第039話 泉の剣
激闘の果てに、蛙人間の『バエル』を撃破することに成功した俺とグラドリーネ。二人ともかなりのダメージを受けたが、回復薬を使うことで回復していた。
これまでの相手とは桁違いに強く、『万象自在』を全力で引き出さなければ勝てない相手だった。エルノアの母親、エレンさんから貰った薬も相当効果的で、あれが無ければ負けていたかもしれない。魔石の応用も含めて、自分が今持っている全てを出し切った戦いだったのは間違いない。
結局、俺の槍である『ガヴァレリスト』はあの一撃で灰すら残らず消滅してしまった。バエルも、黒い魔水晶だけを残して消滅した。グラドリーネの剣はというと……。
「これ! 見なさいよ! 私の剣、持つところしか残ってないのよ!」
柄だけが残っていた。刀身のほぼ全ては消滅し、僅かな刀身部分と鍔、それに持つ部分である柄が残っていた。恐らく、俺の一撃が炸裂したときに刀身が割れ、残りの部分が吹き飛ばされたんだろう。実際、それを見つけたのは部屋の壁沿いだった。水路に落ちていなかったので、なんとか見つけることができた。
「んなこと言っても、あの状況じゃ仕方ないだろ? 二人ともやられてたかもしれないし」
「わかってる! わかってるけど、納得いかないのよ!」
「まあ、そんな怒るなって。命があっただけでも良しとしようぜ? さ、財宝を探そう」
結局、バエルが落とした拳二つ分くらいの黒い魔水晶は俺が貰うことになった。何もかもが気に食わなくて、いらないと投げ返されてしまった。バックパックはこれまでの階層で入手した魔水晶で一杯だったので、爆弾や回復薬がなくなってスペースが空いたポーチに入れておく。
ヤツが立っていた辺りを調べる。こんなところに一人でいて、何をしていたんだろうか。これだけ奥へ来ることを拒むくらいなので、絶対に何かあるはずだ。
水路と繋がるようにして、水が湧き出ている場所を発見した。そこから水路へと流れている途中に、紫の結晶が沈められていることがわかる。綺麗な水が、その結晶を通ることによって毒々しい紅紫の水へと変わっていた。
「こいつが、水を汚していたのか」
「どうやらそのようね。濃霧もそうだし、この水を吸い上げた木が毒みたいな色の葉に変わっているのも、これの影響に間違いなさそうだわ」
「よし、破壊しておこう」
火と土の魔石で爆弾を作り、少し離れて投げ入れる。炸裂してから覗き込んでみると、結晶は完全に砕けていた。水が紅紫色に変わることもなくなっていたため、影響を失くすことに成功したようだ。
それからは財宝探しに集中した。わかりやすく宝箱か何かを置いてくれれば楽なんだが、そのようなものは見当たらない。
周囲に溢れていた紫の濃霧も、いつの間にか晴れていた。水路の泥水と臭気が無ければ、なかなか神秘的な部屋だ。
祭壇の周辺を調べていると、太い蔦で覆われた壁に目を向ける。注意深く見てみると、そこには通れる道が確認できた。ここから、奥へと繋がっているようだ。
「リーネ! こっちに来てみろよ」
刀身の欠けた剣で蔦を斬ってもらう。少し小さいが、屈んで歩けば通れそうなトンネルだ。祭壇のある部屋は攻撃の跡だらけで何も残っていなさそうだし、ここを進んでみることにする。
辿り着いたのは、白い石壁の小部屋だった。中央に魔法陣がある以外、何もない小部屋。
「これって……ゲートだよな」
「恐らくね。入ってみる?」
「大丈夫……だよな? 魔物がうじゃうじゃいる魔界とか、そういう場所に繋がってなければいいんだが」
「蔦で道が塞がれてたんだし、ここを魔物が通ったことはないんじゃない?」
「なるほど、一理あるな。ここ以外何も無さそうだし、行ってみるしかないか」
二人で『ゲート』に入り、光に包まれる。行き先は天国か、地獄か、それとも……。
◇◇◇◇◇◇
そこは天国でも地獄でもなく、森林の広がる大地だった。霧が濃くて空が見えないが、毒の濃霧があるわけでもなく、木々も青々としていた。空気の味がわかるわけではないが、何か新鮮な感じがして清々しい気分になれる。
そこに迷い込んでしまったら二度と出ることは叶わないような深い森に、ここを通れと言わんばかりの細い道があった。
導かれるようにして進むと、そこには輝く水で満ちた浅い泉があり、中央にある岩に一振りの剣が刺さっていた。深い森、深い霧の中でも輝きを失わず、何かを待つようにして佇んでいる。
