最終話 英雄は運命を超えてゆく
どうもー血塗れメアリの侍従長ですー。
いろいろゲテモノになりすぎたので、ここで一度終わらせようと思います。
一応、五千文字ぐらい頑張りましたので、最終話、お楽しみいただけると幸いです。
「……はあぁぁぁぁ……」
大きく息を吸って、体内の魔力を高めていく。
魔力だけでなく、精霊力や気などの各種エネルギーも一緒くたにして、限界まで高め、己の体を濾過器にして、純度を高める。
ドクン、ドクン――と、心臓の音がやけに大きく響き、全身から純白のオーラが立ちのぼり、オレの銀髪は靡き碧い左眼に火花が散る。
そんなオレの様子に、ピザルもそれまでの気味の悪い笑みを引っこめ、警戒を強めた。
「……キヒッ、これは、マズイかもなあ……」
呟くと同時、例の超スピードでこっちに飛びかかってきた。
くそっ、まだ発動出来てない……!
舌打ちしつつ急いで後退しようとする――が、先程までのダメージも相まって、到底間に合いそうになかった。
案の定、右の二の腕を掴まれ、鋭い爪を突き立てられる。
「がっ……!?」
激痛に歯を食い縛った、次の瞬間、オレとピザルの足元に紫色の魔方陣が浮かび上がった。
……これは、転移の魔方陣……!?
この魔法陣の行き先がどこかを探ろうとした時、額が触れ合うような距離に居るピザルが囁きかけてきた。
「キヒッキヒヒヒヒヒッ! さあ行こうゼ、フェルトォ! オマエの、オナカマの所になあァア!?」
「なっ……!?」
ブォン、と、視界が一瞬ぶれて、次の瞬間、オレはどこかの町の空中に転移していた。
ここは……オレがジェストたちを飛ばした場所か!?
それだけようやく認識するも、すぐさまピザルに圧倒的な膂力で投げ飛ばされ、石畳の舗装された地面に背中から突っ込んだ。
衝撃で数軒の家屋が薙ぎ払われ、下に居た住人たちがまとめて吹き飛ばされた。
巻き上がる粉塵と崩れ落ちる瓦礫、大勢の罪なき住民たちの、怒号と悲鳴。
……クソッ! メチャクチャしやがって――!
一回だけでは止まらず、何度も地面をバウンドしながら何とか両足を石畳にめり込ませて急停止する。
上空のピザルを見上げると、ヤツは俺から視線を外し、どこか街角の一点を見ていた。
その視線の先には――
「……ッ、ジェスト、魔王……クリス……ッ!?」
そこには、意識を失った魔王とクリスを両肩に担いだジェストの姿があった。
ピザルは、それを見て醜悪な笑みを浮かべて――
「キヒヒヒッキヒヒヒヒヒヒヒヒッ!! 正義の勇者サマがァ、大切なオナカマを守れなかったらァ、目の前で心臓エグりだしてェ、両手と両足モギとってェ、首をひっこヌイテェ、脳みそカキマゼたらァ、ドンナ顔してくれんだろうなアアァァァアアァァ!!?? キ、キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ、キヒヒヒヒヒヒヒャハハハハハハハハハハハハハハッッッッッッ!!!!!!」
響き渡る哄笑。オレは、それに耐えきれずに、
「クッソがああああアアアアアアアァァァァァァァァ――――!!!」
「キヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――!!!」
絶叫と、嘲弄。
オレは、思わず右手に握った聖剣の柄をへし折れんばかりに握りしめた。
……また、なのか……?
ピザルが、動揺したジェストに飛びかかって、一撃で吹き飛ばした。
……また、守れないのか……?
魔王の体が木っ端のように薙ぎ払われ、家屋にめり込んだ。
……また、失うのか……オレは……!?
ピザルの腕が、意識を失ったままのクリスの首に掛けられて――
――イヤ、ダ。
――モウ、ナニモ、ウシナイタクナイ。ゼッタイニ――!
