第022話 守るべきもの
十階層で巨眼生物を撃破し、小部屋の幻想を破壊して脱出した俺たちは、五階層のゲートへ向かっていた。
帰り道は、階層と階層を繋ぐ道が坂になっており、緩やかとはいえ、これまでの疲れからか足取りは重かった。
一方、エルノアは体調が戻り、傷も癒えたため、重い荷物を背負いながらも力強く駆け上がっていく。
ドワーヴンブーツには、俺の履いているフィールドブーツと同じく『ミニマムヒーリング』という癒しの効果が付与されているが、傷だけでなく体力も回復されるんだろうか。履いている俺自身も、疲れたとはいえまだまだ戦闘できるだけの体力は残っているし、何らかの効果はあるのかもしれない。
兵士達は重い鎧を着ている分、相当疲れが溜まっているようだ。連戦に次ぐ連戦で、身も心もボロボロの様子。目玉の魔物との戦いは、トラウマになってしまったかもしれない。
幸い、道中の魔物の出現は少なく、俺とサリナで蹴散らしていけるので後衛の出番は無かった。
五階層のゲートから城へ帰還する。サリナ達は礼儀正しく「後で良い」というので、先に戻らせてもらった。扉を開けると、暗がりに慣れた目を太陽の赤い陽射しが照らしてくる。昼前に出発してから、夕刻の日暮れ時まで時間が経過していたようだ。
「ヒロト様、今回は我々の任務に同行して頂き、ありがとうございました」
ゲートのある部屋の外で待っていると、赤髪の女性兵士サリナのパーティが戻ってきた。
他の兵士達も、安堵の表情を浮かべている。
「いや、こちらこそ。全員無事に戻れたし、役に立てたようで良かった」
代表同士で握手をし、互いの健闘を称え合う
兵士一人一人とも目配せし、軽く会釈して挨拶とする。
「今回の件については、我が国王に直接すべきだと思っております。今日はもうお疲れだと思いますので、明日の十時頃、城へお越し頂けますでしょうか?」
「わかった、明日十時に来るよ。報酬の受け取りも、その時でいいか?」
「かしこまりました。そうして頂けるとこちらも助かります」
兵士達と別れたあと、隣の換金所でエルノアのバックパックに詰め込んだ魔水晶を換金する。
額は八千四百G。あの目玉が魔水晶を落とさなかった分、苦労の割に多くないという印象を受けてしまったが、今回は雑魚敵のみでこれだけなので、悪くない。
それに明日受け取ることになっている報酬の分が上乗せされるし、集めた鉱石や魔石の分は含まれていないので、今回の冒険の結果としてはむしろ上々の出来だろう。
「よし、報酬の山分けをするぞ。昨日の分は俺が全部受け取ってしまったが、今日からはきちんと全員で分けることにする。今回は、三人で割れば……丁度一人当たり二千八百Gだな」
一枚千G相当の大金貨を三枚エルノアに渡し、差額の二百Gを受け取る。大金貨は金貨を縦に並べてくっつけた大きさで、形は日本の小判にそっくりだ。今は手持ちに無いが、五千G相当の白金貨、一万G相当の大白金貨も存在する。
そしてグリム。またしても「僕のことは気にするな」といって受け取りを拒否される。さすがにお金を渡さないわけにはいかないので強引に受け取らせると、今度は強引に渡し返された。
「僕は資金に困っていない。それは金が無い君が使うべきだ」
これ以上やり合っていても仕方が無いので、受け取ることにした。確かに金が無いのは事実だった。貰える物はありがたく貰っておく。
やり取りを終えると、グリムはさっさと城のほうへ行ってしまった。相変わらず何を考えているのかはわからないやつだが、いざという時には頼りになってくれる。
グリムが何を目的として俺に付きまとっているのかはわからないが、俺にできることがあるなら手伝ってやりたいと思っている。
「さて、俺たちも帰るとするか。宿屋、まだ部屋空いてっかな?」
「それなら、昨日使った部屋はそのままヒロトさんが使用するように母に言っておいたので、大丈夫だと思います」
