第045話 裂け目の洞窟
何かの物音に気が付き、目が覚める。ぼんやりする頭を起こし、ギリギリまで細めた目で部屋を確認する。既に女性三人は起きていて、洗面等も済ませたようだ。
朝の支度を済ませ、各々が武器、防具一式を装備する。
一般的な人間のことを指す『ランダー族』である俺の武器は、エルノアに作ってもらった新たな槍である『ガヴァレリスト二号』だ。銀製ではなくなったため、霊体には攻撃が効かない。
防具は、いつものように革製の『ハンタージャケット』と少しゴツめの安全靴である『フィールドブーツ』だ。
猫耳が特徴的で、桃色の髪をした獣人の『バステト族』エルノアの武器は、柄が槍のように長い『ドワーヴンハンマー』だ。
防具には、メイド服である『エプロンドレス』は基本として、『ドワーヴンガントレット』と『ドワーヴンブーツ』を装備している。このドワーヴンシリーズは、いずれも『隕鉄』で作られていて、頑丈で持ち主の腕力や技能も底上げしてくれる能力を持つ。グラドリーネからプレゼントされた『プロテクトバングル』という銀の腕輪を身に着け、防御力を高めた。
大きなバックパックを背負い、道具の準備と回収をメインに、状況によっては大きな胸を揺らしながら武器を振るう、戦うメイドさんだ。
大自然を思い起こす薄緑の髪と、長く鋭い耳とその耽美な見た目が特徴な『エルフ族』のグラドリーネの武器は、俺と同じく昨日エルノアが作った『緑石の白銀剣』だ。銀製の刀身には緑色に輝く風の宝石『ペリドット』が埋め込まれ、風の魔法の効果を増幅してくれる。
青い金属で作られ、翼の紋章が描かれた『浮遊石の盾』を持ち、その裏側には『ノルディックの短剣』なるものが仕込まれている。『深緑のチュニック』に身を包み、栗色の『エルヴンガントレット』『エルヴンブーツ』でバッチリ決めている。傷を癒す効果を持つ『ヒールタリスマン』を体のどこかに着けていて、準備は万全だ。
剣と盾を背負い、堂々と振る舞うその姿は、まさに『緑の風の勇者』と呼ばれるに相応しい風格がある。
最後、眼鏡をつけた青髪の魔術師グリム。俺と同じ『ランダー族』だと思うが、それすら定かではない。
武器は、大きな書物。白を基調とした青いラインが入る大きなローブを纏い、体形を覆い隠している。ローブの中に入っているためわかりにくいが、後ろ髪をきつく三つ編みにしている。一緒に行動しているが、厳密に言えばパーティには属していないため、装備も、能力も詳細は不明だ。だが、かなりの魔法に精通していることと、女性だということだけは確かだ。
全員の準備が整った。今日の予定としては、ひたすら依頼を受注して資金稼ぎと情報集め。
「まずは、朝食だ! 食堂へ行くぞ」
この宿屋にも、簡単な食堂がある。まだ利用したことはなかったが、それなりに広くテーブルも多い。まだ朝の六時過ぎだというのに、他の冒険者パーティも食事を取っていた。
部屋には天井からぶら下がった小さな灯りしかないのだが、それがかえって目に優しく、窓際の自然光が心地よい空間を作っていた。
食後の砂糖入りコーヒーを堪能し、眠気も覚めたところで宿を出る。相変わらず牛乳が飲めないことがこの世界に来てからの不満だが、それもいずれは解消したい。
中央、ダンジョンへ続く塔の付近はもう冒険者で溢れていた。人が少ない時間帯から開始して、より魔物を多く倒すのが目的だろう。慣れた冒険者にとっては『階層の番人』さえも稼ぎの対象だから、それを狙えるのが朝一番ということだ。帝都の冒険者ほどになると、ダンジョンで寝泊まりする者たちもいるほど徹底した狩りが行われているようだ。
その流れを横目に、冒険者ギルドへ向かう。当然、俺のパーティと同じ目的を持つ他のパーティも、ギルドへ向かっていた。
前日の夜から朝にかけて、最も依頼書が増える時間帯だ。朝一番にギルドへ行き、依頼を受注する。先に受注した者勝ちだから、良い報酬のものはどんどん取られてしまう。
「まずは堅実に、確実にこなせる依頼を受けていこう」
特に異論もなく、全員で依頼書を眺める。やはり人も多いが、掲示板自体が横に長いので押し合いになることもなく、流れに沿ってみていく。エルノアが報酬八千Gの運搬護衛の依頼を見つけ、早速内容を教えてもらう。
「午後一時頃から開始、運搬の護衛と搬入作業の手伝い。往復、作業合わせておよそ三時間程度の仕事だそうです」
「悪くないな。その依頼を受けてみようか」
全員が頷き、決定する。とりあえず午後からの依頼は入った。午後一時まではだいぶ時間があるので、あと一つか二つの依頼を受けても大丈夫だろう。
「あとは、昼までに終わらせられる依頼があればいいんだが」