そんなオレの決意に呼応するように、全身から純白のオーラが吹き荒れ、力が湧き出て――
次の瞬間、オレはピザルの右腕を斬り飛ばして、崩れ落ちかけたクリスの体を左手で優しく受け止めていた。
「……ァ?」
魔の抜けた声を漏らして、足元に転がる自分の腕を見つめるピザル。しかし、すぐに、
「ァ、アア、ギィぃアアァあアぁア、ギャアぁあアぁァァあアア――――!?!?」
身の毛のよだつような絶叫をあげ、一心不乱に落ちた右腕を拾い上げてくっつけようとする。
そんな無様な様子のピザルに光り輝く聖剣を向け、オレは宣言した。
「……ピザル。もう、お前はオレに勝てない。絶対に、だ」
「……………………mcybぅvkb、bむあzyrきg、xbyxgゆんぇmけびゅfykbくfx!!!!」
聞くに堪えない叫び声をあげ、残った左腕で強襲してくるピザル。その速度は、先程までと同等、もしくはそれ以上。
けれど、オレにはそれが、今ははっきりと見えていた。だから、余裕で反応することができた。
クリスを左腕に抱いたまま、首元に一直線で迫る爪を聖剣で弾き上げ、がら空きの胴に前蹴りをぶち込む。
なすすべなく吹き飛ぶピザル。先ほどとは違い、オレがピザルを見下ろす形となった。
意味が分からないという風にオレを見つめるピザル。けれどすぐに意味不明な叫び声をあげて襲い掛かってくる。
それでも、結果は同じ。何回、何十回、何百回と繰り返そうと、結果は変わらない。
それはそうだ。もうすでに、この《英雄譚》は始まっている。《悪役》であるピザルに、《少女》のクリスを守るために力を振るう、《英雄》のオレに勝てる道理はない。
「……ぅ?」
と、このタイミングでオレの腕に抱かれていたクリスが目を覚ました。
特に目立った負傷などはなく、精神的に異常があるという訳でもなさそうなので一安心。残りのジェストと魔王も意識を失っているだけのようなので、今は置いていていい。
左手でクリスの頭を撫でてやりながら、オレは無様に跪くピザルに向けて口を開いた。
「《英雄譚》って知ってるか? 神に愛された《英雄》が、美しい《少女》の恋慕と、大勢の民衆の期待に応え、邪悪な《悪役》を滅ぼし、少女の笑顔に迎えられ凱旋するっていう……どこにでもあるお伽話みたいなもんだ」
言ってる間も襲ってくるピザルを適当にあしらいつつ、オレはさらに言葉を続ける。
「こういう話ではさ、《英雄》は必ず勝利して帰ってくる。そう、ただ一つの例外もなく、必ずだ。だってそれが、それこそが《英雄譚》なんだから。英雄が華々しい勝利を飾る、それがなけりゃ《英雄譚》じゃないから。……今、起こってるのも、それだよ」
ピザルの攻撃が、止まった。
転生を繰り返し、力だけでなく知能も上がったおかげで、行き着いたのかもしれない。
オレが口にしたことの、本当の意味に。
「この《英雄譚》では、《英雄》はオレで、《少女》はクリス、そして、《悪役》はお前だよ。ピザル。もう、この物語は始まってる。オレを主役にしてな。それが、オレの持つ、最強の固有スキルなんだから」
だから、ピザルはオレに勝つことが出来ない。なぜなら、ピザルは《悪役》だから。
だから、オレは絶対に敗北しない。なぜなら、オレは《英雄》だから。
か弱き《少女》であるクリスを守護する《英雄譚》の主人公であるオレは、この戦いで《悪役》であるピザルに負けることはない。
「【絶対勝利ノ英雄譚】。このスキルを発動している限り、オレはありとあらゆる戦いで必ず勝利する」
この力は、どれだけの実力差や兵力差も、膨大な魔力や幾世霜の時を積み上げられてきた鍛練も、命に直結するような負傷も、神々の寵愛も、強力な天運も、抱える運命の量も、無限に連なる因果も、全てが無意味。
誰かを守るために戦う限り、その全ては意味を為さない。
運命を捩じ伏せ、因果を捩じ曲げ、勝利の結果を捩じ込む。
【絶対勝利ノ英雄譚】。この世界において最強の名を冠するスキルだ。
「もう一度言うぞ。……ピザル。もう、お前はオレに勝てない。絶対に、だ」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!」
「じゃあな。魂ごと、消えろ」
血を吐くような絶叫。オレは、もはや聞く耳すら持たず、輝きを増し地上の光星と見紛うほどの光量に達した聖剣を振り切った。
キン、と澄んだ音が響き、今度こそ、ピザルは跡形も残さず消えて行った。
恐らく、この三次元宇宙に存在する魂魄ごと消え去っただろうから、【転生族】といえどももう二度と生き返ることはないし、会うこともない。