塔から冒険者ギルドの裏手を通り、じいさんの店に入る。鉱石や魔石の入ったバックパックを店に置き、今日はそのまま宿屋に帰ることになった。鉱石はじいさんが錬成してくれるというから、それに甘えて任せておく。
「体は、大丈夫か?」
心配だった。回復薬も効いているだろうし、苦しむ様子も見せていないので、見かけ上は元気そのものなんだが。
「ポーションを飲ませて頂きましたので、体は何ともないです」
「そっか、それは良かった。今日はとびきり疲れたなぁ」
「九階層の魔物の大群とか、十階層は怖かったですけど……どんな状況でも何とかしてしまうヒロトさんが、凄く頼もしかったです。今は、パーティに入って良かったなって思っていますよ」
満面の笑顔を向けてくる獣人の女の子。褒められる準備をしていなかった俺の心臓は鼓動を速め、顔が熱を持つのを感じる。
「それから……あの時、ポーションを飲ませてくれたのって……く、口移しですよね? 意識はぼんやりしていましたが、それは何となく覚えています」
「ああ、俺も覚えているぞ。唇がマシュマロように優しい口当たりで、プリンのようにぷるぷるっとした弾力があったのを」
「なんですかそれ、言ってる意味が全然わからないです……」
照れ臭いのを何とか隠そうとすると、かえって変な言葉を口走ってしまう。しかし、この世界にはマシュマロやプリンは無いんだろうか。頭の悪い俺には、他に相応しい例えが思い浮かばないし、照れ臭さを隠す手段も思い浮かばない。
「あと、胸もさり気なく触っていませんでしたか?」
「そうだったっけ? 抱き起した時に、左手が柔らかいものに包まれたような気もするな。でもあの時は必死だったんだ、許してくれよな!」
「許しませんっ!」
ぷいっと顔を背けてしまうが、本気で怒っているわけではないだろう。横から見るエルノアの顔は赤く、少し火照っているように見えた。こういう時は、スキンシップで解決だ。
ふさふさの猫耳に優しく触れる。髪の毛とは違う『さらふわ感』で、いつまでも撫でていたくなる。人間の耳より明らかに柔らかい肉のぷにぷに感も、素晴らしい。耳の輪郭に合わせて外側と内側の肉を掴み、挟んだ指でそっと撫でる。ピンク色の毛に覆われた獣耳が、ピクピクっと細かく揺れ動くのが楽しい。
「触ってもいいよな?」
聞く前から触っているのだが、彼女からの返事は無い。特に否定されないことを考えると、許可されていると思っていいんだろうか。
「ヒロトさんがエッチなことはこの二日間で良くわかりました。女の子なら誰にでも手を出すんですか?」
「誰でもじゃないな、エルノアだからだよ」
「それって、私なら拒否しないだろうっていう意味ですか?」
紫色の大きな瞳を輝かせて、どこか不満そうな表情を見せてくる。
「ちょっと違うな。俺がエルノアのことを好きってことだ。好きな女の子には、ちょっかいを出したくなるものなんだよ」
目を見開き、不満そうな顔が驚いた顔に変わる。夕焼けに照らされたのか、その頬が見る見るうちに朱色に染まる。
それに気づいたのか、またしてもぷいっと顔を背けてしまった。
俺と並ばないように歩幅を無理して広げ、少し先を歩いて顔を見られないようにしている。
宿屋が見える。今晩の飯は何かなと思いつつ、今日一日無事に冒険を終えることができたことに胸を撫で下ろしていた。
◇◇◇◇◇◇
晩飯は一人で食べることになった。宿屋にいると、つい母親の手伝いをしてしまうようで、それなりに繁盛している食堂を縦横無尽に動き回っていた。
部屋に戻って少しゆっくりした後でシャワーを浴び、エルノアから貰った部屋着である新しい麻の服を着る。下着も新品だ。
燭台にある蝋燭に火を灯すために、小さな火の魔石を割ってマッチ棒を擦るように互いを打ち鳴らす。少しずつだが、この世界の仕組みと、生活の仕方を理解しつつあった。
木製のハンガーに装備を掛け、革のポーチなどは小さなテーブルに並べる。
