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第030話 エルフの冒険者

 帝都の街並みを歩きながら、武器屋や防具屋といった冒険者用の店だけでなく日常で使う衣服などを見て回った。

 グリムの服は結局女物を買ったわけだが、男だった場合は俺の分を少し渡して使わせ、余ったものはエルノアが着るということになっている。


 問題はその確認方法だった。今まで幾度となく男か、女かと尋ねたのだが、結局はぐらされてしまった。なぜそこまで性別を隠すのかは知らないが、これから先、一緒にやっていく者としては宿屋のこともあるし知っておく必要がある。


 正直なところ、俺としてはどちらでもいいと思っている。パーティとかハーレムとか関係なく、この世界の常識を知らない俺にとっては大事な人間の一人だ。それに転生したことを知る数少ない人間でもあるし、そういうことを隠さなくてもいい相手っていうのは大事だ。

 もっとも、転生してきたことを絶対に隠さないといけないというわけでもない。

 だがその説明も難しいし、面倒(めんどう)極まりない。頭がおかしなヤツと思われたくないのもあって、田舎の出身ということで誤魔化(ごまか)している。


「ふう、戻ったぞー」


 まだグリムが寝ているかもしれないので、なるべく静かに、音を立てないように入室する。

 白いローブを(まと)ったまま、仰向けに横たわっている。毛布を掛けたりは一切しておらず、不自然な寝方をしていた。


 買ってきた衣服や歯ブラシ等の小物を空いているベッドへ置き、グリムに近寄って確認してみる。ブーツを脱いだ足を初めて見たが、それは男の足には見えないほど華奢(きゃしゃ)だった。普段は眼鏡に隠れて見えないまつ毛も結構長いし、唇はぷるんっとしていて綺麗な顔をしていた。


「やっぱりどう見ても女の子ですよ」


「こうやって、しっかりと顔を見たことがなかった気がする……」


 やっぱり、女性なんだろうか?

 そうこうしているうちに、グリムが目を覚ましてしまった。


「……何か僕に用事か?」


「悪い、起こしちまったか」


 とりあえず確認するのは夜まで待とう。夜になれば、チャンスは必ずあるはずだ。


「依頼主が帰ってきたのか?」


 どうやらグリムは依頼主が帰ってきたので起こされたと思っているようだ。

 そういえば、ここを出てから全く確認していなかった。


「おっ……依頼主(グラドリーネ)の場所が帝都になってるぞ!」


 ギルドブックの一ページと化した依頼書を見ると、現在の居場所が帝都ヴェラチュールになっていた。ということは、マップのページを見れば彼女の居場所が表示されているはずだ。


 俺たちがいるのは帝都の中央からだいぶ南に行ったところだ。自分たちの位置も表示されているが、グラドリーネの場所が表示されていない。

 いや、表示はされている。俺たちの場所と、彼女の場所が、一致しているんだ!


 それに気づいた瞬間、部屋のドアがコンコンとノックされた。

 部屋の外に来ているんだ。身だしなみチェックも、心の準備もしていないのに、向こうからやってきてしまった。

 自分の望むタイミングやペースで物事を進めようと思っていても、こういった異常事態が発生することもある。こういうとき、慌てたほうが負けだ。

 深呼吸で自分の気持ちを整え、ドアを開ける。


「こんにちは。あなたが依頼を受注してくれた人かしら?」


 そこには、美人という言葉では到底(とうてい)形容(けいよう)しきれないほど美しい女性が立っていた。

 エルフ族の特徴である長く尖った耳を持ち、さらりとしていて(つや)のある若葉のような薄緑(うすみどり)色の髪は、しなやかに肩を流れている。

 髪よりも若干濃い色をした緑のチュニックを着て、腰にはポーチ付きの革のベルト。さらに袈裟掛(けさが)けにした革ベルトで背中の剣と盾を固定しているようだ。腕と足には、それぞれ腰のベルトと同じ茶系のガントレット、ブーツを装備している。