「凄そうな剣があるぞ。リーネ、抜いてみたらどうだ?」
「面白そうね、試してみるわ」
ブーツを脱ぎ、浅い泉の水の中をバシャバシャと歩いて行く。剣を両手で掴んだところ、身動きを取らなくなった。肩が上がり、体がプルプルと震える
「ダメ、びくともしないわ」
「よし、俺の出番だな。真の勇者なら、これが抜けるはずだ」
そんなことを言いながら、剣のところまで行く。同じように両手で掴み、ありったけの力を込めて引き抜こうとする。剣は地面と一体化しているかのように、動く気配がない。
先ほどの戦闘で使い切ったエルスだが、ほんの少しだけ戻ってきている。それを全て使い切るように力を込め、もう一度挑戦する。体を逸らし、全体重を後ろにかける。
僅かに、剣が動いた気がした。溜まったエルスを絞り出すように、全てを引き抜く力に変える。突如、俺の体がひっくり返った。後ろが水だったため、後頭部をぶつけずに済む。なんとか顔を出して握りしめた手の先を見ると、泉に刺さった剣が抜けていた。
ただし、剣の先に岩が付いたままだったが。
球体をした岩が、刃先に刺さったままだった。つまり、剣自体は抜けていなかった。剣が刺さった岩ごと、地面から掘り起こした形になってしまったのだ。
「アハハハハ! 何それ!」
「笑うなよ! ……剣が抜けたと思ったんだけどなぁ」
仕方なく岩ごと剣を持ち、グラドリーネのところまで運ぶ。
「ま、いいや。財宝ということで持って帰ることにする。リーネ、いるか?」
「ちょっと貸してみて」
地面に岩がつくように置いて、剣を渡す。グラドリーネは、そのまま動かなかった。
「――持てない」
「どうした?」
「持ち上がらないわよ、この剣。目茶苦茶重い。剣が重いのか、岩が重いのか、とにかく持てないわ。これはあんたの物でいいわよ」
そういうと、俺の体に立て掛けるように剣を押してくる。剣が岩から抜けないこと以外は、それほど重く感じないんだけどな。
「もうここには何も無さそうね。他に道はないのかしら?」
来た道以外の道を探し、深い森を見渡す。木々と草花が生い茂り、道なき道を進むのは無理だ。
一か所だけ、雑草で道が塞がれているトンネルらしき通路があった。祭壇奥の、ゲートがあった部屋に続く道のように、屈んで進めば通れそうだ。今度は石のトンネルではなく、自然の草花や木の枝で作られた獣道のような通路だが。
岩を引きずりながら、狭い道を進む。そこには見かけたことのあるような建物があった。
「これって、大聖堂か?」
「大聖堂の裏手に出たみたいね。こんな通路があるとは思わなかったわ。もしかしたら、バエルが道を封印していたのかも」
最初からこの道がわかっていればこの剣を見つけるのに苦労することはなかったが、目的としてはグラドリーネと仲良くなることだったので、むしろ見つけなくて良かった。道中様々な経験をしつつ、強敵のバエルを討伐できたこともあるしな。
「ま、一件落着ってところだな。無事、ダンジョンを踏破できたってことだろ?」
「そういうことね。財宝の少なさは期待外れもいいところだけど、収穫もあったし……帰ろっか」
「そうだな。でも、今は力がなくてあの木の枝を跳んでいくのは無理そうだ」
岩の刺さった剣はともかくとして、エルスがなければあの距離を跳んで渡るのはしばらく無理だ。休憩するか、別の道を探すか。
一度崖のほうへ行ってみようという話になり、深い木の谷へと到着した。相変わらず底が霧で覆われているが、紫の霧はどこか薄くなっているように見える。
「さっきの結晶を壊したおかげで、この森も少しは良くなるかもね」
もしかしたら、それが目的だったのだろうか。屈託のない笑顔を見せたグラドリーネは、喜びに満ち溢れていた。
「でも、下に降りて戻るのは無理そうだな」
「仕方ない、転移の魔石を使うわ」
「転移の魔石?」
「転移の魔法が込められた魔石よ。屋外で使えば、自分が設定した場所に戻ることができるの。結構高いから、できるだけ使いたくないんだけどね」
「へえ、そんな便利なものがあるのか。屋内で使ったら?」
「頭を天井にぶつけるだけね」
それだけ言うと、俺の腕を掴んでポーチから取り出した魔石を空へ放り投げる。ゲートに入るときのような少しの浮遊感を感じ、視界が光に包まれて意識が溶けていく。
視界が戻り、意識がはっきりしてくる。今朝六時頃に出て、十数時間ぶりに帝都ヴェラチュールへと戻って来ることができた。




