第031話 判明した謎
「イメージしていたのと違うんだが」
帝都を見て回ったときに見つけた、小奇麗な酒場で晩飯を取る。
明るすぎない店内で、落ち着いた雰囲気が気に入り、エルノアとここにしようと話していた店だ。
中央から多少離れているおかげか、少人数のパーティが多く、騒がしい客はいない。
一番うるさいのが、俺の隣に座る全身緑のエルフだった。
「だってあんたらはもう私のこと知ってるし、格好良いエルフの演技なんていらないでしょ? 細かいことは気にするなー!」
酒も飲んでないのに酔っぱらっているような素振りで、肩をバンバンと叩いてきたり、何かとスキンシップが多い。俺としては嬉しいのだが、初めて会ったときのような美人のイメージが大きく崩れてしまった。まあ、これはこれで接しやすいし、むしろあの冷徹な感じよりは良かったかもしれない。
「あ、今日あんたのおごりねー。私お金使いたくないから」
耳を引っ張ってきたり、頬っぺたを指でつついてくるなど、イタズラが多い。本当にこの人は『緑の風の勇者』とか呼ばれている人物なんだろうかと不安になる。
「もっと落ち着いて食えよ。エルやグリムを見習ってくれ」
エルフの勢いに押されてか、エルは静かだった。グリムは……いつも静かなので、変わりなかったが。
「いやぁ、こうやって多人数で飯食べるの久々だからさぁ、楽しくって。それに、他人の金で食べる飯だし、最高ぉー!」
骨付きのチキンを一人で平らげ、指まで舐めてしゃぶり尽くす。こっちを上目遣いで見ながら、指の側面をなぞったり、指先を口に含んだりと、下品な食べ方をしていた。
「どう? 興奮した?」
「するか!」
チョップで脳天を一撃し、下品な食べ方をやめさせる。こんな姿を見たら誰も勇者などとは呼ばないだろうな。
「いっ、痛い! うっ……うううっ……」
わざとらしく頭を抱えて痛がる様子をするが、もうその手には乗らない。
「プププ……あのときのあんたの顔、最高だったよ」
「もうあんなことはやめろよな、俺みたいに傷つく人をこれ以上増やすんじゃない!」
グラドリーネが相手の実力を確かめるための試験。あれは色んな意味で最低だった。
体の痛みは休めば治るが、心の傷はそう治らないんだよ。男だって繊細なんだ。
料理は四人分どころか、五、六人分くらいは注文していたが、全て平らげてしまった。
美味いのもあったが、この細い体のエルフ、かなりの食欲だ。グリムはあまり食べないし、俺とエルノアも並みだったのだが、ここに来てエルフ一人で二、三人分は食事の量が多くなっただろう。エンゲル係数が一気に増加し、金銭的に大ダメージだ。
「それじゃ、明日の朝六時に『ゲート』前に集合ね。前に言った通り、連れていくのはあんただけだから。残念だけど、そっち二人は一緒に行けないだろうからね」
「二人が行けないって、どういうことなんだよ? 二人制限のダンジョンなのか?」
「んー、そうじゃない。飛べない人は、ダンジョンへ行けないのよ。まあ、明日になったらわかることだから。それから、明日はちゃんと準備してきなさいよ? たぶん明日中に家に帰るのは無理だから」
「何だって? ダンジョン内で一晩過ごすのか?」
「恐らくね。まあ、あんたが強くてダンジョンも楽勝だったらその限りじゃないけど」
考えを頭の中で巡らせているうちに、腹を膨らませたエルフはそのまま店を後にしていた。まるで風のように素早く、静かに、その場から消え失せていた。
「グラドリーネのやつ、本当にタダ飯食って逃げやがった!」
◇◇◇◇◇◇
腹をさすりながら食料品を売っている店に寄り、明日の朝、昼、夜の三食分を購入して宿屋に戻る。彼女の言ってたことが本当なら、昼飯や夜飯はダンジョンの中で取ることになりそうだ。あまりかさばらないもので、腹持ちが良さそうな硬いパンと干し肉、リンゴ、それに卵を購入しておく。他にも何かエルノアが買っていたようだが、恐らく明日の朝の分だろう。
「卵、どうやって保存するんだ? すぐに痛むだろ」
「大丈夫、簡易冷蔵庫がありますから」
そういってエルノアが大きなバックパックから青色の小箱を取り出してくる。
水と風の魔石を応用した、保冷箱らしい。
「ここに水の魔石と風の魔石の欠片をはめておくと、中が長い間冷えた状態を保ってくれるんです」
箱の端にある窪みに青と緑の魔石を取り付けると、微かに冷たい風が流れてきた。これが、冷蔵庫の役目を担ってくれるらしい。電気がいらない、携帯して運ぶことが出来るという素晴らしい特徴を持った冷蔵庫だ。
「そんなものまであるのか。魔石ってほんと便利だなぁ」
