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第049話 牛乳

 無事に森を抜け、明るい草原の景色で心が安らぐのを感じる。柔らかなシートに腰を下ろし、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。


「ふー。みんな、怪我(けが)はなかったか?」


「大丈夫です。思ってたより、大変でした」


 全員無傷で最大の難関を乗り越えることができた。護衛(ごえい)対象が大きく、敵が四方八方(しほうはっぽう)から来るというのは厄介で、一人で対処することは不可能だ。チームの連携(れんけい)あってこその勝利だということを実感する。


「あんたたち、強いのねぇ。これなら、帰りも安心できるわぁ」


「魔物退治は、冒険者の仕事だからね。任せなさい」


 森を抜けた後も、中に入らずメグシャさんの隣で談笑を続けているグラドリーネ。ドワーフとエルフが犬猿の仲とか、そういうのはないんだろうか。人が少ない時代だから、お互いにいがみ合ってる場合ではないということもあるかもしれない。


 揺れが少なく、走り慣れた道を馬車が行く。森に入る前と同じく自然溢れる大地が広がっており、晴れやかな気分にさせてくれる。


 しばらくすると、自然の中に(たたず)む人工物で(いろど)られた村に到着した。レンガと鉄の柵で作られた壁はそれなりに頑丈そうだが、城壁のような高さはない。扉のついていない大きな門を馬車ごと通り、目的地へ辿り着いたことに胸を撫で下ろす。


 入り口からそう遠くない場所にある大きな牛舎(ぎゅうしゃ)の前で馬を止める。ここから荷物を運び出すようで、向こうから作業服を着た初老の男性が駆け寄ってくる。メグシャさんと男性が挨拶や会話をすぐに済ませると、俺たちを近くの小屋に案内した。


「これを馬車の荷台に積むんだけど、少し休憩にしようか」


 そう言いながら、積まれた木箱を指差す。かなりの数があるが、これを馬車に積むとなるとなかなか大変そうだ。

 それを横目に見ながら、奥へと進む。丸いテーブルに椅子が並んでおり、全員で腰掛ける。


「メグシャさんは座らないんですか?」


「あたしゃ、ちょいと馬を休ませてくるから。少しの間だけどゆっくりしといておくれ」


 そういうと、来た道を戻っていった。すれ違うようにして、先ほどの男性が木製のコップをトレイに載せて運んでくる。あれは、まさか――。


「お疲れ様です。ウチの自慢の牛乳だよ」


「おお! 牛乳ですか、ありがとうございます!」


 なんと、待望の牛乳が飲めるじゃないか!

 この世界に来てからというものの、牛乳をどれだけ渇望(かつぼう)していたことか。


「では遠慮なく……いただきますっ!」


 取っ手付きのコップを手に取り、口元へと運ぶ。ゴクッ、ゴクッとその(なめ)らかな喉越(のどご)しを堪能(たんのう)しつつ、一気に飲み干してしまった。


「うんめぇー! なんて美味い牛乳なんだ!」


 ほのかな甘みと、確かなコク。これはまぎれもなく、牛乳だ。良かった、この世界にもちゃんと牛乳があったんだ。


「はは、ありがとうね。帝都でも人気があるみたいで、品切れになることも多いんだよ」


「毎日欠かさず飲みたいんですけど、なかなか店頭にも無いようで」


 食事のあと、食料品を売っている店に何度か立ち寄った。酒場からの帰り道にあるので、飲料水などを購入したこともあったが、牛乳は見当たらなかった。


「ここには『ゲート』が用意されていないからね。一度に運べる数も限られているから、大量に用意しても無駄が出てしまう。近くにダンジョンでもあれば話は別なんだけどね」


「ホルシュタイン族の町に、かなり高価な牛乳があったわよね。確か」


「ああ、彼女らのものはこの牛乳とは全くの別物だよ。成分のほとんどがエルスと言われていて、冒険者にとっては格別に良いものと聞くね」


 ホルシュタイン……乳牛(ホルスタイン)のことだろうか。彼女ら、というからには人間の種族なんだろう。それにしても、格別に良い牛乳とはどれほどのものなのか。美味い牛乳と聞いて、興奮を抑えきれない。


