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第044話 グリン・シルバリア

「結論から言います。私は未熟なので、聖銀(ミスリル)を生み出すのは難しいでしょう。仮に出来たとしても、剣の刀身にするには素材が足りません。ですので、ミスリルソードを作るのは無理ということになります」


「ほうほう。それで?」


宝石(ジュエル)を使います」


 緑の宝石がはめ込まれた銀の腕輪を拾い上げ、宝石部分を指で差す。透き通った緑色の宝石で、その輝きは魔石に似ていて美しい。


「この宝石は『ペリドット』と呼ばれる、風属性の力を持つ宝石の中でも二番目に良いとされるものです。宝石には、魔石と同じように魔力が込められておりますので、魔法の効果を増幅する役目を(にな)っています」


「そうなのか。魔石が小さくなって凄く綺麗になった、というだけじゃないのか」


「はい。宝石の大きさや輝きの度合いによって効果も変わります。これを剣に埋め込むことで、風の魔法を使った場合の効果を大きく上昇させることができます」


宝石武器(ジュエルウェポン)ね。主に魔術師が使う杖なんかに使われているのよね」


 エルノアがこくりと(うなず)く。魔法の増幅に宝石を使うのか。この世界では単なる装飾(そうしょく)に使われるのではなく、魔法を使う人間にとっては重要な物のようだ。


「風の魔法に限られますが、使っていたルーンソードと同じように魔力を高めることができると思います」


「間に合わせの武器としては十分だわ」


 武器に宝石を付けることで、魔法を使ったときに効果を上昇させる、ということはわかった。


「その腕輪をそのまま装備したら駄目なのか?」


 わざわざ腕輪から宝石を外さなくても、それを身に着ければ効果が発揮できるのではないだろうか。そんな疑問が俺の頭に(よぎ)り、つい口に出してしまった。


「その使い方もできますが、大事なのは使うときの『意識』です。ヒロトさんは、魔石を使うときどうしていますか?」


「手に持って、割ったり投げたりしてるな」


「そうですね。ポーチに入れたまま使うことはないと思います。手に持つことではっきりとそれを認識する。武器を振るうのも、魔法を使うときも、全て手を使うでしょう? 手というのはそれだけ力を発揮するのに向いている場所なんです」


 言われてみれば、確かに手に持った魔石や手に持つ武器にエルスを送り込むことが多い。手というのは、それだけ力を振るうのに重要な役目を持っているということか。


「なるほど……」


「ですから、武器に取りつけたほうが魔法の効果を高められるのです。魔術師の杖の先端に宝石が付いているのは、そういう意味があるんです」


「魔法を使うときに手をかざすのは、ほとんどの人間が無意識のうちにやっているわね。それが一番強く意識できるし、実際に効果も高くなるから。そもそも動作無しで魔法を(はな)つなんて、よほどの熟練者じゃないとできないわ。私の故郷(ふるさと)にいるエルフの長老だったら、手どころか足からでも尻からでも魔法が使えるけどね」


「尻から……魔法を出すのか……」


 想像はしたくないが、つい頭の中で思い描いてしまった。尻から炎を出す老人の姿を。


「持ち手の部分は、リーネさんの壊れたルーンソードを使います。刀身は銀で作り、(つば)に近いところに宝石を埋め込みます。そして最後に確認なのですが……」


 エルノアが不安そうな顔をしてグラドリーネのほうを向く。猫耳も元気無く垂れ下がっている。


「失敗すれば全て失うことになります。それでも良いですか?」


「いいわよ、成功するまでやってもらうだけだから」


 グラドリーネが笑顔で返す。その力強い言葉に、エルノアも覚悟を決めた顔つきに変わる。

 まずは分解。銀の腕輪から宝石を取り外す。手で引っ張ったり道具を使って取り外すのではなく、錬金術を使って分ける。光が腕輪を包むと、簡単に二つが離れた。


 床に並べた他の銀の素材に銀の腕輪も加える。分解して剣の素材として使うから、そのまま腕輪を装備するわけにはいかなかったんだな。


 鍛冶錬金(かじれんきん)が開始された。以前見たときと同じように、両手を広げて意識を集中させる。全ての素材がひとつの大きな光に包まれ、やがて球体へと変わる。球体が一番強く輝いた瞬間、それを両手で封じ込めるように強く手を結ぶ。