「だったら、これはどう? 同じ護衛の仕事だけど、報酬は三万Gね。今度は鉱物採掘遺構、つまり廃炭鉱での護衛ね。地下のほうで魔物が多数出現して奥に進めないから、商業ギルド所属の鉱夫を護衛しつつ魔物を退治するってことね」
『ギンヌンガ・ガップ』というのが、廃炭鉱の名称らしい。そこでの護衛の依頼だが、魔物を倒すのがメインなら魔水晶も稼げていいかもしれない。
「そこは、ダンジョンなのか?」
「魔物は出るから、今はダンジョン扱いされているわね。だいぶ昔から鉱石が多数取れる洞窟ということで有名だったんだけど、堀り進めるうちに大きくなって、いつからか魔物が住み着いたとか」
「普通のダンジョンみたいに、壁が再生されることが無いわけか」
「それが、ダンジョン化した今は壁も再生するし、自然と鉱物も魔石も出土するようになったとか。不思議なものよね」
人間が便利な魔石を使って過ごすために掘り進めたら、洞窟がダンジョンになってしまったのか。良い事なのか、悪い事なのか……そもそもダンジョンを踏破して魔物を減らそうとしているのに、ダンジョン化させてしまったら駄目なのではないだろうか。
ま、そういう細かいことはこの際気にしないでおこう。
「それは帝都から近いのか? 遠くて午後の依頼に間に合わなくなった、とかじゃ洒落にならないからな」
「地理的な場所は知らないけど、ゲートからも廃炭鉱入り口に飛べるし、移動に時間は掛からないわ」
「それなら、大丈夫そうだな。受けてみるか」
その護衛の依頼は緊急性がある突発的なものだったので、朝から準備が出来次第、出発するということになっていた。
受付カウンターで依頼を二つ受注してギルドブックに依頼書を挟み、ページ化させて依頼主の場所を見る。帝都ヴェラチュールとなっていたので、地図のページを開いて依頼主の場所を調べる。
朝や昼といったタイミングで依頼を受ける冒険者が多いため、それと同じ時刻に冒険者ギルドの近くで依頼者は待機しておくのが普通らしい。そうすれば、円滑に物事を進められる。
そして、運搬護衛の依頼主もその例にもれず、今いる場所からかなり近くにいることがわかる。地図に表示された依頼主の場所へ行くと、そこには冒険者ギルドとそっくりな白く巨大な建物があった。門のすぐ上にある金貨のマークが太陽光を浴びて輝き、金にまつわる場所であることを瞬時に伝えてくる。
「これが、商業ギルドか。こっちも負けず劣らずでかいな」
「冒険者ギルドと双璧を成す建物ですからね」
冒険者ギルドと同じように、門は広く開けっ放しで入りやすい。いくつかのテーブルと椅子が用意されており、そこに何名かが腰を掛けていた。
それに座る恰幅の良い女性から、手招きされる。年齢は、四十から五十といったところだろうか。背丈は低いが、腕っぷしが強そうだ。どことなくエレンさんに似た雰囲気があるし、ドワーフ族の女性だろう。
「やあ、あんたたちが依頼を受けてくれる冒険者だね」
「はい、ヒロトと申します」
「あたしゃ、ドワーフの『メグシャ』だ。よろしく。そこに座っとくれ」
護衛の依頼内容に関する説明を受けた。馬車に乗ってまず『スビレングルト』へ『ゲート』を使って行き、そこから一時間ほどの道にある『カルロフの村』に行く。荷物を馬車へ載せたら再度『スビレングルト』に出発。帝都に帰還後、解散という内容だ。カルロフの村での搬入作業と、その道中で魔物が出現したら倒すというのが、冒険者の仕事ということになる。
外の魔物と戦う良い機会でもある。三人とも文句を言う素振りはないし、受けても問題なさそうだ。
「わかりました。この仕事、引き受けさせてください」
「おお、そうかい。そりゃ良かった。じゃあ午後一時頃になったらまたここに来ておくれ。馬車に乗って行くからね」
依頼主のメグシャさんと別れて、次はギンヌンガ・ガップへ向かう。依頼主の場所が、その名称になっていたからだ。
『ゲート』でギンヌンガ・ガップの名を告げ、光に包まれる。着いた先には、山の斜面にできた巨大な裂け目のような洞窟の入り口だった。
吹き荒れる風が寒そうだが、『ヒーティング』効果を持つジャケットのおかげで問題にはならない。入り口に近づくと、背の低いドワーフ族の集団が待機していた。
「今回依頼を受けることになった、ヒロトと申します」
「おお、お前さん方か。偉い別嬪さんを連れちょるのう! ワシはこの連中の班長を務めちょる、『ガラール』ちゅうもんじゃ。よろしくのう」
腰を曲げて挨拶しつつ、そのままの態勢で握手する。
「早速じゃが、入るとするかの。ここはちょい寒いのでな」
裂け目に近づくほど、その巨大さに距離感覚が狂う。こんなところを下っていくのかという驚きはあるが、不安はない。ダンジョンへ潜ることへの探求心が強くなり、鼓動が少し速くなるのを感じながら、砂利と岩が転がる土の道を進んでいった。




