第042話 鶏の唐揚げ
朝と呼ぶには遅く、昼と呼ぶには早いこの時間帯は、冒険者の多くはダンジョンに潜っている。特にこの帝都ヴェラチュールのダンジョンは、空へと続く高い塔と地下へと続く長い迷宮の二つで構成されているので、人が溢れて狩りが出来ないということも少ないらしい。レベルを参照して設定される『ランク』によって入場を制限されており、ある程度経験を積んだ冒険者しか入れないこともあって、人の少なくなるダンジョンの奥で戦うパーティも多いようだ。
エルノアとグラドリーネは倉庫に素材を取りに行き、場合によっては武器を作っているだろう。パーティとして組んだばかりだが、既に仲良くなってくれているのは嬉しい。グリムは黒い魔水晶を持ってどこかに行ってしまった。あの結晶が何かヤバイ物でなければいいんだが。
俺はというと、昨日のミーミル大聖堂で拾ってきた魔水晶を換金するために冒険者ギルドへ向かっていた。この時間なら、人も混んでなさそうだし丁度良い。それ以外にやることとしては、やはり美女の情報収集。他には、強い武具の情報や報酬の良い依頼の確認と受注といったところだ。この世界の文字がまだ読めない俺一人では、冒険者ギルドの掲示板を見て依頼を受けるのは難しいのが問題だ。
黒っぽい灰色の巨大な建造物である冒険者ギルドに到着する。予想通り、この時間はあまり人がいない。元々広い空間なだけに、人がいないと快適さよりも寂しさを感じる。
「換金お願いしまーす」
魔水晶を詰め込んだバックパックごと受付の職員に渡し、換金する。カウンターのすぐ裏手で作業をしているようだが、一体どんなことをしているのか、どうやって価格を決めているのか気になるところだ。
集めた魔水晶を何に使っているかはグリムとの勉強会で覚えた。魔物の命が宿っていた魔水晶はそのままでは使えず、浄化することによって通常の魔石に変わるらしい。魔物も魔石同様に属性を持っており、全て色がついた状態でドロップする。魔水晶の状態では濁っていて水晶の向こう側を見ることはできないが、浄化して透き通った色になれば通常の魔石と同じ使い方ができるとのことだ。
単なる魔石ならダンジョンでいくつも手に入るが、大きな魔石は魔水晶を浄化するのが一番手に入れやすく、魔物を倒すという一番大事な目的を達成しながら集めることができるので、現在はそれを換金することで生活が成り立つ仕組みになっているようだ。
こうして集めた魔石は、街灯の光に使われたり、水の浄化に使われたりと、用途は様々だ。『ゲート』などの大掛かりな設備を作成するときにも、大量の魔石が使われているとか。
換金が終わり、金貨が提示される。合計九千五百Gだ。幼竜の五千Gを除いた初日の稼ぎが九百ちょっとだったので、およそ十倍である。やはり量よりも質のほうが大事みたいだ。エルノアがいれば余すことなく持ち帰ることができただろうから、今の五倍くらいは余裕だったかもしれない。そう考えると、やはりパーティを組んでダンジョンに潜るほうが良いということになる。
文字が読めないというのは生活する上で相当不便だった。これまでは誰かが近くにいて助けてくれていたが、今はそれが無い。依頼を受けることもできなければ、酒場のメニューもわからない。書物を読むこともできなければ、誰かに恋文を書くこともできない。近いうちに、読み書きの練習をするべきだ。
そんなことを考えながら、することもなくギルド内の椅子に座っていた。情報屋のラッカムがいれば何か聞こうと思っていたが、今のところ姿は見せない。
簡単な依頼ならどんどん受けて人との関わりを増やしていきたいとも思うが、それにはやはり『読む』能力が必要だ。現状、俺のやりたいことは全て八方塞がりになっていた。
冒険者ギルドを後にして、中央にある帝都の商店街に足を運ぶ。ガラス張りの陳列窓を覗くと、そこにあるのは剣や斧といった冒険者のための物ばかりだ。お洒落をするための綺麗な洋服とか、ヒールの高い靴が飾られたりすることはなく、どれもこの世界を生き抜くために必要な実用的な物がほとんどだった。
幸い値段の数字だけは読むことができるので、ウィンドウショッピングを楽しむことができた。いくつかの武器屋に入って眺めてみたが、単なる鉄の槍が千Gを超えていたり、じいさんの店の商品がいかに安かったかがわかる。普通の人は通行料が掛かるのでゲートで別の町へ飛び、安い店で買うという手段も取れない。
将来的には、エルノアの作った武具を販売するという商売も行いたいと思っている。特にここ帝都ではどんなものでもそれなりの価格になることがわかったし、稼ぐ手段のひとつになることは間違いない。
腹の音が鳴る頃、例の酒場に到着した。俺が一番最初に来ていたが、間もなくグリムが姿を見せ、残る二人も楽しそうに会話をしながら合流した。
