第033話 ミーミル大聖堂 第一階層
◇◇◇ ミーミル大聖堂 第一階層 ◇◇◇
ギルドブックの地図を開いて地名を確認すると、ここは『ミーミル大聖堂』という場所だということがわかった。先ほどの町の名前が『ミーミルの町』だったので、関連の施設か何かだろう。
何年も放置されているところを見ると、昔から魔物が住み着いてしまったのか、はたまた先ほどの毒の霧のせいでここに来られなくなったのか。
ついでに、自分のステータスも確認しておく。昨日はダンジョンに潜っていないが、『Lv4』そして『体力33』に上昇していた。溜まった経験値がレベルアップに達しているので、何もしなくても上昇したんだろう。
「外に魔物はいないみたいだな、やっぱり中か?」
今のところ、外の庭園部分には魔物が見当たらない。建物の中にいるんだろうか。
建物の正面には扉がついているが、あそこから堂々と入るべきか。
「そうね。とりあえず正面から入るわよ」
周囲を警戒しながら近づき、建物の入り口についてある両開きの扉に手を掛ける。力を込めて引くと、扉はゆっくりと開いた。
「おはようございまーす」
「誰に挨拶しているのよ……」
やはり人間はいないようだ。聖堂の中は横長の椅子が乱雑に並べられ、真っ直ぐに伸びていたであろう赤い絨毯も、見るも無残な布切れに変わっていた。
絨毯の先には、本来であれば祭壇か何か机のようなものがあると思うが、それが見当たらない。代わりに、地下へと続く幅広の階段が口を開けていた。
「ヒロト! 敵がいるわ!」
声のするほうへ向きを変えると、並べられていた椅子の間から不死族の魔物、グールが姿を見せていた。数は十数体といったところか。こいつは弱いが、ヤツの爪で傷をつけられると体が麻痺してしまうこともあるので、注意を怠ってはいけない。
「フンッ! セイッ! そりゃあっ!」
連中の体は脆く、槍の一振りで三、四体くらいはまとめて倒すことができる。声を出してテンポ良く敵を薙ぎ払う。グラドリーネも流れるような動きでグールの群れの中を駆け抜け、魔物を瞬殺していく。
敵を片付け、地下への階段を見下ろす。足を踏み出そうとすると、見えない床に阻まれて、階段を降りることができない。足でその床を蹴ると、水面に石を落としたときのような波紋が広がり、何かが侵入を妨害していることがわかる。
「なんだこれ?」
「結界ね。単純に出入りできないようにしているようだわ」
「どうやって壊すんだ?」
「そうね、大体は魔水晶のような魔力の結晶体で制御していることも多いから、それを破壊すれば大丈夫だと思うわ」
「それがこの広い聖堂のどこかにある、と」
「魔物自身の命がトリガーになっていることもあるわ。その場合は、該当の魔物を倒せば結界が消えるはずよ」
グラドリーネが言うには、結界の魔力を維持するような『何か』が、どこかにあるはずだという。
それは結晶体だったり、動く魔物だったりと、形は様々らしいが、いずれにしても魔力の根源であるため、目立つ場合がほとんどらしい。
「手分けして探すわよ。ヒロトは右側のルートをお願い」
「一緒に行動したほうが良くないか? こんなダンジョンで分かれるなんて、危険だろ」
「あれれぇ~? ヒロトって寂しがりなの? それとも弱いから不安なのかしら?」
目を細めてニヤニヤしながら挑発するように言ってくるエルフ。静かにしていれば、話しかけるのもはばかられるほど息をのむ美しさを持つ女性なのだが、こういう人間味のある顔を見せてくれるほうが親しみやすくて俺は好きだ。
何にせよ、彼女なりの気遣いなんだろう。どっちもだと返したいところだが、馬鹿にされるか変に心配されるかのどちらかなので、やめておく。ともかく、この階層の敵がさっきのグールみたいに弱ければいいんだが。
「それじゃ、パーティを組んでおこう。そうすればマップに表示されるから行動がわかりやすい」
「それなら問題ないわ。あんたは私の依頼を受けているんだから、依頼主の居場所はマップに表示されている。つまり、パーティを組まなくてもお互いに場所がわかるのよ」
そういえばそうだった。パーティに誘うチャンスだったのだが、見事に失敗してしまった。しかも、上手い言い訳でこちらも反論できない。残念だが、次の機会をうかがうことにしよう。
「それじゃグラドリーネはそっちを頼むよ」
「私のことはリーネでいいわ」
「わかった。それじゃ探索が終わったらここで落ち合おう」
こうして、俺は右のルートを、グラドリーネは左のルートを回ることになった。
元々は人間が使っていた建物なので、移動はしやすい。建物の損傷も、想像していたよりはひどくない。白塗りの壁が汚れ、裂け目からは蔦が伸びていたりするが、扉などはそのまま開け閉めができる程度にしっかりしている。ダンジョン化した弊害か、恩恵と言うべきかはわからないが、そこかしこに小さな魔石も埋まっており、いざという時に使うことができそうだ。