「まだお話していなかったかもしれませんが、水と風を合成すると、『氷結』の力になるんですよ。火と土を混ぜれば、『爆裂』の力になります。魔石だけじゃなく、魔法でも同じことが可能なんですよ」
さりげなく、重要なことを聞いた気がする。魔法の使えない俺にとっては、魔石の使い道を詳しく知ることはかなり大事だった。ある意味では、魔法を学ぶことと同じだ。
「よぉし、明日の準備が終わったら、三人で勉強会だな」
エルノアが準備していた、父親が使っていたというたすき掛けのリュックに必要な食料を入れ、激しく動いても中が揺れたりしないようにパッキングする。明日は、これを背負いながら戦ったりしなければいけない。
後は、明日の朝に用意する食料と飲み物を詰め込めば、完成だ。
準備が終わった後は、グリムも交えて属性や魔石のことを教えてもらった。
いくつかの便利そうな使い方は覚えたが、まだまだ勉強する必要がありそうだ。
「そろそろ風呂入って寝るか。グリム、一緒に入ろうぜ。一人ずつだと時間かかるからな」
グリムの性別のことも忘れていなかった。結局、これしか確かめる方法はない。まだ女だと決まったわけでもないし、下心があるわけじゃない。手っ取り早いのが、これだ。
いつもの流れからすると断られるかと思っていたが、なぜか拒否されるわけじゃなかったので着替えを持って脱衣所へ向かう。
「ちょっと、ヒロトさん! 女の子と一緒に入るんですか!?」
「確認するにはこれしかない。エルと一緒に入って男だと判明するのは大問題だからな」
何か言いたそうな顔をしたエルノアだったが、無言で着替えを渡してくる。グリムの分ということで、女の子用だ。
「じゃあ俺先に入ってるぞ」
「わかった」
ささっと服を脱いで先にシャワーを浴びる。浴室は狭いのでシャワーで一人、湯船に一人が丁度いいだろう。グリムは脱ぎにくそうなローブを着ているし、俺が先に体を洗ってから湯船につかっておけば大丈夫だ。
水洗便所と同じく、この世界の風呂は日本で使っていたものと同じよう温水が出るし、風呂も丁度良い熱さだ。帝国の首都である帝都ヴェラチュールは、ヘイムダル王国よりも設備が良く、ほとんどの宿屋に風呂が付いているという。久しぶりに、というよりはこの世界に来て初めて湯船に浸かれて満足だ。
この設備を作ったのが、帝国の現皇帝だ。功績が認められただけで皇帝になれるものとは思えないが、当時流行っていたの疫病を防いだことはそれほどまでに重要なことだったんだろう。
俺としては、綺麗なトイレと風呂が使えるならこの世界でやっていけそうだと思ったくらいで、本当にありがたかった。いつか皇帝に会えることがあったら――恐らくはないだろうけど――是非お礼を言いたいものだ。
風呂場にシャワーの熱気が充満し、湯気で視界が白くなる頃、グリムが入ってきた。
俺が湯船に移動し、グリムがそのままシャワーを浴びる。俺もそうだが、石鹸やタオルの準備を忘れていたので、素手で体を洗っている。
なんとなくグリムのほうを見る気になれず、天井を眺めていた。シャワーを止めたグリムが、湯船のほうに入ってくる。全身を浸かるのは無理だが、俺が足を開いてグリムが三角座りをすれば窮屈だが入れる。
一緒に入ろうとはいったが、一緒に湯船に浸かるとは言ってなかった。まあ、シャワーだけだと体が冷えるし、いいか。
「グリムって、ヘイムダル国王に指示されて俺の世話をやっているんだよな?」
「いや、違う。君を監視するのは僕の使命だ。興味深い対象でもある」
「そうなのか。ま、何でもいいけど。いつも助けてもらってるし、欲しいものとかあったらちゃんと言ってくれよな」
「欲しいもの……」
下を向いて考えているようだ。三角座りをしたグリムは、肝心なところが隠れて見えないのだが、華奢な体をしているのはわかる。ちゃんと飯を食わないからそうなるんだ。これからはきちっと飯を食わせていかなきゃいけない。
「僕は先にあがるぞ」
湯に浸かっていた時間はだいぶ短かったのだが、もうのぼせたのだろうか。珍しく顔を火照らせたグリムが勢い良く立ち上がる。
俺の目線が、丁度ある部分を直視する形になり、頭が真っ白になった。寒気がするわけじゃないが、風呂の熱さを感じない。驚きのあまり、体の感覚がわからなくなっていた。
どう対応すればいいか困り、グリムが風呂を出て行ったあとも体の硬直が解けなかった。
我に返ったときには、買ってきた衣服ではなくローブを着て脱衣所を出ていったところだった。
「ちょっ、ちょっと待てえええぇぇぇぇぇ!!」
裸のままグリムを追いかける。それまで謎だったことが判明したことを、ようやく理解していた。
「きゃあ! 何で裸なんですかぁ!」
「そっ、そんなことより、グリム……」
「なんだ?」
「――女、だったのか」