「詳しく教えてくれ! その、ホルシュタイン? っていうのと、牛乳についてだ」


「私より、このおじさんのほうが詳しいと思うわよ」


 牛乳をチビチビと飲みながら、牧場主の男性を指差す。会ったばかりの人に図々(ずうずう)しいと思ったが、牛乳の専門家に聞いたほうが確かなのは間違いない。


「一度だけ買って飲んだことがあるけど、なんというか、力が湧いてくる感じは確かにあったよ。冒険者じゃない私でも効果があるくらいだから、その効力(こうりょく)は本物だろうね」


 近くの木箱に腰かけ、話の続きを始めた。


「一本が私の牛乳と比べて五十倍くらいの値段だから、そうそう買えるものじゃない。乳牛(にゅうぎゅう)と違って、一人のホルシュタイン種族から搾乳できる量も限られてるから、その値段分の価値はあると思ったよ」


「確か、この牛乳が一リットルで二百(ギャラル)でしたよね。ということは、同じ量で一万Gということになりますね」


 エルノアが牛乳を飲み干し、冷静な口調で価格を告げる。とても満足そうな表情を浮かべているところを見ると、彼女もそれなりに好きみたいだ。

 思っていた以上に高いのもあるが、それよりも気になる点がある。


「ホルシュタイン種族って、人だよな。ということは、妊婦ってことだよな……」


「ホルシュタイン種族は、単なる乳牛とは違って特別なんだ。成人した女性であれば、誰でも『聖乳(ネクタル)』を搾乳できる」


「ネクタル、っていうのか。牛乳と似て、非なるもの。一度飲んでみたいな」


 妊婦でなくても出すことができる母乳というわけだ。そう聞くと少し抵抗があるが、この世界ではそれを商品として販売しているということだから、気にしても仕方が無いだろう。この世界の常識は、俺のいた世界とは近いようで大きく離れているのだから。


 ゆっくりと飲んでいたグリムも飲み干し、牧場主が四人のコップを回収していった。メグシャさんが戻るまで、もう少し休憩できそうだ。


「ホルシュタイン族が住んでいる町か、興味深い。是非ともその『聖乳』とやらを味わってみたい。場所を知ってる人、いる?」


「『ストラジアの町』のことだろう。近くにはダンジョンもあり、冒険者ギルドも存在している。以前、帝国の騎士団が国を繋ぐゲートを設置しようとしたところ、町から反対されたため帝都から飛ぶことはできない」


「ゲートを拒否されたんですか。便利なのに、何で駄目だったんでしょう?」


 俺も同じ意見だ。瞬間的に移動できるゲートは便利極まりない。町も活性化するだろうし、何か事情があったんだろうか。ダンジョンがあるという重要なことを聞けたが、ゲートで飛べないとなるとかなり不便だ。


「便利すぎる、っていうのが駄目なんでしょうね。帝都からの人間がたくさん混じると町は急速に発展するけれど、それで失うものもある。増えすぎた人を管理するのは大変よ」


「住民の多くは、あの場所を愛している。別の場所から多くの人間がやってきて土地を変えられるのは嫌なんだろう。とはいえ、ダンジョンの管理は騎士団としても必要なことだ。冒険者ギルドだけは何とか交渉して作る許可が得られたと聞く」


「人がすぐに来れないダンジョンなら、混んでる帝都のダンジョンより良い面も多いでしょうね。素材も豊富にあるし、魔物の取り合いにもならない」


「あの町は聖乳のおかげでかなり繁栄しているのもあって、必要以上の利益を欲してはいないのだろう。ホルシュタイン種族は、聖乳の生み手というだけでなく、腕力が高い種族だから冒険者として戦う者もいる。豪華な家が建ち並ぶ街の景色は有名だ」


 ゲートが使えないのは面倒だが、行く価値はありそうだ。ダンジョンがあるというのも重要だし、『魔導祭(マジック・フェスティバル)』まで数日あるのだから一度行ってみるのも悪くないだろう。


「よし、この依頼が終わったら早速ストラジアの町に行ってみよう。目的は、聖乳とダンジョンだ。一度帝都へ戻ることになるけど、そこからどうやって行けばいいんだ?」


「毎朝、帝都からの定期便(ていきびん)の馬車が出ているはずだ。そこに乗せて貰えば、難なく辿り着けるだろう」


「そりゃあいい。じゃあ明日、特に予定も無いしそこに行くということでいいか?」


 これといった反対意見もなく、全員が(うなず)いて明日の予定が決まった。牛乳も飲んで力も付いたし、後はこの依頼を無事に終えるだけだ。


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