 手の中に閉じ込めた光を、新たな剣の形へと変えるということ。それには形をはっきりと想像する力と、それを生み出そうとする意志の強さが必要だ。


 条件は全て整っている。後は、エルノアの頑張り次第だ。


 長いようで一瞬。一瞬のようで長い時間、光の球体を両手で抱えていた。


「我が(もと)具現(ぐげん)せよ! 緑石の白銀剣(グリン・シルバリア)!」


 手の中にある光球を解き放つように両手を広げると、それは部屋を光で満たすほどの輝きを放った。次に目を開けたときには、刀身に施された緑の宝石が輝く美しい剣が誕生していた。

 光に包まれた剣がゆっくりと落ちていき、床に到達する。エルノアはその様子をじっと見つめ、光が消えるのを確認すると、汗を拭きながらこちらに振り向いてきた。


「完成です!」


 この世にひとつしかない、エルノア特製の剣。その名も『グリン・シルバリア』。

 床に置かれた剣を拾い上げ、何度も向きを変えて眺めるグラドリーネ。


「良い剣ね……! 一目惚れしちゃったわ。ありがとう、エルちゃん!」


 座り込んだエルノアを立たせるため、グラドリーネが右手を差し出す。二人にも強い(きずな)が生まれたようだ。


「やったな、エル。見事だったよ。やり方、変えたのか?」


 動作などは、前とほぼ同じだったと思う。だけど、決定的に違うことがひとつあった。


「はい、剣を強く意識するために『名前』を与えました。本にも書いてあったのですが、魔法と同じように発声(はっせい)することでより強く、はっきりと意識することができるみたいです」


 魔法のように詠唱することで、錬金術の精度が上がったんだろう。それに合わせて、武器の名前を想像することも必要だ。『名前』というのは、大事だからな。


「では、次にヒロトさんの武器を作りますね」


 汗をハンドタオルで(ぬぐ)い、早速次の行動に移ろうとしている。


「終わったばかりで疲れてるだろ? ゆっくりでいいよ」


「いえ、なんだか気分が良いのでまだまだやれます。といっても、銀がもう残り少ないので銀の槍は作れそうにないのですが……どうしましょうか」


 銀製の槍は無理、か。結局霊体の魔物なんて遭遇しなかったし、その性能を確かめることはできなかった。とりあえず今は戦うための武器なら何でもいいし、ある物で代用しよう。


「じゃあそこのボロっちい鉄の剣と、適当な金属を合わせてガヴァレリストを作ってくれ」


「了解です。リーネさん、その鉄の剣使ってもいいですよね?」


「もちろんよ。この剣も喜んでくれると思うわ」


 壁に立て掛けられた鉄の剣を床に置く。破損した鎧や盾の一部分などを加えて素材とする。同じように錬金を開始すると、先ほどとは違って一瞬のうちにガヴァレリストそっくりの鉄の槍が誕生した。