一昨日と同じく四人掛けのテーブルに着き、注文はエルノアに任せる。人一倍食べるエルフと、人の半分しか食べない魔術師がいるので、そのまま四人前頼めば丁度良い。
「聞いてください、ヒロトさん! リーネさんの倉庫、宝の山でしたよ!」
「面倒だから処分してなかったのよね。思ってたより、使えそうなものがあったみたい」
一流冒険者の倉庫だ。本人の知らないうちに、良いものを手に入れていたということはあるだろう。
「前から気になってたけど、倉庫って自分の家にあるのか?」
「家というか、倉庫を借りられる宿屋に泊まっているだけよ」
「そんな宿屋があるのか!?」
驚愕の事実だ。何かと持ち帰ることが多い冒険者なんかは、それをどこに置いておくのか気になっていた。商業ギルドに素材を売るにしても、夜遅くに帰って来たときなどは魔石や鉱石の置き場所に困る。俺の宿屋の部屋だって、今でこそ岩の付いた剣くらいしかないが、今後鉱石などを売らずに保管することになれば部屋だけに収容しておくのは無理だ。衛生面でも、あまり良くない。
「あんたのとこ、結構安いでしょ? 帝都に住む冒険者は倉庫無しの宿屋を選ばないからね」
「俺たちみたいな駆け出し冒険者にとっては、安さは重要だからな。今後は、倉庫付きの宿屋を選ぶことも考えないといけないな」
出てきた鶏の唐揚げを我先にと箸を伸ばして取る。フォークやナイフ、スプーンを使う料理が多いが、この店では箸が出てくるのが特徴だ。店の装いは決して日本風ではないのだが、箸で料理を食べることができるということだけでお気に入りの酒場となった。他の三人も、器用に箸を使って食事を口に運んでいる。
「ヒロト、あの魔水晶のことだが」
「ああ、どうした?」
「しばらく預からせてもらう。あれは、近くに置かないほうがいい」
普段と同じような表情だが、どこか神妙な面持ちをしている。グリムが冗談を言うわけはないので、恐らくそうしたほうが良い何かがあるんだろう。
「ただの魔水晶じゃなかったのか?」
「まだ確証は得られていない。今は研究所に預けて調べているところだ」
研究所とかいうのが出てきてしまった。国の機関だと思うが、大事にはならないで欲しい。慎ましく、静かに生きていたいからな。
「そうか、まあいいや。俺の名前は出さないように頼むぞ」
「なぜだ?」
「なぜって、言ってしまったら根掘り葉掘り聞かれるだろ? グリムでもわからないような怪しい物を手に入れてしまったんだから。厄介事は御免だぜ」
グリムの表情が、驚いたような表情に変わっていた。といっても、少しばかり目を見開いている程度だが。こういう微細な変化も、最近は少しずつわかってきた。
「――すまない、既に君のことは話してしまった。不注意だった」
こちらに体を向け、深々と頭を下げてくる。そこまで謝る必要は無い。
「いやいや、気にすんなよ。別に、そこまで隠したいわけでもないから。ただ、情報ってのはどこから漏れるかわからない。必要なことだけ、話すべきだ」
情報屋のラッカムもそうだが、情報というのは一度広まってしまえばあっという間に共有されてしまう。あまり噂話をされるのは好きじゃないし、どうせなら凄い武勲を立てて有名になりたいものだ。
「っていっても、それは表向きな。俺たちは家族みたいなもんなんだから、嘘とか秘密は基本的に無しだ。喜びも、苦労も、共に分かち合う。そういう関係にしたい」
頭を軽く撫でて、体を起こさせる。どうやら、わかってくれたみたいだ。
「それで、これからの予定は決まっているのかしら? リーダーさん」
リーダー、か。冒険者として先輩であるグラドリーネではなく、まだまだヒヨっ子の俺がパーティのリーダーだ。ダンジョンに潜って金を稼ぐことも大事だが、『魔導祭』に向けて出来ればあと一人仲間を加えたい。もちろん、とびきりの美人をだ。
「仲間探しだな。魔導祭で魔術師を一人加える予定だが、それまでにあと一人欲しいと思っている。あとは、俺のような低ランクでも入れて稼げるダンジョンに潜る。冒険者ギルドではこなせそうな依頼があればどんどん受けていく、という感じだな」
三人とも、飯を頬張りながら頷いてくれる。特に反対意見もなく、まとまりそうだ。
「まずは情報収集! ということですね」
「四人で調べるより、各自動いたほうが良さそうね」
「僕も協力する。今度は、共に入れるダンジョンを狙うべきだ」
第一に、情報が必要だ。情報を集めてから、それを吟味し、取捨選択する。効率を重視し、同時に行えるものを中心に活動計画を組み立てていく。
「よぉし、まず俺は冒険者ギルドに行って依頼を確認してくるよ。依頼書を見るのに誰かの手伝いが必要だ。一緒に来てもらうのは――」




