第040話 折れた剣の価値
ダンジョンに長時間いたことや、森の薄暗さから時間の感覚がおかしくなっていたが、帝都には夜の帳が下りていた。午後八時か九時くらいだろうか、並んで光る魔石灯で照らされた街はどこか寂しさを感じる。
「今日はありがと。残念なこともあったけど、期待以上の出来だったわ」
少し寂しそうな表情で、手に持つ折れた剣を眺める。その剣はグラドリーネにとって大事なものだったんだろう。不可抗力とはいえ壊してしまったのは俺だから、なんとかしてやりたいところだが。
「こちらこそ。色々と話したいこともあるけど、今日はもうお互い疲れているだろうし、また明日ゆっくり話すってことでいいか?」
「ええ、それでいいわ。明日起きたらあんたのところへ行くから」
「了解だ。それじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
正直、目まぐるしい戦いで疲れ切っていた。満身創痍の肉体は、緊張が解けると急激に冷えて動きが鈍くなっていた。エルスを溜め込む力も、あまり発揮していないように思える。
中央から南下し、二人が待つ宿に戻る。ダンジョンで一夜を過ごす可能性もあったくらいだから、日が変わる前に戻れて良かった。
宿に到着すると、外でエルノアが待っていてくれた。ギルドブックの地図を見れば、俺が帝都に戻っていてどこにいるかわかるので、出迎えに来てくれたんだろう。
「おかえりなさい、ヒロトさん」
「ただいま、エル」
部屋に戻ると、グリムはいつものように本を読んでいた。二人と話したいこともたくさんあったが、瞼が重く、とても起きていられそうにない。今日のところはさっさと風呂に入って寝ることにした。
◇◇◇◇◇◇
どれくらい寝たのか、全くわからない。途中で起きることもなければ、寝返りを打った記憶もない。これほどまで熟睡したのは、この世界に来てから初めてだ。
外はとっくに陽が昇っており、窓から見える街は行き交う人々で賑わっていた。ここ最近は早寝早起きだったが、今日は朝九時を余裕で過ぎていそうだ。
「おはようございます! よく眠れたみたいですね」
「おはよう、ヒロト」
「おはよう、エル、グリム。おかげで朝までぐっすり寝れたよ」
二人とも、俺が寝ているのを気にして静かにしていてくれたんだろう。朝の身支度を済ませ、簡単な調理器具で作った朝食を頂いた。暖かい料理とスープが、体に染み渡る。
「リーネが、今日こっちに来ることになっている。昨日のこととか、色々話したいからな」
「私も聞きたいです、ヒロトさんたちの冒険!」
「僕も聞きたい。どんな魔物がいたのか、どんな戦いだったのか」
朝食後ゆっくりしていると、部屋がノックされた。グラドリーネを部屋に迎え入れ、窓際に二つだけある椅子に座ってもらう。
「これ、美味しそう! 頂くわね」
許可を得ないうちに、切り分けられていたハムをぱくぱくっと口に放り込む。美味しそう食べるのはいいんだが、勝手に食べるのはどうかと思うぞ。
それを見たエルノアも、暴食のエルフのためにパンやサラダ、スープなどを用意してくれている。エルノアの優しさに感謝するんだな。
「エルちゃんって、鍛冶師だったよね?」
「はい、そうですよ。まだまだ新米ですけど」
「これ見て!」
そういうと、飯が乗った皿と交換するようにして机に折れた剣を置く。目を見開き、紫の双眸が輝きを増していく。
「ふむふむ、この輝きは……聖銀、ですね? 欠けた部分に見えるこれは……ルーン文字? ということは、『ルーンソード』でしょうか」
「正解! よくわかったわね」
「凄い剣なのか?」
聖銀というものについては、前に教えてもらっていた。『光の魔石』と金属の『銀』を合成したものだ。その成功率は低く、単なる金属よりも価値が跳ね上がる。
「はい、この剣は刀身が全て聖銀で出来ているので『ミスリルソード』と呼ばれる剣になります。それにルーンの力を加えてありますので、『ルーンソード』になりますね。このルーンが何の力を表すのかは、刀身が欠けているので判断できませんが」
なかなかの業物らしい。そんな武器を失くしたとあれば、ショックは大きいだろうな。それと比べると恐らくかなり安価な『銀の槍』や『ガヴァレリスト』を壊したときでも、結構落ち込むくらいだからな。
