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第029話 帝都での買い物

 二、三十分はボーッと過ごしていたかもしれない。本を読む二人と違って暇を持て余した俺は本当に何もやることがない。ダンジョンに潜ることもできず、依頼者の『グラドリーネ』がいつ戻って来るかもわからないので、帝都で待機を余儀(よぎ)なくされている。


 ここのダンジョンに潜るには『ランク』が低くて無理だという。ランクの順番は『(ギフト)』『(フリー)』『(エントリー)』という並びになっていて、その上にD、C、B、Aと続くだろう。

 ランク『E』になれば帝都のダンジョンに入ることができる。俺のレベルをあと十七あげることで、ランク『E』になれるわけだ。しばらくは、別のダンジョンに潜るしかない。


 今はなんとなくやる気が出ない。何かをやろうという気持ちが起きない。

 ベッドで横になるのも考えたが、今それをやると間違いなく寝てしまうだろう。さすがにそれは勿体無(もったいな)いし、夜寝られなくなると困るので、なんとか眠気を耐える。


 何か聞きたいことがあったような気がして、エルノアの横顔を眺める。熱心にじいさんから受け継いだ本を読み進める鍛冶屋の娘。鍛冶屋といえば、地下迷宮で鉄か何かの話をしていたことを思い出した。興味深い話だったが、探索中だったので途中までしか聞けていなかったことだ。


「なあ、エル。昨日の探索中に魔石と金属の話をしたのを覚えているか? あれの話の続きが聞きたいんだが」


「え~っと、何でしたっけ? あ、『合成錬金(ごうせいれんきん)』の話ですよね!」


「魔石と金属を合成するとかいうやつだな」


 エルノアが本をバンッと閉じ、やる気に満ちた表情でこちらに向き合う。俺も(くず)れた座り方をやめ、木製の椅子に座り直す。


「え~と、説明しましょう! 合成錬金っていうのは、様々な物を合成するときに使用する錬金術の一つです。お話した通り、火の魔石と(てつ)を合成すると、上手くいけば『隕鉄(メテオライト)』という新たな素材に変化します。水の魔石と(どう)は『浮遊石(アダマンタイト)』、土の魔石と(きん)は『剛金(オリハルコン)』、風の魔石と(はがね)は『綺羅鋼(ティンクトゥラ)』、光の魔石と(ぎん)は『聖銀(ミスリル)』、そして闇の魔石と(なまり)は『暗黒物質(ダークマター)』となります」


 この中でも、『隕鉄』はまだ成功率が高い金属らしい。土属性を得意とするドワーフ族は『剛金』の成功率が高く、風属性を得意とするエルフ族は『綺羅鋼』の成功率が高いというが、どちらも金属の中では希少価値が高く、高値で取引されているとのことだ。隕鉄以外の五つの合成金属は、いずれも作るのが難しいことがわかった。


「おじいちゃんも剛金の合成は何度か挑戦しているんだけど、出来たのはほんの少し。金は合成前の金属の中でも貴重だから、あまり無駄に消費できないんですよね。綺羅鋼のほうは剛金と同じくエルフ族の方でも上手くいかないことが多いそうです。私もいつか合成錬金で良い素材を作ってみたいです。それで、武器とか防具とか作れたら幸せですよね~」


 説明をするエルノアは、テーブルに肘をつき、両手で顔を支えながらニヤけた顔をしている。説明半分、妄想半分といった感じで、カッコよく錬成している自分を思い浮かべているのだろうか。

 六種類の魔石に、六種類の金属があって、それぞれに相性がある。貴重な金属を作ることができるなら、売ってよし、武具を作ってよしと、今後の冒険にも役に立つこと間違いなしだ。是非ともエルノアには合成錬金を極めてもらって、全ての金属を生み出せるようになってもらいたい。


「ヒロトさん! 帝都の店を見て回りませんか? なんだか私、錬金意欲(いよく)がどんどん湧いてきました!」


 紫に輝く瞳を一層輝かせながら、テーブル越しにずいっと顔を近づけて来る。

 一気に顔を近づけられたせいで、相手の顔がはっきりと見えない。俺から前に出れば、思わずキスしてしまいそうなほどの距離だ。どうするかという考えを巡らせる前に、あまりの迫力に気圧(けお)されたのか反射的に顔を引いてしまったのだが。


