第026話 出会いを求めて
一週間後の予定はできたが、結局それまでに仲間を増やすことについては何も結論が出ていなかった。
兵士と冒険者で溢れかえった『ヘイムダル城』の食堂を後にし、エルノアの母親であるエレンさんが経営する宿屋『始まりの冒険宿』で食事を取っていた。
冒険続きの中、ようやく町や施設の名前を覚えつつあった。ギルドブックを開けば、マップのページに町の名前やダンジョン名は表示されているのだが、町の中でマップを見ることはほとんどなく、覚えるタイミングを逃していた。
ちなみに、エルノアの祖父ハガンさんの店は『火事場の鍛冶屋』だそうだ。看板の文字が読めれば、店の名前も含めてもっと早くに知ることができたのだが。お世話になっておきながら『知らない』では、あまりに失礼すぎるからな。
今日は三人だから、窓際のテーブル席に座って食事を頂く。
城の食堂で食べる人が多いせいか、昼飯時は人が少ない。というか、今は自分達しかいない。
何気に、グリムの食事シーンを見るのは初めてだ。「僕は朝と夜しか食べない」という言葉を聞いた気がするが、何とか食べさせることに成功した。
腹が減っては戦はできぬ。グリムはできるかもしれないが、俺が近くにいるときくらいはしっかりと食べて力を付けて欲しい。このパーティにとって、最後の砦というか、ある種の生命線でもあるからな。
それでも結局半分くらいしか食べなかったので、残りは俺が頂くことにする。
「それにしても女将さん、いつ休んでるんだ? 一人で宿屋をやるのは大変そうだが」
「冒険者さんを住み込みで働いてもらっているから大丈夫なんです。冒険者に成り立ての頃は収入も少ないですから、ここで手伝いつつダンジョンに行く、っていうのをやっているんですよ。決まって帰る場所があると、心も休まりますから」
「そりゃいいな。俺は何も手伝ってないけど、良かったんだろうか」
「ヒロトさんは普通のお客さんとして、鉱石などから食事代を含めた宿代を頂いてますから大丈夫ですよ」
初心者はここを利用しつつ成長して旅立つ。『始まりの冒険宿』という名称はまさにそれを示していた。ある程度冒険者として実力が得た後でも、ここを利用している者は少なからずいる。俺が朝見かけることがあった格好の良い者たちは、ここで育ち、成長した冒険者だったりするんだろう。
「パーティメンバーを探すって、思ったより大変だな。既にパーティ組んでる人は誘いにくいし、かといって単独で行動してる人なんてあまりいないだろ?」
今にして思えば、エルノアを誘ってパーティに迎えることができたのは本当に運が良かった。たまたま寄った店で半ば強引に依頼を持ち掛け、初めてのダンジョン攻略で依頼を並行して済ませるという無茶なことをしたわけだが、勢いに任せて何とか上手くいっただけだ。
人との出会いというものをもっと大切に考えるべきだ。
一つの行動が出会いを呼び寄せ、その出会いがさらなる出会いを生み出す。これからどのような行動を取るかによって、その先に出会う人々が大きく変わる。
たった一つの行動が、これから歩む道を変える一歩となる。
何にせよ、誰かとの出会いを求めるなら、何か行動を取らなければいけないことは確かだ。
「行動しなきゃ、始まらないってことだな」
一週間という短い間に、最低でも一人は強力なメンバーが欲しい。それができなければ、良い魔術師を選ぶのも難しくなるし、全てが後手に回ってしまう。
何の目的もないが、行動すれば何かが変わるはずだ。
「それで、どうするつもりだ? どうやって君の望むような人間を見つける?」
「美人さんか、可愛い人ですよね。それでいて、強い人。やっぱり、人の多いところかな?」
「ああ、行き先は帝都だ。まずはそこの冒険者ギルドに行ってみて、それから考えよう。ついでに魔導祭についても調べるつもりだが、とにかく今は行動するということが大事な気がするんだ」
◇◇◇◇◇◇
各自準備を整えて午後一時半頃に冒険者ギルドに集合することにした。今からおよそ一時間後だ。
恐らく今日の夜は帝都に泊まることになるということをエルノアに伝えて、必要なものを集めてもらう。地下迷宮五階層への早期到達者へ贈られる褒美の中にあった特別通行証のおかげで、町の行き来にはお金がかからないという非常にありがたい恩恵を受けられるわけだが、一度帝都の雰囲気を味わいながらその宿屋に泊まってみるというのも、冒険の醍醐味の一つなはずだ。
宿屋は間違いなくこのヘイムダル王国よりも高いだろうけど、一度味わってみたい。あまりにも高い場合は、もちろんここに帰って来ることになるが。
俺はというと、部屋には特に何も置いてないし、槍も常に持ちながら歩いてるから、準備することはない。下着類などは、全部エルノアに任せてしまった。
