第050話 新たなダンジョンへ向けて
念願の牛乳を頂き、小休止した後は牛乳入りの木箱を馬車に積む作業が待っていた。力のある俺やエルノアが木箱を運び、グリムとグラドリーネは馬車の中でそれを整頓する。こういった作業が魔法で済ませられれば助かるのだが、そういうのはないらしい。
カルロフの村を離れる時間になり、馬車へ乗り込む。メグシャさんと牧場主が抱き合い、軽く口付けをしているところを見ると、どうやら夫婦だったようだ。
馬車に揺られながら、来た道を通って帝都まで向かう。森に入る頃に警戒を強めたが、帰り道では魔物に出会うこともなく無事に戻ることができた。
夕方に近い昼過ぎの帝都は、かなりの賑わいだった。朝からダンジョンに潜っていたパーティが魔水晶を換金しに戻っていたり、商人が慌ただしく移動している。
夜になると酒場が冒険者で一杯になるためか、その食材を運ぶ業者が多く見られる。手押し車を使う者や、馬車で運ぶ者など、様々だ。
「お疲れ様。報酬の八千Gはギルドのクエストカウンターで受け取っておくれ」
冒険者ギルドから出てきたメグシャさんと簡単な挨拶を終えると、忙しそうに馬車へと戻って行った。今回の依頼もこれにて完了だ。
食事などで何かとお金が減っている今、銀行ではなく手元に欲しいのもあって、ギルドのカウンターにて依頼の報酬を受け取る。四人で分けると、一人二千Gだ。ヘイムダル王国で暮らすなら十分な金だが、帝都での暮らしとなると少々心許ない。
「さあて、微妙な時間だけどこれからどうすっかな」
ダンジョンに入ることができるなら、夜まで狩りをするということができるのだが、あいにく俺はまだ帝都のダンジョンにはランクが低くて入れない。
「じゃあ今日はもう解散でいいんじゃない? 私は、一度自分の宿屋に戻って荷物を整理してくるわ。『魔導祭』まで帝都に戻らないんでしょ?」
「僕もここを離れる前に行っておきたい場所があるのだが、行っていいか?」
二人とも、俺の返事を聞かずともここを離れる気が満々(まんまん)だ。既に体を半分翻していて、後は俺の返事を聞くだけという体勢だ。
「あー、そういうことなら一時解散にしよう。夜になったらいつもの『迷宮亭』で飯を食うので集合するということで」
その言葉を聞くなり、グラドリーネは手をひらひらさせて人混みに紛れていった。グリムも、眼鏡の位置を整えて俺と目を合わせたあと、どこかへ行ってしまった。
「中途半端に時間が余ったな。ここまで時間通りに進むとは思わなかった」
晩飯までは、微妙に時間が余っている。とはいえ、帝都から離れて何かをするほど時間が余っているわけでもない。
「二人になっちゃいましたね。どうします?」
「それじゃあこの後は宿屋に戻ってゆっくり休憩する……っていうのも悪くないんだが、冒険者ギルドで何か良い依頼がないか調べてみようか」
残念ながら今の時間は募集されている数も少なく、増える時間帯でもないため、めぼしい収穫も得られなかった。今日一日の収穫も、時間の割には少ないように感じる。やはり、ダンジョンに潜るのが一番だ。
それからはエルノアと二人で武器屋や道具屋を巡り、細々とした物を購入しておいた。明日は極上の牛乳である『聖乳』を求めると共にダンジョンへ潜ると決めているので、入念に準備をしておくに越したことはない。
どんな場所なのか、どんな魔物が出るのか、そしてどんな財宝が手に入るのか。まだ見ぬ土地への期待に胸を膨らませ、自分の力を思いのままに発揮して数々の魔物を打ち破る情景を思い浮かべる。
太陽が沈み、街灯が魔石の光を放ち始めた頃、全員が集合して『黒猫通りの迷宮亭』で食事を取った。
ここ数日、食事はほとんどここでしか取ってないので、たまには別の場所へ行ったほうがいいような気もするが、常連になるというのも悪くない。明日からは『ストラジアの町』に泊まり、ダンジョンへ潜ることになるので、『魔導祭』までの数日はこの酒場ともお別れだ。
いつもの宿屋に戻った後、たいした会話もなく、各自がそれぞれの活動を行っていた。
明日の準備を入念にする者、装備を確認する者、大きな書物を読む者、各々が自分のやりたいことをする中、俺はただベッドに寝転んで天井を見ていた。やったことと言えば、お湯が出るほうの蛇口を捻り、風呂にお湯を溜める作業くらいだ。
体を柔らかいベッドに預けて静かにしていると、自然と眠気が来てしまうものだ。なんとかそれを振り切り、お湯を止めて温度を確認する。
「風呂の準備ができたぞー。先、入っていいから」
「今日はヒロトさんとリーネさんが一緒に入ることになってますから、グリムさんと私で先に入ってきますね」
「ちょ、ちょっとぉ! 昨日のあれは冗談でしょ?」
昨日といえば、茶化されたエルノアが反撃して俺とグラドリーネが一緒に風呂に入る番だと勝手に決めつけたことがあった。あれはどうやら有効らしい。
「いーえ。パーティに……ハーレムに入ったんですから、もっと仲良くなってもらわないと」
「じゃ、じゃあグリちゃんと一緒に入ればいいじゃない。私はまた今度で――」
「僕はもうヒロトと風呂に入ったことがあるから、次は君の番だろう」
すかさず、グリムが眼鏡をくいっとあげながら説明してくる。
「……」
成す術無し、という感じに黙ってしまった。うつむき、無言になって既に終わっているであろう武器の確認を続けている。
「じゃあ、私たちは先に入りますね」
「ああ。存分に温まってきてくれ」
結局、二人が風呂を上がるまで一度も会話を交わさなかった。そんなに態度を変えられると、こちらまで緊張してくる。
「……ほ、ほんとにあんたも一緒に入るの?」
「もちろん。一人ずつだと時間もかかるし、早く寝て明日に備えたいしな。体、洗ってやるよ」
風呂場に入って服を脱ぐと、先ほどまでの眠気はどこかに吹っ飛び、理性を保つのがやっとという状態になっていた。ある種の、魔物との戦闘前に似た感情の高ぶりが俺の体を襲う。意識をしないようにすればするほど、それに意識が集中してしまう。
彼女の白い肌は、風呂場の湯気に溶け込むようだった。グラドリーネが自身の頭を洗うのと並行して、石鹸を使い、タオルで泡立てて優しく、撫でるように体を洗ってやる。汚れが残らぬよう、隅々までタオルを走らせた。
慌てたようにシャワーで泡を落とすと、さっさと湯船に浸かってしまった。
「俺の体も洗って欲しいんだけど」
「それくらい、自分でできるでしょ!」
のぼせたのか、恥ずかしいのかはわからないが、顔を真っ赤に染めたグラドリーネが言い放つ。たぶん、その両方だろう。
頭から洗っていると、さきほど湯船に浸かったばかりなのに、そそくさと風呂場を出て行ってしまった。少々残念だが、焦らず、少しずつ仲良くなっていければいい。
一人残された風呂場でゆっくりと風呂に浸かりながら、新たな町とダンジョンに思いを馳せた。