「はい、出来ました」


「は、はやいな! もう出来ちゃったのか」


「リーネさんの武器を作って自信がついたみたいです。それに、少し形の変わっただけの鉄の槍ですし、形も名前も見ていたものと同じですので」


 槍を手に取ると、新しい物のはずなのにどこか懐かしい感じがする。


「今日から君はガヴァレリスト二号だ!」


 ◇◇◇◇◇◇


 あれから倉庫の掃除をして、三度(みたび)冒険者ギルドへとやってきた。ここにいればグリムと会えそうな気がして、三人でテーブル席に着いていた。


「私ってほとんどギルドの依頼受けたことがないのよね。出してばっかりだったから」


「報酬ゼロの依頼か。最初は、ひどい依頼主もいるもんだと思ったぜ」


「あら、それでも受けてくれた人はいたのよ。私しか知らない強い魔物を、共闘して倒さないかって依頼を出したら、飛びついてきたわ」


「男か?」


「いいえ、女よ。彼女も、ランダー族にしては相当綺麗な娘だったわね。それに強かった。私やあんたより強いかもしれないわね」


「それって、ミリアルデさんじゃないですか?」


 エルノアも俺と同じ女性のことを思い浮かべていたようだ。強い女性と聞くと、目の前にいるグラドリーネか聖騎士のミリアルデくらいしか今のところは知らない。


「そうそう、ミリアルデって名前だったわ。知り合い?」


「ヒロトさんが追っかけている女性です」


 言葉を濁そうと思ったが、そうはいかなかったようだ。グラドリーネが(あき)れたような顔をして、こちらを見てくる。


「どこまでも欲深い男ね。ま、あんたらしいわ」


 下手に口を出すと、二人から変な目で見られ続けてしまいそうなのでこの話はスルーしておいた。誰でもいい、何でもいい、違う話題を頼む。


「あ、そうそう。エルちゃんにプレゼントよ」


「何ですか?」


 そう言ってグラドリーネが例の小袋から取り出してきたのが銀色の腕輪だった。素材に使った腕輪のように宝石が付いているわけでもない、どこかで見たことがある腕輪だ。


「それって、ダンジョンで手に入れたやつか?」


「そうよ。鑑定してもらった結果、プロテクトバングルってことがわかったわ。これを装備すれば、ある程度頑丈(がんじょう)になれるはずよ。剣を作ってくれたお礼ってことで」


「わぁ、ありがとうございます! 大事にしますね」


 早速二の腕に取りつけると、ぴったりと腕にはまった。軽装なエルノアにとってはかなり良い物だ。割とお洒落なところもポイントが高い。


「助かる。武器ばっかじゃなく防具にも気を使わないといけないよな」


 体が異常に頑丈な俺や、良い防具を身に着けたグラドリーネとは違ってエルノアは軽装で防御性能も低めだ。あの腕輪(バングル)のおかげでちょっとした鎧を身に着けたようなものだというから、心配事も少なくなる。


「リーネは色んなダンジョンに行ってきたんだろ? どこか良さそうなところはないのか」


 (あご)に手を添えながら、目を閉じて考え込むグラドリーネ。


「んー、あるにはあるんだけどね。ここから南の地方にある砂漠のピラミッドとか」


 ピラミッド……王家の墓といやつだな。巨大な四角錐(しかくすい)の建物で、その内部にあるのは(いにしえ)の王様の墓だというくらいしか知らないが。

 この世界のピラミッドは、内部がダンジョンになっているということだろうか。


「あそこは財宝だらけよ。罠も大量に仕掛けられていて、欲深い者は簡単に命を落とす仕組みになっているの。私も挑戦してみたけど、あまりにも罠が多くて途中で断念したわ」


 財宝と聞いてワクワクしない冒険者などいない。危険が(ともな)うようだが、いずれ挑戦してみたい場所だ。


 ◇◇◇◇◇◇


 その後は、依頼書を見て相談したり、取り()めの無い話を続けていた。夕方になり、グリムと合流していつもの酒場で食事を取ったあと、宿屋に戻ることになった。


 グラドリーネも、自分の宿屋に戻らず俺たちのいる部屋に泊まってもらうことにした。最初は断っていたが、エルノアの説得でなんとか承諾(しょうだく)してもらえた。たまたま四人部屋だったし、折角パーティに入ったのに一人だけ違う宿じゃ寂しすぎるからな。