 装備だけを見ると旅慣れた冒険者にしか見えない。


 宝石のような、大きな緑の瞳を(するど)縁取(ふちど)るその表情は、恐ろしいほどに美しい。

 花飾りのカチューシャが可愛らしさを加算し、まさに無敵だ。

 俺が目標とし、追いかけているミリアルデに勝るとも劣らない美貌(びぼう)の持ち主が、今目の前にいる。体が熱を帯び、息が荒くならないよう意識的に注意する。


「ねえ、入っていいかしら?」


 どれくらいだったのか、あまりの美しさに見とれてしまっていたらしい。これが状態異常、『魅了』か。


「おっと、失礼。こちらへどうぞ」


 彼女を部屋に招き入れると、エルノアが窓際の椅子を近くに持ってきていた。

 周囲を確認しつつ、一人一人の顔を覗き込む。用意した椅子に座る様子はない。


「ふぅん、なるほど。戦士、魔術師、それから戦士(けん)荷物持ちという感じのパーティね。今回私が希望するのは一名だけ、戦士タイプのあなたよ」


 そう言って俺を指差す。ご指名、ありがとうございます。


「共にダンジョンへ行ける人物か、実力を試させてもらうわ。武器は持たなくていい。今から町の外れまで行くからついてきて」


「二人も行っていいよな?」


「ええ、構わないわ」


 ◇◇◇◇◇◇


 宿屋からさらに南下し、帝都を囲む城壁(じょうへき)まで来ると、そこは人気のない、広い道だった。外へ繋がる大きな門が近くにあるが、今は閉まっていて開きそうもない。

 武器も持たず、エルノアとグリムについてきてもらっていたが、一体ここで何をしようというんだろうか。


「今から私があなたに素手で攻撃を仕掛けるわ。それを全て回避するか、受け止めてみて」


 彼女は剣と盾を持っているが、使うつもりはないようだ。さすがにあれで斬られたら痛いどころじゃ済まないし、素手ならなんとでもなるだろう。


 そう思っていた俺は、次の瞬間吹き飛ばされていた。

 エルフの掌底打(しょうていだ)が俺の腹に炸裂(さくれつ)し、体が宙を舞う。三十メートル近く離れた位置でなんとか着地するが、足に力が入らず(ひざ)をついてしまった。受ける瞬間、反射的に体を()らして腹に力を込めたおかげか、辛うじて致命傷は避けられた。少しでもずれていたら、今頃みぞおちを強打して呼吸困難になり、死ぬ思いをしていただろう。

 もちろん避けたとはいえ胴体へのダメージは相当なものだ。腹に入ったはずなのに、足にも影響を(およ)ぼしている。

 人間に対してここまで容赦ない攻撃をしてくるとは、正直思ってもみなかったので驚きだ。


「ごめんなさいね、これで耐えられない人間とダンジョンを共に攻略するなんて無理なのよ」


 理屈はわかる。ダンジョンでは弱い者はただエサになるだけだ。だが、あまりにもやり方が悪すぎる。

 体に火が付くのを感じる。怒りにも似た力だ。

 『万象自在(エルス・フィーダ)』を使って溜まったエルスを少しだけ足に送り、力を込めて一気に地面を蹴る。

 放物線を描くように飛ぶのではなく、超スピードで最短距離を、地面スレスレの高さで飛んでいく。グラドリーネがいる位置ギリギリで止まると、急停止(きゅうていし)したことで砂埃(すなぼこり)が舞い上がる。突風が砂埃を払うと、彼女は微動(びどう)だにせず静止していた。


「言い分はわかる。だけどいきなり人に向かって殴りかかるのは良くないだろ。それに、ダンジョンを攻略したいならきちんとしたパートナーを見つけて共に育み、乗り越えていくべきだ」


 なんとか怒りを抑えて彼女を(さと)す。冒険者としてのレベル、ランクは彼女のほうが圧倒的に上だろうが、彼女の人としてのマナーは最低レベルだろう。


「体力、耐久力は問題無し。ジャンプ力もあるみたいね。上から目線なのが鬱陶(うっとう)しいけど、合格にしてあげるわ」


 そういうと体を(ひるがえ)してどこかへ行こうとする。


「まだ話は終わっていない。君はいつもそんなやり方で人を選別しているのか?」


 彼女の腕を掴み、逃げられないようにする。少し強めに力を入れているので、絶対に逃げられないだろう。


「いっ、痛いっ! (はな)してっ!!」


「えっ!? す、すまん。痛かったか?」


 つい、手を放してしまった。加減はわかっているつもりだ。多少力は入れたが、有名な冒険者が痛みを感じるほどでは決してなかったはずだ。

 俺はその場でうずくまっているエルフを見て、戸惑(とまど)うしかなかった。


「プッ……フフフッ……アハハハハッ!」


 突如として、苦しがっていたはずの彼女が笑い出す。

 目に涙を溜めるほど、笑いこけている。


「あんた、面白いわ。『痛い』って言われて放しちゃうなんて、ドジな人ね。そんなわけないじゃない!」


 人差し指を人に向けるんじゃない!


「何なんだよ、君は!? 今までやたらと真剣な顔でやり取りしてたのに、笑いすぎだろ! ちょっと調子(くる)うって」


「フフッ、ごめんなさいね。あんたがあまりにも面白かったから。怒って殴りかかって来る人やそのままぶっ倒れた人ならたくさん見てきたけど、あんたみたいなお人好し、初めてだったからおかしくって」


「どこがおかしいんだよ!? 普通、間違ったことやってたら教えるだろ!」


「あんなことされたら、普通は怒るわよ。でもあんたはそれを我慢してすごい剣幕で説教してきた。それだけでも面白いのに、痛いって言われて素直に手を放しちゃうなんて、ちょっと人が良すぎじゃない?」


 指で溜まった涙を払いながら、何とか笑いをこらえようと唇に力を込めているのがわかる。真剣だったのを笑われて気分を悪くしたが、力を込めて握った腕は痛くなかったようで、ほっとしてしまった自分もいた。さきほどの怒りはどこかへ行ってしまったようだ。


「別に人が()いわけじゃない。人に対して、とりわけ女性に暴力を振るうのが大嫌いなだけだ。だから痛いと言われて手を放した。それだけだ」


「そういうことだから、あんたは合格ね。ほんとなら男となんて組むつもりなかったんだけど、あんたならいきなり乱暴してくるようなこともしなさそうだし、組んであげる」


 途中から『あんた』呼ばわりしてくるこのエルフは、屈託(くったく)のない笑顔でそう言ってきた。

 笑われた悔しさとか怒りとか合格の喜びとか、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)な気分でなんともスッキリしないのだが、とりあえず良かったと思うべきなんだろう。


「なんてエルフだ! 君は『勇者』とか呼ばれてる自覚はあるのか?」


「勇者なんかじゃない。私は森に(こも)るより冒険を選んだだけの、単なる『エルフ族(グラドリーネ)』よ」


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