ギルドブックや金貨の入った麻袋、髭剃り用のミニマムダガー『髭殺し』などが入っていることを確認し、それぞれ壊れた物がないか調べておく。
テーブルの椅子に腰を掛け、今日一日あったことを思い出す。
エルスの使い方を会得し、使いこなせるようになる必要があることを知った。
何気ない小部屋への侵入でも、それがパーティにとって致命的なことになり得ることを知った。
魔石などの魔法の道具の使い方を学び、どんなものにもその応用性と可能性があることを知った。
パーティメンバーが攻撃を受けた時、どうすればいいか。
今回は他に多数の兵士がいて、魔物を引き付けてくれていたから良かったものの、少ない状況だと守りながら魔物を攻撃することは難しい。
パーティの人数を増やすこと、これが先決だ。
やらなければいけないことは多い。エルノアはもうパーティの一員なのだから、しっかりと金を稼いで生活できるようにしなければいけない。
そのためにはダンジョンに潜らなければいけないし、そうなるとメンバーが多いほうが楽になることは間違いない。
何から手をつけていけばいいかしっかり考えて、明日から行動していこうと結論を出したとき、扉をノックする音が聞こえた。そこに立っていたのは、寝巻のワンピースを着たエルノアだった。
「……今、大丈夫でしょうか?」
「ああ。もうちょっとしたら寝ようかと思っていたところだ」
部屋に入らせ、鍵を閉める。椅子が一つしかないのでベッドに座ってもらった。
窓はもう閉めたため、蝋燭の火だけが灯りとなってエルノアの神妙な表情を照らす。
「どうしたんだ?」
返事は帰ってこない。思い詰めた顔で、何か言いたそうにしているが……。
椅子に座りながら机に広げたポーチに物を詰め込む。明日の準備を整えて、話始めるのを待つ。
しばらく、というほどの間でもない静かな時間が過ぎると、ついにエルノアが口を開いた。
「あの……目を閉じてもらっていいですか? 私がいいって言うまで、閉じて下さい」
理由はわからないが、それをやらない限り先には進まないだろうと思い、顔を伏せて目を閉じる。
何か薄いものが擦れるような音がする。
「もう、いいですよ」
待つというほどでもない僅かな時間だった。目を開けると、そこには一糸纏わぬ姿でベッドに座るエルノアがいた。床に脱ぎ捨てられたワンピース以外、何も身に纏っていなかった。
蝋燭の火がその肌を露わにする。健康的な白さで、あらゆる部分が丸みを帯びている。その曲線は、あらゆる芸術家が求め、表現しようと試みたどの作品よりも素晴らしいと断言できる。
いや、芸術家でなくとも男なら誰しもが追い求めるであろう、艶めかしく、しなやかな肢体だった。
「今日魔物の体当たりを受けて、怪我してしまって……跡が残っているのか、確認したくて、でも自分では出来ないので……」
エルノアの隣に座り、小さな声に耳を傾ける。
「どこか変じゃないですか?」
そう言いながら、全身を見せつけるように俺と向き合う。近くで見ると、細かく体が震えているのがわかる。
腕や腰、背中など一人では確認出来そうにない箇所を見てやる。怪我の跡などは何もなかった。
「何も変じゃない。綺麗だ」
本当にそれを確認してもらうために来たわけではないことは、わかっていた。
「私っ……! ヒロトさんに助けてもらったのに、ちゃんとお礼も言ってなくて。ありがとうって、言ってなくて……だから何かお礼がしたくって」
気持ちが溢れて、上手く話せないでいるようだ。
「好きって言われて、嬉しかったのに何も言えなくて……」
「もう夜も遅いし、体も冷える。蝋燭の火も、もう消えるから」
彼女を抱きしめ、共に布団へ入る。
燭台から輝きが失われ、熱が引いていくと同時に、狭い空間の中で互いの体が重なり、熱を帯びていく。
部屋を暗闇が包むと、窓の隙間から僅かな月明りだけが差し込んでいた。




