第028話 勇者の依頼書
「グラドリーネは、孤高の冒険者だ。エルフっていやァ、弓と魔法! って印象が強ぇんだけど、彼女は剣と盾を使う狩人さ。そこに魔法が加わってまさに敵無しって感じだが、それだけじゃねェ。宝箱も罠もホルトス族顔負けの解錠、解除能力でどんなダンジョンだろうと容赦無く攻略していくってぇ話だ。特に誰も入れない、攻略できないダンジョンがお好きらしいぜ。あ、知ってると思うがホルトス族ってぇのは俺みたいなやつのことさ。器用さと、素早さが自慢のホルトス族さァ!」
金貨を渡すと、とにかく持っている情報を教えてくれる。話してもらえるうちはそのまま聞き続けて、相手の話を遮らないほうがいいだろう。下手に途切れてしまったり、こちらが何か聞いてしまうと、それでまた金貨を要求される可能性が高いからな。
「緑の風の勇者っつうのは、その見た目から来てるんだろう。緑色の服を着て、剣と盾と魔法を使ってたった一人で強敵に立ち向かうなんて、ちょっとカッコ良すぎると思うがねェ。彼女と話がしてぇのなら、攻略されていないダンジョンを探して偶然出会うのを待つか、彼女が出した依頼を受けるしか手はねぇだろう」
「それほどまでに強い彼女が、依頼を出すのか?」
勢い余って聞いてしまったが、金貨を要求されずに済んだ。まだ、前回払った分は喋ってないということだろうか。
「ダンジョンを攻略するとき、たまに単独では進めない場所があったりするとか。そういう場合に、彼女が戦えると判断した者だけ一緒にいって攻略することがあるらしいぜ」
「強くなければ、依頼を受けることもできないってことか」
「うんむ。だもんで、結局誰も受けられず終いで依頼を取り下げることも多いみたいだなァ。一応他人の手を借りる程度はやるみたいだが、それ以外に接点を持つことはなく、パーティの恩恵もいらねぇから、誰も彼女のステータスとか見たことがないらしいぜ」
非常に興味が湧いてきた。ダンジョンを巡って探すのは非効率すぎるし、あまりにも偶然に頼りすぎている。となると、依頼の発注を待つしかないようだな。
「彼女はどうやって戦えると判断するんだ?」
重要なことだ。やはり戦って判断するんだろうか?
パーティに入ることはないようだから、ステータスを確認するということはないだろう。俺自身は、ステータスは悪くないようだが、『Lv3』という情報を見られてしまうと相応しくないと判断されるのは至極当然だ。なので、ステータスを確認されないならまだやりようはある。
ラッカムの返事を待っていると、机に置かれた左手が手招きをする。どうやらこれ以上の情報にはさらに金が必要みたいだ。
どんな条件だろうとそれを満たせるなら良し、無理なら諦める、という選択肢を取らざるを得ないわけで、今ここで情報をさらに聞く必要もないか。いつも同じような確かめ方とも限らないしな。
「今回はもう十分だ。助かったよ、ラッカム。俺の名前を言ってなかったな、ランダー族のヒロトだ」
そういうと、皮と骨しかない手を素早く引っ込めて両手を擦り合わせる。
「あいよ、ヒロトの旦那ァ。初のご利用、ありがとうございましたァ」
「またラッカムに会って情報を聞きたいときは、どこに行けばいい?」
「あっしなら、朝食後や昼食後、人が多くギルドに出入りする時間帯にここへ来てもらえりャ、大体いつもいるようにしてますぜ。魔導祭の情報集めもしなきゃいけねぇんで、ここしばらくは毎日ってわけにはいきませんがねェ」
「わかった。また情報が聞きたくなったら声を掛けさせてもらうよ」
そういうと、ラッカムは軽く会釈した後にさっさと行ってしまった。情報集めも忙しそうだ。とりあえず、必要な情報は聞けたし、金を払った価値はあったと思う。
「そのエルフの人を探すんですよね?」
「ああ、依頼書が出てないか、掲示板で探さないといけない。エル、手伝ってくれ。グリムは、ここにエルの鞄を置いていくから席でゆっくり座って待っててくれ」
「グリムさん、荷物お願いしますね」
エルノアが鞄を置き、グリムに監視を任せておく。座ろうとしないグリムを座らせ、巨大で横長の掲示板に向かう。
かなりの数の依頼書が貼られている。俺は報酬のギャラルだけは数字で読めるのだが、文字はさっぱりわからない。依頼主が『グラドリーネ』になっているものをエルノアに見つけてもらうまで、どれだけ高額な依頼があるのか調べてみる。ヘイムダル王国とは違って、ここは帝都だから凄まじい額の依頼があってもおかしくないだろう。
金貨一枚分の五百Gから始まって、千、五千、一万と、幅は広い。万単位の依頼も多く、十万以上するものも存在するところを見ると、さすが帝都だと言わざるを得ない。
一方で、報酬がゼロGの依頼が目に入る。一体何が書かれているのかはわからないが、タダでやれというのだろうか。あまりにもふざけている気もするが、よほどお金に困っているのか、報酬は金以外で、というパターンなんだろうか。
「ヒロトさん、ありました! あの依頼書です」
丁度俺が見ていた辺りの依頼書を指差す。まさか、あの十万以上のやつか?
