた美しい花を町へ卸すのを生業としていた。
その花は、それはそれは綺麗だった。
真っ白な花弁は、見ているだけで心を洗われるようだった。
そんな綺麗な花だから、高値で取引されているのだろう。
すこししか育てていないにもかかわらず、爺様との生活で金銭で困窮することはなかったのだから。
「お前がもう少しおおきゅうなったら、花のことを教えてやろうな」
爺様はそう言っていたが、結局、教わることはなかった。
15歳の時に、爺様は亡くなってしまったからだ。
花のこと、というのはおそらく育てるコツのようなものだったのだろう。
だが、そんなコツを教わらなくとも、わたしは既に問題なく花を育てることができるようになっていた。
18の時だった。
いつものように街で花を卸していると、取引先の旦那が
「もうちょっと花の量を増やせないか?」
と訊いてきた。
「この花があれば、みんなが幸せになれるんだ」
旦那はそう言った。
わたしは快諾した。
それはそれは美しいこの花が、陰鬱とした人々の気持ちを晴らせる。
そう思ってもらえたのが嬉しかったのだ。
そうして、わたしは決断したのだ。
世の中は国々が相争い、誰もが暗い顔をしている。
その顔にすこしでも笑顔を取り戻すべく、大陸を回って花を広め歩こうと。
平和のために、花を広めようと。
決めたのだ。
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鋼紀755年。
ガズィの村で『花』を原料とした麻薬が広まりました。
ゴブリンの鼻くそ、です。
ガズィもまた、他の村人たちと同じように日常の苦しみを忘れるためにゴブを服用し、758年に骨と皮だけの廃人となって世を去ります。
ですが、ゴブのおかげなのか。
ガズィは今の世にも伝わるほどの絵画を…この麻薬中毒の時期に数点の傑作を残しました。
他にも、この時代には数多の傑作が排出されています。
絵画しかり。刀剣しかり。詩や音楽もしかり。
それが全てゴブの効果だったとは言いません。
ですが、少なからず影響があったことは確かでしょう。
リックスの話しに戻ります。
リックスは遂に大陸中に花を広めます。
そうして満足して死んだと伝わっています。
その亡骸ですが、骨と皮だけになっていたそうです。ゴブで廃人になったのでしょうか? それにしては頭髪が黒々としていたと資料に残されています。
まるで長年を旅した人のようだった、と記されております。
ニコニコと偽りの笑顔でゴブの原材料を広めたリックス。
彼こそが、史上最大の殺人鬼ではないでしょうか?
彼の歩いた後には、真っ白な『花』が咲き乱れ、そうして中毒のせいで頭髪が真っ白になった廃人がおびただしく生まれたのですから…。
鋼紀780年前後。
国々の争いはなくなりました。
ゴブが広まってしまい、戦争どころではなくなってしまったのです。
リックスはある意味で、世界中の戦争をなくした天使だったのかも知れません。
ただし、ゴブリンの鼻くそは今でも人々を苦しめています。
天使は天使でも、リックスは堕天使というべきでしょう。
麻薬王は、リックスただ1人。
今なお、裏の住人は彼のことを敬い、どんなにか強大な組織をもとうと『麻薬王』の冠だけは使わないのが暗黙の了解とされているそうです。
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