宿屋の女将であるエレンさんと鍛冶屋のハガンじいさんには、これからエルノアを連れて帝都に行くということを軽く説明しておく。
女将さんからは「頑張りたいときに飲んでね、フフッ」といって何やら怪しい赤色の液体が入った回復薬のようなものをポーチに突っ込まれた。『頑張りたいとき』とは一体どのような状況のことを言うんだか。
じいさんからは、代々伝わる鍛冶の秘伝書といって古めかしい一冊の書物を取り出し、エルノアに渡して欲しいと言われた。中身はもちろん俺の読めない文字で書かれているのでさっぱりわからないが、製法を知りながらも作れずにいるものや、鍛冶師の中で伝説となっている装備に関する情報も盛り込んだ素晴らしい本とのことだ。
手持ち無沙汰になってしまった。
仕方ないので先に冒険者ギルドへ向かう。城の依頼を達成したおかげで、今は三万G以上ある。あまり持ち歩きすぎると困るし、ギルドにある銀行に預けておくことにする。ギルドブックを提示し、白金貨と金貨合わせて二万Gを出す。
預けたお金は、対応しているお店ではギルドブックを提示することで使用することができる、というのは前に聞いた。一体どのようにして使うのかは不明だが、帝都ならそのサービスも受けられるだろうし、一度はやってみたい。
人がまばらなギルド内の椅子に腰かけながら、行き交う人々の顔を観察する。いつ、いかなる時でも、人物のチェックは欠かせない。目を閉じた瞬間に、美人が通り過ぎるかもしれないのだから、いい人がいれば声をかけたい。
そう思いつつも、良い出会いもなく約束の時間が近づいていた。そろそろ来るだろうと思っていると、城へと続くギルドの裏口の扉から白い魔法使いの格好をした人物が入ってくる。つばが広く頭頂部がとんがっている白い帽子をかぶり、体形を覆い隠す青い装飾の入った神秘的な白いローブ。左手には見慣れた大きな書物を持つ、全身白ずくめの青髪の人物。
「よっ、はやかったな。その帽子は?」
「帝都に行くなら、正装で行くべきだ」
いつものローブはともかく、白い帽子をかぶると人相が確認できなくなり、なんとも凄そうな魔術師に見えてくる。
俺の中のイメージでは、魔法使いといえば黒とか紺とか、あるいは深紅などの黒系の印象が強いのだが、白いというのも悪くないな。かなり目立つ気がするが、見つけやすいという意味ではいいかもしれない。
続けて、大きなバックパックを背負ったエルノアが入ってくる。バックパックは、中が少なくても形が崩れないようにワイヤーが仕込まれていて、見た感じではどれくらい荷物が詰め込まれているのかはわからない。準備の良いエルノアのことだから、色々と役に立つものも持ってきてくれているだろう。
「これって……」
「じいさんから受け取った本だ。エルに渡してくれって」
「おじいちゃんが、凄く大事にしてた物です。まだお前には早い! って言われて読ませてもらえなかったんですけど……」
表紙をじっと見つめ、真剣な面持ちで本を眺める。
中を見るかと思いきや、そのまま開かずにバックパックへしまい込んだ。
「時間ができたら、ゆっくり読みたいと思います」
「わかった。それじゃ、出発するか!」
帝都への『ゲート』は、冒険者ギルドの正面に位置する建物の中にあった。建物というよりは、大きな屋根のついた空間で、外とは地続きになっており、入り口も広く扉もついていない。
馬車などが簡単に入ることができるようになっているようだ。この建物のすぐ隣には、他の地域から来た人の出口があり、そこには通行料を受け取るギルドの人間が待機している。
建物に入ると、灰色のレンガ造りの壁に囲まれていて、中央には大きな魔法陣が描かれている。
大きさを除けば、地下迷宮五階層と城の塔を繋いでいた魔法陣のゲートとほとんど同じだ。かなりの大人数が一度に転送できそうな巨大な魔法陣。
この魔法陣の上に立ち、魔法を唱えるように、行き先を頭に思い浮かべ、行き先を告げれば転送される。俺たちの行き先は帝都だ。この大陸でもっとも栄えている、帝国の首都。魔物との大規模な戦いを繰り広げている強力な騎士団を持つ、人類最強の国だという。
中央をしっかりと見据え、一歩、また一歩とゆっくり歩く。
俺はさきほど聞いたばかりの帝都の名前を間違えないよう、心の中で復唱する。魔法を使えない俺でも、このゲートは使えるのだろうか。そういう不安が無いわけでもないが、グリムが何も言ってこないのは問題がないということの裏返しであると信じて、中央に立つ。
後ろに並ぶ二人の顔を見ると、無言で頷き返してくる。
俺は、帝都の名を思い浮かべながら、叫んだ。
「帝都ヴェラチュールへ!」