それにしては微妙に指の先の高さが違うように見える。エルノアの指の先は、明らかにそれより下にあった。
「まさかとは思うが、報酬ゼロのやつか?」
「そのようです。『グラドリーネ』という方が同名の別人という可能性もありますけど……」
「ちなみに、依頼の内容はなんて書いてあるんだ?」
「はい。未踏破ダンジョンの共同攻略、と書いてありますね。依頼を受けられる人物かどうか、実力を試すとも書いてあります。報酬は各自ダンジョンで取れたものを持ち帰る、だそうです」
間違いない、それだ。
実力を試すというのがどういうものか気になるが、まずは彼女に会ってからだ。この依頼を受けることで初めて接点ができる。どれほどの美人か、果たして俺が追い求めるような人物なのか、確かめなければならない。
依頼書を取り、受注カウンターへ持っていく。担当者が複数いることで、並ぶ時間もほとんどない。俺のレベルが低いために依頼を受けられません、とかにならなければいいのだが。
そんな杞憂を一蹴するように、依頼の受注はすぐさま完了した。これで、後は直接会って話を聞くだけだ。
「待たせたな」
「依頼は見つかったようだな。彼女の居場所を確かめたらどうだ」
ギルドブックに依頼書を挟むと、吸い込まれるようにして新たなページへと変化する。マップのページを開き、帝都ヴェラチュールの全体図を見る。依頼者が周辺にいればその場所を示してくれるはずなのだが……見つけることはできなかった。
依頼書のページを見れば、依頼主の現在地が表示されている。それを見ればどこにいるかわかるのだが、表示された名称は『死せる泉の森』だった。
「ここは……少なくとも帝都じゃあなさそうだな」
「そのようだな。僕も知らない場所だ」
物知りグリムでも知らないとは、思いもよらなかった。「説明しよう」といって早口で教えてくれるものだと思っていたので、驚いたのもあるが、その名前の場所が一層不気味に感じられる。
「とりあえず戻って来るまでに宿屋を選んで泊まる場所を確保しておこうか。遅くなってから泊まれないってなるのは最悪だ。その後は、帝都のダンジョンにでも潜ってみるか」
彼女がいないのでは話が進められないし、かといって帝都を離れるのもあまり良くない。しばらくはここで時間を潰しておく必要がある。
「いや、君はここのダンジョンには入れないぞ」
「――えっ?」
不意を突く衝撃的な言葉を投げられ、一瞬だが思考が止まりかけた。
「ど、どういうことだよ! 説明してもらおうか」
「いいだろう。だがその前に宿を確保したほうがいいのではないか?」
◇◇◇◇◇◇
帝都の中央に位置するダンジョン入り口の周囲には、ヘイムダル王国と同じように円を描くようにしていくつもの巨大な店舗が建ち並ぶ。
帝都のダンジョンは、地下への入り口の上に天へと続くほどの塔が建っており、その上層階は雲に覆われていて視認することができない。当然、地下のほうもダンジョンであり、二つのダンジョンが天上と地下それぞれに向かって伸びているようだ。両方とも、難攻不落のダンジョンとして未だに攻略されていないという。
そんなダンジョンの入り口すぐの宿屋はどこも豪華で、一晩の値段も余裕で一万Gを超えていた。さすがに、そんな宿には泊まれない。
俺たちは中央から南下し、それなりに離れた小奇麗な宿屋に来ていた。
外はレンガ造りで、大きさは三階建てのようだが大きく見える。赤みを帯びたくすんだ茶色の壁を基礎として、所々に白塗りのレンガがあり、コストを抑えながらもお洒落を追求していることがうかがえる。