「刀身に正しくルーンを刻むのも大変です。それに元の武器がミスリルソードであれば、その価値は何倍にもなりますから……五十万から百万Gくらいじゃないでしょうか」
「ひゃ、百万!? うっそだろ!?」
グラドリーネは飯を食べているときの陽気な表情から、打って変わって俺を睨みつけるような顔に変わっていた。
「そ。あんたが壊したこの剣、値切って七十五万もしたのよ」
「こ、壊したってどういうことですかっ、ヒロトさん!」
「君というやつは……とんでもないことをしたようだな」
三人から同時に冷たい視線を浴びせられる。目覚めたばかりなのに、悪夢を見ているようだ。
「話せばわかる! あれは仕方なかったんだ!」
◇◇◇◇◇◇
昨日の出来事を細かく説明し終えた俺は、ぐったりとしてベッドに寝転んでいた。二人にはなんとか理解してもらえたので、俺の味方になってくれるはずだ。
「だからヒロトさんの槍もなかったんですね」
「そう。倒すのにホント苦労したんだって。カエルなのに異常な強さだった」
蛙の姿をしたバエルは、本当に強かった。エレンさんから貰った謎の薬を飲んでから急激にパワーアップしたのは覚えているが、その時の俺の強さをもう一度出そうとしても難しそうだ。極限の状態に陥ったからこそ、引き出せた力だと思う。
「ヒロト、その魔物が落としたっていう魔水晶を見せてくれるか」
「ああ、いいぜ」
ベッドの側の床に置いたままだったポーチから、黒い魔水晶を取り出して渡す。基本的に魔水晶はその魔物が持つ属性の色を持つものだが、黒いのは見かけたことがなかった。
「詳しく調べたい。しばらく借りていてもいいか?」
「おう、気の済むまで調べてくれ。どうせ俺が持っていても換金する以外に使い道は無いし」
眼鏡が光らせて、その魔水晶を眺め始める。拳二個分くらいの大きさがあるから、手に持つだけでもかなり大きく感じる物だ。
「そういうわけだから、この剣の代金はきちっと払ってもらうからね」
はっきりいって七十五万Gなんて金はここにはない。借金となると、今後が厳しくなる。しかし、俺がやったことは確かだ。俺があの技しか使えないことが悪いと言われれば、その通りかもしれない。
「わかった。責任は取らせてもらう。だけどその代わり……」
「その代わり?」
「俺のパーティに入ってくれ。それが条件だ。それさえ満たしてくれれば、少しずつ返していく」
俺の最大の目的を果たす時が来た。この条件を飲んでくれない限りは、積極的に払うつもりはない。
「わかった。いいよ。あんたのパーティ、入ってあげる」
「入らないってんなら、お金は払わないから……今なんて?」
「だから、入ってあげるって言ってるでしょ」
「ほ、本当か!?」
「うん。エルちゃんの料理もおいしいしね」
信じられないことが起きた。まさか、本当に入ってくれるとは。最悪、これから徐々に仲良くなっていければいいと思っていたのだが。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
全身のあらゆる血が沸騰するのを感じた。喜びの雄叫びを上げずにはいられない。たった一日で目標達成とは、剣を壊して良かった!
なんてことを言うと怒られるのは間違いないので、心に留めておく。
「はぁ……はぁ……。俺のパーティに入るってことの意味、ちゃんとわかってる? ハーレムに入るってことだぞ?」
こういうことはちゃんと確認しておくべきだ。パーティに入るだけなんて生温いことは許可できない。
そう言うと、グラドリーネは窓の外を眺めるようにそっぽを向いてしまった。エルフの特徴である長い耳を見ると、先のほうが朱に染まっていた。
「……わかってるわよ、それくらい。いちいち聞かないで」
「わぁ、リーネさんが入ってくれるなんて! 私も嬉しいです!」
「よっしゃぁぁぁ!」
部屋中に喜びの声が響く。エルノアと抱き合い、喜びを分かち合う。グラドリーネも、少し恥ずかしそうにしつつも笑顔を見せてくれた。エルノアに続いて、二人目のパーティメンバー。今日は最高の日になりそうだ!
グリムはというと、黒い魔水晶に興味があるのか、何の反応も見せずにただひたすら眺めているだけだった。