 部屋に戻り、各自が装備を解く。外にいるときと部屋にいるときでは、心の安らぎが全然違う。

 今日仕入れた情報などを交換しつつ、明日以降の行動を話し合った。依頼を受けてお金を稼ぎつつ、魔物退治をしてレベルを上げるというのが大まかな計画だ。入れそうなダンジョンがあれば、潜って素材集めすることも大事だ。

 夜になると、時間が過ぎるのがはやく感じる。街の(あか)りもだいぶ小さくなった。


「じゃあ私先に風呂入らせてもらうわね」


 自分の宿から持ってきた石鹸(せっけん)を手に、風呂へ入っていく。三十分ほどして上がり、続けてグリムに入るように言うと「僕は最後でいい」という言葉を返されたので、今度は俺が入ることになった。


「時間が掛かるので、私も一緒に入りますね」


 そう言って入ってきたのは、エルノアだった。なかなか狭い風呂なので、ほぼ密着状態だ。目に見えぬとも、その存在感が俺の意識を全て持っていきそうになる。


「今日は、剣の錬金が上手くいって良かったな」


 背中を洗ってもらいつつ冷静を保つために言葉を発していたが、煩悩(ぼんのう)によって体の自由がきかない。それを(おさ)えつけるための理性とか知性と呼ばれるステータスが、俺は極端に低い。


「はい。素材が集まったら、隕鉄(メテオライト)や聖銀といった金属の精製にも挑戦していきたいです」


 強力な装備を作るためには、上位の金属が必要不可欠だ。はやくダンジョンに潜って、鉱石集めと魔石集めを進めたいところだ。


「じゃあ、前も洗ってくれ」


 今日は特に汗もかいてないし、体は適当に洗い流すだけでいいかと思っていたのでタオルを持ち込んでいなかった。正面を向き、背中を洗ってもらったついでに前面もお願いする。


「あの、ヒロトさん。今日頑張ったので、ご褒美下さい。リーネさんからは腕輪を貰いましたが、ヒロトさんからは何も貰ってないです」


 そう言われれば、確かに何もあげていない。というか、出会ってから武器や防具、それに着替えなども全て用意してくれたりして貰いっぱなしだったが、俺からはプレゼントなど全くしていなかった。


「うーん、俺にあげられるものといえばこれくらいしかないな」


 特に何も浮かばなかった、というよりそれしか思い浮かばない。彼女の濡れた(くちびる)に全ての意識が集中し、熱く長い口付けを交わした。


 ◇◇◇◇◇◇


 結局、一時間以上も風呂に入ってしまった。時間短縮とは何だったのか。


「あんたら、遅かったわね。エルちゃん、顔真っ赤だけどどうしたの?」


「長風呂でのぼせたんですっ」


 ニヤニヤとしながら、わざとらしく話を振ってくるパジャマ姿のエルフ。ベッドに横になりながら、出てくるのをひたすら待っていたんだろうか。


「あんたも、随分スッキリしたみたいね」


「そ、そりゃ、風呂にはいったらスッキリするだろ。何考えてんだ。……すまんな、グリム。もうあがったから入っていいぞ」


「わかった」


 グリムを見送り、俺もベッドに横たわる。グラドリーネは、未だにニヤニヤとしてこちらを見ていた。


「二人でお風呂に入るなんて、仲良しなのね」


 まだ続けるか。反撃の一つでも食らわせないと、調子に乗ったままになりそうだ。


「明日はリーネさんがヒロトさんと一緒にお風呂に入る番ですからね!」


「えっ? ちょっと、エルちゃん?」


 そう言い放つと、エルノアは布団に潜りこんで黙ってしまった。俺とエルノアを交互に見るグラドリーネが、これまで見たことがない困惑(こんわく)驚愕(きょうがく)の表情を浮かべていて、非常に面白かった。


 仲間も増え、武器も新調した。新たな冒険の始まりに期待が膨らみ、体が震える。グリムが風呂から上がって部屋の灯りを消したあとも、しばらくは寝付けずにいた。


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