それを確認してから、オレは周囲の町の様子を見回した。
石畳で舗装されていた地面は無残に至る所から掘り起こされ、密集していた家々は木っ端微塵に吹き飛ばされて、住民たちの中にも負傷者、悪ければ死者もいるかもしれない。
「……こんな勝利、意味なんてあったのかねえ」
思わず、そう呟いていた。
勝利して、何かを手に入れたわけでもなく。後に残ったのは、後味の悪さと、破壊された無関係の町。
……勇者なんて言われてても、結局、こうなんだ。
「……意味ならあったと思いますよ」
不意に、俺の腕の中に居るクリスが、いつになく優しい声で答えてくれた。
ハッとしてクリスの顔を覗き込むと、穏やかに微笑んでオレの前方、瓦礫が比較的少ない方向を指さした。
「ほら、フェルトさん。少なくとも、アレだけは――」
そこに、あったのは。
「ワ―――――!!」
「ありがとう! 勇者様―!」
「勇者、バンザーイ!」
「うおおーーー、ツエーーー!」
「私の息子を……ありがとうございます……!」
笑顔、だった。この町の住民の、皆の笑顔。
家も壊されて、住む場所もなくしたはずなのに、皆して笑顔を浮かべている。そして、オレに向かって賞賛と歓喜の声を上げている。
「銀色の髪に碧い瞳という特徴は世界中に知れ渡ってますからね。それと先程までの強さを繋ぐ合わせることは、そう難しくありませんし」
そう言うクリスの声も、ほとんど聞こえていなかった。
湧き上がる歓声を聞いて、オレはずっと昔、まだ、この世界に勇者として転生した直後のことを思い出していた。
勇者として最初に受けた依頼は、とある農村に現れた魔物を退治する、という内容だった。
その時のオレは今とは比べ物にならないほど弱くて、魔物一体にも苦戦するほどで。
傷だらけになりながらどうにか倒して、ボロボロになって村に戻った時、村の皆から言われた言葉。
思えば、その言葉がもう一度聞きたくて、オレは勇者を続けていたんだろう。
オレは、ただ――
「ありがとうございます、フェルトさん。私を、私たちを、助けてくれて――」
『ありがとう』って、ただ、それだけが、聞きたくて――
ああ、そうか。意味なんて、要らなかった。
これさえあれば、それで十分なんだ。
だって、オレは、英雄なんだから。
§
「……悪いな、セリス。随分、遅くなっちまった」
翌日の夕方。オレは、クリスを連れてとある山へと来ていた。
山と言っても頂上、前には何もない断崖絶壁。
そんなところに、オレの元恋人、セリス=クルー=ドルスランの墓はあった。
墓と言っても、長方形に切り出した岩にセリスの名を刻んで墓石として、地面に直接突き立てただけの簡素なものだ。
セリスが死に、魔王との戦いが終わってからもう二年。毎月欠かさず来ていたが、最近は疎かになっていた。
幸せになると誓ったことを伝えたくもあったし、クリスを姉に会わせてやるのにも丁度いいということで、彼女も連れて来ていた。
ここは、オレとセリスが初めて会った場所だった。だから、ここに彼女の墓を作ると決めていた。
オレは、セリスに誓いのことを話していた。クリスは空気を読んで、後ろに控えている。
「……だからさ。オレはお前のことは忘れないけど、その上で、幸せになるって決めたんだ。許して、くれるか?」
ようやく、言いたいことを言えた。後は、妹であるクリスにバトンタッチだ。
クリスは、涙を堪えるような顔をして進み出た。オレは何も言わず背を向けて待つ。
少しして話を終えて、クリスが俺の隣に帰ってきた。彼女も満足したようで、その表情は晴れやかだった。
「フェルトさん。今更ですが、姉のお墓を作っていただいて、ありがとうございます」
「気にするな。そうでもしなきゃ気が済まないだけだ」
「それでも、です」
「……そうか」
「……はい」
しばし、二人とも何も言わず、セリスの墓の方を見つめていた。
すると突然、周囲の空気が変わった。
クリスは身構えたが、オレは大気に満ちる精霊力に眼を瞠った。
まさか、この精霊力は、セリスの――……
思い当った瞬間、セリスの墓石の上に精霊力が集結し、数体の精霊たちが現れて、とある人型を作った。
かなり不鮮明で、差し込む夕日に透けるようだったけれど、オレが、オレ達が見間違う筈もなかった。
陽光を反射して輝く金色の長い髪に、エメラルド色の澄んだ瞳、目鼻立ちの整った顔立ちに、長くとがった耳。
忘れもしない。かつて、オレが唯一愛した人の姿なのだから。
その人影は、見慣れた表情で穏やかに微笑みを浮かべ、少し口を上下させた。
