第046話 ギンヌンガ・ガップ 上層・中層
◇◇◇ ギンヌンガ・ガップ 上層 ◇◇◇
山に斬撃が走ったような巨大な大地の裂け目の洞窟、『鉱物採掘遺構』。朝方の冷えた風が吹き荒ぶ中、ドワーフ族の『ガラール』とその仲間が五人に連れられて、大きな穴のダンジョンへと降りていく。
今日は朝からドワーフ族の護衛、午後からもドワーフ族の護衛だ。まずは、この裂け目の洞窟をドワーフの護衛をしながら進み、下層に出現した魔物を退治すること。
下層がどれほど奥なのかは知らないが、昼までには行って帰ってこなければいけない。あまり悠長なことをしている暇はないのだが、新たなダンジョン、新たな魔物との出会いを存分に味わいたいという気持ちも強かった。
ギンヌンガ・ガップは、元々はダンジョンではなく、単なる炭鉱として鉱物や魔石の採掘に利用されていた場所だ。ダンジョン化した今は魔物が多く出るため、採掘している人はそれほど多くないという。商業ギルドの管理の下、鉱石発掘を効率良く行うための設備が、いくつか用意されているらしい。
壁沿いの坂道を下っていくと、魔石の燭台に囲まれた場所に出た。ヘイムダル王国の地下迷宮第五階層で見たような魔法陣が、そこにはあった。
「ゲートか。これで下層に行けるんですね」
「いや、この先は中層じゃ。そこからまた下層へ続くゲートに入るっちゅうわけじゃ」
先にドワーフの連中がゲートへ入り、続けて俺たちも中層へ飛ぶ。
◇◇◇ ギンヌンガ・ガップ 中層 ◇◇◇
中層に来ると、上層よりもかなり下へ降りたことを認識する。見上げると大きな亀裂だった裂け目の入り口が、かなり遠くにあることがわかる。薄暗い洞窟の岩肌が空間を遮り、空の光は僅かにしか中層へ届いていなかった。
「ここから下層へのゲートまで、ちょいと道がある。魔物も出るから、先頭は任せたぞい。先頭だけに、戦闘を任せるってか。グワッハッハッ!」
「はは……」
湿った空気が充満する洞窟内で、乾いた笑いが虚しく響いた。緊張感の無いドワーフたちとは反対に、俺たちは気を引き締めて進む。
洞窟内は下り道が多く、通路には線路が引かれていた。恐らく、鉱石や魔石を運搬するためのトロッコ用線路だろう。様々な場所を掘ってきたのか、天井も壁もなかなか広い。魔物が出たとしても、特に問題なく戦えそうだ。
「基本的に、俺が前に出る。リーネは後ろ二人とドワーフたちを守ってくれ」
「わかったわ」
周囲を警戒しつつ進むと、深緑の小鬼『ゴブリン』と大きな蝙蝠『ダークバット』の群れが出現した。ゴブリンはこん棒を持っていて、ダークバットは天井にぶら下がっている。何の構えもせずに近づくと、ゴブリンは俺を取り囲むようにして回り込み、ダークバットは攻撃のタイミングをうかがっている。
グラドリーネとのダンジョン探索では、様々な経験を積んだ。特に、複数を相手にする戦い。ステータス上はほとんど変化無しだが、俺にできることは圧倒的に増えていた。
ダークバットとゴブリンの同時攻撃。四面楚歌の状態で、全方向に敵がいる。
慌てることはない。順番に、確実に始末してばいいだけだ。
槍を振り回した高速の回転斬り。俺のガヴァレリストは穂先が剣になっていることもあって、斬撃にも対応している。槍に当たるゴブリンはもちろん、当たらないゴブリンには空間を裂いて生まれた風の刃で真っ二つにする。
回転斬りを利用して、俺の周囲に風の渦を発生させた。その風に煽られたダークバットは、横一列になって吹き飛ぶ。
今度は空へ向かって槍を横薙ぎする。発生した風に対してわずかにエルスを送り込み、風の刃を増幅する。ゴブリンと同じように風によって胴体が真っ二つに引き裂かれ、霧散して魔水晶へと変わる。この程度の雑魚敵なら、いくら来ようとも瞬殺することができる。
「すっごーい、ヒロトさん。なんか、たった一日で強くなってませんか?」
「ヒロト、君は一昨日のダンジョンで良い経験をしてきたようだな」
グラドリーネは特に驚いた様子はないが、他二人には強くなった俺が映っているようだ。
俺自身、体が自然に動くし、なにより軽い感じがする。昨日一日動かずに休めたことも良かったかもしれない。
「ほおう、やるのう、兄ちゃん。最近の若い者にしては、力に溢れとる」
ガラールも先ほどまでのふざけた様子とは打って変わって、真剣な目つきをしていた。
「ゆっくりもしていられない。この調子で、どんどん進みますので」
ゲートがあるおかげで、目的の下層まではそう時間は掛からないだろう。敵も弱いことだし、今回の依頼は思っていたより簡単にこなせそうだ。
ゴブリンの群れの中に、巨大な人影が現れる。深緑の肌からしてゴブリンリーダーかと思ったが、少し細身で頭が悪そうな顔をしているので別の魔物のようだ。
こういう時、大事なのは相手の名前を知ること。もちろん、他に情報があればなお良しだ。
「グリムッ!」
俺が後ろを振り向いて名前を呼ぶと、言いたいことを察してくれたようで、眼鏡をくいっと上げて書物を広げた。
「説明しよう! ヤツの名は『トロール』。レベル『40』以上の中級魔物だ。見た目以上に素早く、巨体から繰り出す攻撃には注意しろ!」
この説明を聞くのも久しぶりだ。グリムも、どこか気合が入っていたような気がする。
「エルちゃん、グリちゃん。私の力、見せてあげる。よ~く見てなさい」
そう言いながら、白銀に輝く剣を引き抜く。緑の宝石が輝いたかと思うと、俺以上のスピードで駆け出し、ゴブリンの頭を踏み台にして高く跳びあがった。
不意を突かれたトロールは、エルフが宙を舞うのを目で追うことも出来ず、何の防御も無しにただ攻撃を受けるだけの棒になっていた。
ミーミル大聖堂でも見た光景だ。空中を縦に回転しながら、トロールの頭に剣の一撃を加える。ゴンッという鈍い音が洞窟内に響いたかと思うと、深緑の肌をした怪人は白目を剥きながらゴブリンを巻き込んで倒れ、そのまま絶命して塵と化した。
あっけにとられたゴブリンたちは、成す術もなくその場に立ち尽くしていた。グラドリーネが再び風を纏いながら群れの中央を駆け抜けたかと思うと、全てのゴブリンの体がバラバラに引き裂かれていた。
一瞬のうちにして敵を倒し、俺の後ろという定位置に戻る。熟練の冒険者でもあれを真似できる人間は、ほとんどいないだろう。
「すごいです……! 全然、動きが見えませんでした……」
エルノアは、俺のとき以上に驚いているようだ。グリムも、それまで興味の対象としていなかったグラドリーネを少し意識し始めたように見ていた。
ゴブリンたちの落とした魔水晶を回収しつつ、先へと進む。岩の壁には少しずつ緑の苔が加わり、今まで以上に湿った空気を感じる。これまで続いていた線路は脇道の小部屋へと続いており、そこには大量の空のトロッコが置かれていた。
小部屋に入ることもなく先に目をやると、魔物避けの燭台が見えてくる。これまで通り、中層と下層を結ぶゲートがぼんやりと光を放っていた。
「それが、下層へのゲートじゃな。この先が厄介なんじゃ」




