第027話 情報屋
周囲が青色の光の粒で満たされ、意識が遠退くのを感じた。
視界が真っ白になり、体が重力に逆らって、浮き上がるような感覚が襲う。エレベーターで下の階へ向かったときのような、少しの浮遊感を思い出す。
長い時間にも思えたその感覚を味わう間もなく、転送が終わる。
体を覆っていた青色の光の粒が天に昇っていき、視界の色が戻って来ると、今いる建物が別の町の『ゲート』だということに気付かされる。
背中を誰かがゆっくりと押してくる。その手の主を見ると、そのまま進めと言わんばかりに、無言で目線を正面へと向けて合図してくる。
『ゲート』から入り口に向かう途中に、カウンターのようなものがあり、ギルドの職員らしき人物が立っていた。ヘイムダル王国の冒険者ギルドでも職員が着ていたものと同じ服装だ。紺色のジャケットにボタンが複数ついたベストを身に着け、なかなか真面目そうな印象を受ける。
特別通行証はいつ見せるんだろうかと思いながら、背中を押されているため止まることもなく歩き続ける。ギルド職員に軽く会釈しながら通り過ぎると、そのまま建物を出てしまった。
「通行証、見せてないけど良かったのか?」
特別通行証は、地域間の通行料が無料になるというものだ。なので全く払わなくて良いのは知っていたが、それを証明せずに通過してしまった。
何の説明も無しに後ろからグイグイと押してきたグリムに少し腹を立てながら、それが伝わるように目を細めて尋ねる。
「問題ない。通行時にゲートが青く光れば特別に許可された通行証を所持している証拠だ。緑だと普通の通行証だから支払う必要がある。赤の場合は何らかの問題が発生したか、あるいは犯罪者として手配されている人物という証拠だ」
「そうだったんですか。私も知らなくて、驚きました」
通行証のことに気を取られすぎて、帝都『ヴェラチュール』に着いたという感動が薄れてしまった。
人の流れが凄まじく、歩くスピードも速い。やはり女性が多いが、女性の戦士や魔術師を連れた男の冒険者もたまに見かける。商業ギルドに属しているであろう、大きなバックパックを背負った若者や、荷物を運ぶ馬車を操る小柄な老人など、多種多様な人間が入り混じってそれぞれの活動をしている。
入口の側で立っていると、どんどん人がゲートから出てくるのがわかる。さすが帝都といったところか、人間の出入りが半端無く多い。
この場所にいると人の流れを遮ってしまいそうなので、人の多さに少々戸惑いながらも冒険者ギルドを目指す。ゲートの近くにあるという予想は的中しており、黒に限りなく近い灰色をした石造りの巨大な建物が目と鼻の先に建っていた。
帝都の冒険者ギルドということもあり、ヘイムダル王国にあったものと外見こそ似ているものの、一線を画す大きさで俺を圧倒した。
中に入ると、多数のテーブルと椅子が並んでおり、依頼の受注カウンターや銀行の受付カウンターは長く複数のギルド職員が担当しているが、カウンターに並ぶ列が途切れることなく次から次へと冒険者が並んでいく。
人の数は非常に多いが、その分フロア自体も広く、歩くのに困るようなことはない。すれ違うときに武器が人とぶつからないよう、注意する必要がある程度だ。
壁一面が丸ごと掲示板になっており、依頼書がびっしりと張られていた。これだけあれば相当な額の依頼もありそうで、その報酬や内容への期待が高まり、胸が躍る。
窓が少なく、差し込む光も少ない代わりに、天井から蛍光灯のように明るい光を生み出すランプが部屋全体を照らしていた。火の魔石ではなく、恐らく光の魔石の作用だと思うが、何時間も効果が続くのだとするとかなり便利な物だなと感心した。
ギルド内の全てが新鮮で、興味は尽きない。冒険者一人ひとりを眺めるだけでも面白い。人種も違えば、性別も違うし、職業も違うだろう。特に目を引くのは装備だ。長剣、大剣、斧、槍、弓、杖など、持っている武器の種類だけでも豊富にあり、その形状、大きさも様々だ。
防具にも特徴がある。重そうな鉄の鎧に身を包み、大きな盾を軽々と持つ戦士もいれば、薄いワンピースに黒いマントを羽織っただけの魔術師もいる。共通点は、女性ということだ。やはり帝都でも男性自体少ないようで、全体のうち一割くらいしか男を見かけない。
人を眺めていると、正面に老け顔の男が飛び出してきた。ドワーフほどではないが背が低くひ弱そうな体躯で、動きは素早そうだ。ボサボサの黒髪がニット帽からはみ出ていて、鼻がやけにでかく、耳の形も俺のような普通の人間を指す『ランダー』族と違って大きく、分厚い気がする。
皮と骨しかないような両手をしきりに擦りながら、俺と視線を合わせてくる。右を向けば、その正面に姿を見せてくる。
「何か用か?」
若干の鬱陶しさを感じながらも相手にする。これもある種の出会いには違いないので、無視するのは勿体無い。
「へへっ、あっしは『ラッカム』ってモンだ。情報屋を生業としていてなァ。何かお探しのようだが?」