「どうせ暇だし、行こう! グリムも来るだろ?」


 帽子を脱ぎ、ベッドに腰かけながら本を開いているグリムにも声を掛ける。

 当然、ついてくるのかと思いきや――。


「僕はここで少し横にならせてもらう」


 まさかの、拒否。

 あれだけ疲れも見せない、座ったりもしないグリムも、ここに来て疲れが出たのだろうか。


「大丈夫か? 疲れているのか」


「僕のことは気にするな」


 いつもの返事をされてしまい、足のほとんどが隠れるほど長いローブを着たまま、横になってしまった。疲れている人を無理やり連れていく必要もないし、誰にでも休息は必要だ。


「わかった。じゃあ留守番頼むな」


 それだけ小声で言っておき、俺とエルノアは宿屋を後にした。


 ◇◇◇◇◇◇


 帝都では、町の中央から東西に伸びる直線の広い道を挟むようにして店が建ち並ぶ。武器屋、防具屋はもちろんだが、青果店(せいかてん)や酒場まで、必要な物があればここに立ち寄るだけで全て揃うというくらいの商店街だった。

 どの店も、祭りの出店(でみせ)のようにいかに客を呼び込むか、様々な工夫がなされている。桁が一つ間違っているんじゃないかと思うような値段の商品も多かったが、酒場などは思っていたよりは安めで、今日の夜はどこで食事を取ろうかとエルノアと楽しく話し合っていた。

 他にも、生活雑貨や衣服など冒険では直接使わないものを売る店もあり、エルノアと意見が一致してこの店に入っていた。


「私やヒロトさんの分はあるけど、グリムさんの服は準備してないんですよね」


 そりゃそうだ。グリムの準備はいつもの本とローブはそのまま、先が折れているとんがり帽子を(かぶ)ってきただけだったからな。


「じゃあここで買っていってやるか。あのローブのまま寝るのはさすがに苦しそうだ」


 買うということになったのはいいが、問題は、どっち(・・・)かということだ。

 男なのか、女なのか、実はまだはっきりしていない。俺はこの世界に転生してきたときに見たあいつの印象が、どこか冷たい魔法使いという感じだけで、男だと思ってしまった。その後も「僕」という言葉遣いのせいで、女と見たことはない。確かに、男にしては声が高いのだが、女の子らしい仕草(しぐさ)は一切していない。


 一方で、エルノアは絶対女だという。同性の直感なのか、どこを見てそう思ったのか。


 体形を見ようにも、ローブによって覆われているため体のラインを見ることはできないし、両手は手袋で、足は長いローブとブーツで全て隠れている。口元もローブと同化しているような白いケープの(えり)を立てているため、見えない。鼻から前髪までの部分くらいしか、肌の部分は見えない。

 唯一(ゆいいつ)女らしい部分があるとすれば、髪の毛の長さだ。グリムは基本的に俺の後ろをついてくるだけなので、後ろ姿を見たことなかった。正面から見る限りだと、前髪など少し髪の毛が長いなー、くらいの印象しかなかったが、実際は後ろの髪が長く、きつい三つ編みにしていることがわかった。

 ローブの中に髪の毛を入れているため、どれくらいの長さの三つ編みなのかはわからないが、少なくともロングヘアだということはわかる。単純だが、長髪は女性の特徴の一つだ。男で長髪な人も中にはいるが、絶対数はかなり少ないだろう。この世界では、一般的に男性であっても髪の毛を伸ばすという常識があるのであれば、また話がややこしくなるが。


「もし! 万が一! 男性だったらヒロトさん用の服を着てもらえばいいですから、女性用を買っていきましょう」


 結局、自分の意見を貫き通すほどの自信がなくなった俺が折れて、女性用の服を買うことになった。身長は若干グリムのほうが高かったような気がするが、エルノアとはあまり差がないので服選びは彼女に任せておいた。というのも、女性用の下着類が置いてある広場には、どうも恥ずかしくて入る勇気が出なかった。ましてや、ジロジロと見たり手に取ることは無理だ。


 宿屋へ帰る前に、良さそうな武器屋に立ち寄っていた。武器屋の孫ということもあって、目を血走らせて睨むように見ている。俺も見て回りたかったが、荷物を持った状態で店内をうろつく気になれず、女性用の服選びに気疲れしていたので、外で待っていた。


 しばらくして戻ってくると、鼻息を荒くして興奮した様子で武器屋の様子を語りかけてきた。

 エルノアの専門用語は、宿屋に着くまで俺の耳を素通りし続けた。


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