オレには聞こえなかったけど、クリスには聞こえたようで、
「……ッ、うん。うん……っ、お姉、ちゃん……!」
涙を流しながらも、嬉しそうに会話していた。
彼女は次にオレに視線を向けて、少しだけ悲しそうに表情を歪ませ、しかしすぐに見慣れた、それでいて、オレが一番好きだった表情を浮かべた。
「……ありがとう、セリス。……愛してた」
……それを最後に、その虚像は世界に消えて行った。同時に、大気に集結していた精霊力も消える。
気ままに散っていく精霊たち。それを見て、オレは思った。
この精霊たちは、セリスによく懐いていた精霊たちだった。こいつ等も、悲しかったんだろうか。
隣で顔を覆って崩れ落ちてしまったクリスを支えながら、もう一度、墓の方へ視線を向ける。
そこには、もうなにも居ないけれど。それでも。
懐から、一本のネックレスを取り出す。生前、セリスがいつも付けていたものだ。オレにとっての、セリスの最後の遺品。
光蜘蛛の糸に、世界樹の琥珀石、精霊石、旅の途中で得た宝石や真珠などが通された、旅の象徴。
静かにそれを目の前に掲げ、精霊魔法を一瞬だけ発動して糸を切り、繋げられた宝石類を、思いっきり崖の向こうに向かってぶちまけた。
「……さようなら、セリス。じゃあな」
完全に出てきた夕日に照らされ、キラキラと輝きを放ちながら落ちていく宝石たち。
オレは、それが見えなくなるまで、クリスに寄り添いながら、いつまでも、いつまでも、見守っていた。
§
こうして、勇者であったフェルトの物語は、一幕の終わりを告げた。
これは、彼らの物語のほんの一端。彼らは、これからも様々なものを見て、様々なことを思い、様々な敵と戦うことになる。
けれど、それでもフェルトが歩みを止めることはない。
なぜなら、彼はこの《英雄譚》の主人公、本物の《英雄》なのだから――
§
「さって、そろそろ帰ろうぜ」
「…………はい」
夜。すでに夕日が沈み、満月へと入れ替わった頃。
空には、ここだからこそ見ることのできる、遮るもののない満点の星空。
クリスが泣き止むのを待っていると、いつの間にかこんな時間になってしまった。
そろそろ帰らないと、留守番をしているジェストと魔王に悪い。
クリスの肩に置いていた手を背中の方に回して、そっと押す。
彼女も抗わずに、ゆっくりと歩き出す。オレは、もう一度セリスの墓の方を振り返った。
もう一度、この目に焼き付けるために。
これからの毎日は、きっととても忙しく、とても楽しいものになるだろう。
ジェストと、魔王と、そしてクリスと。もしかしたら、また増えるかもしれない。
そうなれば、ここに来ることは少なくなってしまうから。
贅沢かな、オレは。
「……あの、フェルトさん」
そんな事を思っていると、不意にクリスに袖を引かれた。
何事かと思って振り向くと、目元を赤くしたクリスが、顔まで赤くして逡巡するように視線を彷徨わせ、そして何か覚悟を決めたようにこちらを見据えると、
「……んっ」
「……っ!?」
唐突に、オレの唇に自分のそれを重ねてきた。
突然のことに目を見開いて硬直していると、ギュッと目を瞑ったクリスはそのまま数秒間口付けを続け……
「……ぷはっ」
「…………な、おま、え、なん……!?」
「お、お礼です。助けて下さった、お礼。まだしてなかったでしょう。一応、私の初めてです……」
自分からしてきたくせに、顔を真っ赤にしてそっぽを向くクリス。
お礼、と言って自棄になったように早口でまくし立てた。
「た、ただのお礼ですからね!? か、勘違いしないでください! これは……そ、そう! エルフ族の伝統の感謝の証でですね!? だから……」
「…………ああ、そうかよ」
その姿に、オレは初めて会った時のセリスの様子を思い浮かべていた。
『た、ただのお礼だからね!? か、勘違いしないでよ! これは……そう! 私たちの、エルフの感謝の証だから!? だから……』
……ああ、ホント、そっくりだよお前ら。
もう失ったものに、胸に鈍い痛みを覚えつつ、オレは昔返した返事と同じ返事を返した。
「……どういたしまして。……ほら、クリス」
「え……――んむっ」
グイッと抱き寄せて、オレの方からも『お返し』をする。
空に浮かぶ銀色の満月の下、二つの影はしばしの間、重なり合う。
その時、二人を祝福するかのように、夜空を埋め付くす満天の星々を切り裂いて、一筋の流星が通り過ぎて行った――――
―― FIN ――
一応、お茶濁しどもを排除……ゲフンゲフン、教育して新しく始めようと思いますので、そちらもご覧いただけると嬉しいです。
でわっ!