今よりもっと寒い時期になると使われるであろう、暖炉も置かれている。中も綺麗に掃除されており、茶系の色合いが目に馴染む。中央の華やかで鮮やかな宿屋より、こっちのほうが断然落ち着けそうだ。
料金も帝都にしてはかなり手頃で、四人部屋で千六百Gだった。帝都の冒険者は多人数パーティが中心なため、広い部屋から埋まっていくようだが、この宿屋の四人部屋はギリギリ空きがあった。三人用という珍しい部屋も用意されていたが、そちらは埋まっていた。
食堂は一階にあるようで、朝などは利用しようと思うが、昼や夜は帝都の酒場を経験するのも悪なさそうだ。
部屋に入ってブーツを放り出し、裸足になる。やっぱり部屋の中は素足で歩きたい。不思議そうに見ていた後ろの二人もそれに倣って、靴を揃えて入り口の扉付近に置く。
「で? 何で俺は帝都のダンジョンに潜ったらダメなんだよ?」
窓際に用意された椅子にドカッと座り、テーブルにポーチを置く。槍は、部屋の隅に用意された傘立てのような箱に突っ込んでおいた。
木製の椅子なので、ケツが痛い。
「『ランク』が低いからな、君は」
聞きなれない単語が耳に飛び込んできた。ランクとは一体なんだ。レベルとはどう違うんだろうか。
「説明しよう。ランクは本人のレベルと密接な関係があり、レベルによって上昇する。レベル『1』から『9』までなら、ランクは『G』となる。レベル『10』から『19』までは、ランク『F』だ。つまり君の場合は『Lv3』なので最も低い『G』となる。このうち、帝都のダンジョンに入れるのはレベル『20』以上のランク『E』からだ」
アルファベット順だろうか? それにしても、そんな制限があるとはとんだ誤算だった。この帝都でダンジョンに潜って生計を立てなければいけないわけだが、その目標が一日目で破綻してしまったのだから最悪だ。
「ランクやレベルは、魔物にも適用される。例えば、同じ黒蟻でも個体の大きさや強さが異なるのは我々と同じようにレベルが存在するからだ。レベル『1』のアントとレベル『9』のアントでは、ランクは同じでも強さが違うわけだ。当然、下の階層に行けばランクの高い魔物が出てくるし、階層の番人は高ランクの魔物である場合がほとんどだ」
魔物にもレベルがあったんだな。ダークアントに限っていえば、全く強さの違いがわからなかったし、体の大きさの違いにも気付かなかったが。
「……ちょっと待て、そうすると最低でも三週間近くはダンジョンに潜れないことにならないか? どれだけ頑張っても一日に上がるレベルは『1』なんだから」
「基本的にはそうなるな。まあ、違うダンジョンに潜ればいいだけの話だろう? 帝都周辺には他にもダンジョンがあるからな」
「焦らず行きましょう、ヒロトさん。いきなり強いところへ行っても危険なだけですよ」
テーブルの反対側に座ったエルノアが、猫耳の先が前に傾いていて、嬉しそうにしている。危険なダンジョンに潜れないとわかって、安堵しているんだろうか。
「ちくしょー、こうなったら依頼主が帝都に帰って来るまで店でも見て回るか……」
何でも上手くいくわけじゃないのはわかっていたつもりだが、実際にそうなったときの手詰まり感は俺をだらけさせるには十分なものだった。
エルノアはハガンじいさんから貰った本を嬉しそうに読み始め、グリムはベッドに腰を掛けていつもの書物を広げている。
二人とも暇を潰せるものがあって羨ましい。
俺は全ての思考を停止し、首から力を抜いて天を仰いだ。