情報屋か。見てくれは非常に怪しいので信用はできそうにないが……。
「おっと、あっしのこと疑ってますな、旦那ァ? こう見えても凄腕の情報屋として評判良いんですぜ。でなければ堂々と冒険者ギルド内で活動なんてできねェ」
言われてみればその通りだ。怪しい人間なら、路地裏とか人目のつかない場所でやるだろう。
「情報屋か。それなら、少し聞きたいことがあるな」
そう言うと、ラッカムは口角を片側だけ上げてニヤリと笑う。ギルドの端にある四人掛けのテーブルに着くと、こちらに手招きしてくる。
後を追い、相手と向き合うように席に着く。グリムは座らず背後に立ったままだ。
「さぁて、旦那は何が聞きたいんだい?」
「パーティを増やしたいと思っているんだが、特定の相手がいない美人を教えてくれ。冒険者として強い人であれば嬉しいが、そうじゃなくてもいい」
顎に右手を当てて瞳を閉じる。考えをまとめているのか、うんうんと一人で頷いた後に目を開くと、ラッカムは右手を前に差し出してきた。
「いい情報があるぜ、旦那ァ。料金は前払いで金貨一枚だ」
金貨一枚、五百Gだ。少々不安だが、特に当てもない俺にはこの情報に頼るしかない。この金に見合った情報が貰えるのであればいいのだが。
ポーチから金貨を取り出し男の顔を見ながら渡すと、受け取った金を素早く自分の懐へしまい込む。
「へへっ、まいどあり。じゃあ百Gにつき一人ということで、五人の情報をお伝えするってことでェ。まず一人目、聖騎士の『ミリアルデ』。誰も寄せ付けないと有名な冒険者だな。ゴールドの髪色とその体の妖艶さに近づこうとする男も多い。町を襲った悪竜に一人で立ち向かい、倒したというのが特に有名だが、そのときの光景がまさに翼の生えた天使そのものだったとか。付いた二つ名が『舞い降りる聖剣』。まァ、この人は難しいと思うぜ」
ミリアルデは俺が追っている女性の一人だ。いずれはハーレムに入ってもらうつもりだが、今はまだ全然手が届かないだろう。彼女を追い越して初めて、迎え入れられるというものだ。
「次、オルデイン大魔術学園の現在の首席である魔術師『ルビア』。宮廷魔術師になることが約束されている人物だ。天使言語も行使できる上に、魔術師としての才能もある。その美貌もさることながら、頭の良さで右に出るやつぁいないとのことだ。単なる秀才じゃねェ、魔力も随一で歴代最速の賢者になるんじゃないかって噂もある。今度の『魔導祭』でも、一体誰と組むのか見ものだぜ」
魔導祭自体も楽しみだが、やはり何と言っても主役は魔術師。この時代だから、女性魔術師がたくさんいるだろう。正直、トップの魔術師を仲間にできるとは思っていない。帝都が誇る魔術師育成の学園にいる魔術師なら例え下位の人間でも相当な実力を持つはずだ。
「次もオルデイン大魔術学園の魔術師だ。名前は『ヘンリエッタ』。次席争いに名を連ねる成績上位の魔術師の一人だ。相当なお嬢様で、甘やかされて育ったせいかどうかは知らねぇが、少々口が悪いらしい。学園ではそこそこ成績の良いやつを取り巻きにして、我が物顔で活動してるっちゅう話だ。まァ、才能もある美人なのは間違いねぇぜ」
話を聞く限りでは、ハーレムに入って欲しいとは思わないな。もっとも、会ってみないことには結論は出せないが。
「四人目も、オルデイン大魔術学園の魔術師だ。パーティを組んでない、単独でってなるとあの学園が狙い目になるんだよなァ。で、名前は『イザベル』。例によって次席争いに名を連ねる女性魔術師で、火、水、土、風の四属性に長けた魔法の天才って話だ。二十にもならない年齢で、四属性を全て得意とするのはなかなか凄いらしいぜ」
様々な属性の魔法が使えるのはポイントとして非常に高い。どんな魔法があるか知らない俺としては、複数に精通しているのは今後を考える上では大事だ。
「最後、五人目は珍しいエルフの冒険者だ。名を『グラドリーネ』という。知ってのとおり、エルフは種の保存のため自分達の大森林に戻っちまったやつが多いが、こいつぁまだまだ冒険者としてダンジョンに潜っているとのことだ。一人でダンジョンをいくつも踏破してるってんだから、『緑の風の勇者』という二つ名は伊達じゃねェ。剣技も、魔法も、美貌も、どれを取っても超一流だぜ」
「……魔導祭の女性が多いな?」
「そりゃ、今の時期はあそこの女性の情報が一番求められっからなァ。他にも有名な女冒険者は多いが、もっと聞きてぇか?」
机にだらしなく置いた左手をいやらしく手招きして金を要求してくる。魔導祭の情報も大事だが、結局行くことになるのでこの際後回しでも問題は無い。
「いや、五人目のエルフの情報をもっと詳しく教えてくれ」
俺はポーチから追加の金を取り出し、天井を向いている空っぽの手の平に金貨一枚を乗せる。
「……へェ、話のわかる旦那は嫌いじゃねぇぜ。グラドリーネの情報だな?」