かなりの数の小部屋が存在するが、あまり奥までは入りたくない。巨眼生物の幻惑で部屋に閉じ込められた記憶を思い出してしまう。トラウマというほどではないが、今は頼みのグリムもいなければグラドリーネもいないので、自分一人では対処できない可能性がある。それを考えると、慎重にならざるを得ない。
そうなった場合は、別の場所にいるグラドリーネに助けてもらうしかない。一緒に部屋に入ってしまっていたらどうしようもないが、離れて行動しているため罠にかかるのは片方だけという利点があった。
片っ端から部屋を開けて中を覗いていくが、それらしき物体は見つからない。目立つ物だというが、部屋の中にはボロボロになった机や椅子、本棚といった元いた人間が使っていたであろう物品ばかりだった。
時折、グールが床から這い出てきたり、空間を裂いて出現する程度で、戦いで苦労することもなかった。ギルドマップを見る限りでは、聖堂から左右に伸びる通路は四角形を描くように繋がっていて、このまま進んでいけばグラドリーネと合流する形になる。
ある小部屋に入ると、妙な違和感があった。今までは、どの部屋も壊れた物で溢れていたが、この部屋だけはそういった人間が使うものが置いておらず、何も無い空間になっていた。中央までいくと、部屋から出たくなるような嫌な気を感じて、思わず外へ出てしまっていた。
「今のは、魔力か……?」
自分で自分に問いかけるように声を出す。俺の直感が正しければ、今の部屋に『何か』がある。
壁に埋まった白い半透明の魔石の周りを槍の石突きで削り、光の魔石を入手する。これにエルスの力を加えて、魔法を破壊する魔法、『ディスペル・マジック』と同じ効果を発生させる。何もなければそれまで、何か起これば俺の直感が正しいことになる。
光の魔石は手にすっぽりと隠れる程度の大きさだが、どれくらいのエルスを込めれば魔法効果を消滅できるのか。前に使った感覚を思い出し、少しよりも気持ち多めに力を込めて部屋の中央に投げつけた。
砕けた魔石が少しの間辺りを照らすと、元々あった白い壁や床が溶けていき、部屋の雰囲気が激変していた。それは部屋というより、生物の内臓のように胎動していて不気味だった。そして中央には、それまでなかったはずの人間大の巨大な結晶が、紫の輝きを放ちながら宙に浮かんでいた。
あれが魔力の根源であることは間違いない。問題は、どうやって破壊するか。足を踏み入れて槍で突くというのは簡単だが、万が一爆発したり、生物のような壁と床に飲み込まれるといった罠が仕掛けられているかもしれないと思うと、なかなか踏み出せない。ここは、遠距離攻撃で破壊すべきだ。
そこら中に転がっている手頃な石を取り、エルスの力を込めて勢い良く投げつける。振りかぶったその石は、結晶に衝突してめり込んだが、破壊するほどの威力はなかった。
他に何か方法はないかと考えたとき、エルノアから教わった魔石の使い方を思い出す。
壁に埋まった火の魔石と土の魔石を削り出し、土の魔石を粘土のように伸ばして火の魔石を包み込む。土の魔石は、粘土のように変化させた後は固まる性質があり、壁などの補修工事に良く使われていると聞く。そして、火と土を混ぜると『爆裂』の力が発生するのも習った。
単体での使い道だけでなく、複合させることでいくつもの可能性が生まれるのがこの魔石の面白いところである。
こうして、火と土の魔石によるこの世界特製の『爆弾』を作る。こんな簡単に危険な物が作れて大丈夫かと思ったが、普通ならこれだけでは爆裂は起こせない。俺はスキルによって自分自身だけじゃなく、自分の体から持っている物にもエルスを送り込むことができるので、こういった使い方もできるんだろう。エルスや精霊の扱いに長けた高位の魔術師なら、俺と似たようなことができるみたいだ。
ソフトボール程度の大きさになった爆弾の中心にある火の魔石に、力を送って点火するように意識する。それを結晶の床に投げつけ、扉を閉めて急いで部屋を離れる。
数秒後、落雷のような耳をつんざく轟音と共に爆弾が破裂し、扉ごと壁が崩壊する。周囲に立ち込めた白い煙を槍で発生させた風で払うと、そこには粉々に砕けた結晶の欠片が散らばっており、胎動していた肉の壁も、紫の血を吹き出しながら生気を失ってその活動を停止していた。
爆音を聞いたグラドリーネが、通路の向こう側から駆け寄って来る。事情を説明すると、ニッコリと笑いながら肩をバンバンと叩いてきた。
「やるじゃない! 脳みそ筋肉な戦士かと思ってたけど意外と器用なのね。恐らくこれで地下へ行けるはずよ」
中央に戻り、階段を塞いでいた魔力の壁を確認する。先ほどまであったはずの光の障壁が無くなり、階段に踏み入れることができた。
「ここからが本番ね。気を引き締めて行くわよ」
まだ気を引き締めていなかったらしい。気楽なものだ。熟練の冒険者が成せる余裕というものだろうか。
俺はさらに気を引き締めて、地下へと歩を進めた。




