10.思い出をくらった食い道楽:ビニーレイ
10.思い出をくらった食い道楽:ビニーレイ
ジメレイ王国の公爵家にビニーレイは生を受けました。
彼の天才は幼い頃から有名で、剣を持てば10歳にして騎士に迫り、知においては王国の中央大学をわずか15歳で卒業したほどでした。
そんなビニーレイですが、ただひとつだけ悪癖がありました。
それは食べることでした。
ビニーレイは異様なほどに食べることに執着したのです。
空腹こそが最高のスパイスという格言をきけば、実際に断食をしたといいます。
6歳の頃です。
さらに長じては魔物食いをするようになりました。
魔物食い、とはその通りに、魔物を食べることです。
信じられませんか?
今でこそ魔物を口にいれることは禁忌とされていますが、ビニーレイの生きていた当時は特に問題視されていなかったのです。
とはいえ魔物は毒をもっている種もいます。
そのため、ビニーレイに付いていた毒見係は何十人も命をなくしました。
ビニーレイは魔物を含めて『食べた』諸々を詳しくしたためており、これは今日において非常に有益な文献とされています。
では。
そんなビニーレイが何故、殺人鬼と言われているのか。
それは彼の残した『裏の覚え書き』が見つかったからなのです。
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妻が死んだ。事故だった。
穏やかな死に顔をしている。
わたしは、そんな妻の亡骸を見て…思ってしまった。
『食べたい』と。
結果をいえば、わたしは妻を食った。
美味くはなかった。
だが、食っている最中。わたしのなかで妻との思い出が駆け巡っていた。
つまり。
つまり、だ。
わたしは、妻との思い出を食らったのだ。
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鋼紀1649年。
ビニーレイは妻を事故で亡くします。
以来、ビニーレイは広大な領地の村々に女をつくり、子供を産ませるようになりました。
人々は言いました。『堅物が女遊びをおぼえて、歯止めが利かなくなった』と。
ですが、ほんとうに女遊びだったのでしょうか?
裏の覚え書きにはビニーレイが何十人もの思い出を食ったと書かれているのです。
もっとも、この裏の覚え書きはビニーレイの子孫によって否定されていますが…。
もしも覚え書きの通りなら、彼は実に59人もの思い出を食らったことになるのです。