第001話 英雄は、灰から蘇らない
「大いなる生命の大樹よ、我が囁き、我が詠唱の下に、星の煌めきを示せ。万物に宿りし流転の精霊よ、我が祈り、我が願いを叶え、かの者の御霊を呼び戻したまえ! 念じろ! リィンカーネイション!」
俺が目を覚ましたとき、最初に聞いた言葉がそれだった。
暗がりの小部屋、仰々(ぎょうぎょう)しく魔法陣が描かれた床の中心に、俺は立っている。
壁に掛けられたランプが照らす窓もないこの石造りの部屋は、俺の記憶には全く無い場所だった。
体はろくに動かせない。辛うじて動かせる頭を動かし、自分の身体を見てみると、全身が半透明の状態で、服も何も着ていないことがわかる。
俺の足元には灰の山が出来ており、俺はその上に立っていた。
幽霊がもし存在しているとすれば、それは今の俺みたいなやつのことを言うんだろう。
魔法陣の外側にいる、青髪で白いローブを着た魔法使いっぽい恰好の青年が、左手に書物を持ちつつ、何やら呪文のような言葉を紡いで俺のほうに右手を向けていた。眼鏡をしているためか、知的な印象を受ける。
辺りが眩い光に包まれ、思わず俺も半透明の腕で自分の顔を覆うように動いていた。
体が動く。恐る恐る目を開けてみると、俺の体はしっかりと色が付いた状態に戻っていた。
「一体、何が起こったんだ!?」
思わず俺はそう言葉を発して、周囲を見渡し、魔法使いの青年を見ていた。
その青年の他にいるのは、豪華なマントを羽織った、まさに王様と言わんばかりの風貌をした男だけだった。
「あなたが、戦乱を終わらせた英雄か?」
王様風の男が声を掛けてくる。薄暗い部屋のランプが照らす男の顔は、どこか険しく、どこか困惑しているような表情だった。
「いいえ、違います」
とりあえず、否定しておく。戦乱という言葉はもちろん、『英雄』などというキーワードは単なる日本人の俺には似つかわしくない。
「英雄でなければ、君は何者だ?」
青年が、眼鏡の位置を直しながら訝しげに俺の顔を覗き込む。俺は、自分がなぜここにいるのかも全く理解していないのに、英雄だの何だの聞いてくる連中に少しイラついたので、質問を無視した。
「ここ、どこだよ? 日本じゃなさそうだな?」
俺は、ここに飛ばされる前の自分の状況を思い出そうとする。
朧気に、その時の状況が頭に浮かぶ。思い出せば思い出すほど、嫌な汗が噴き出てきて、俺の背筋を冷やしていく。
そうだった。俺はあの日、路上で、信号無視をしてきたトラックに撥ねられて死んだ。
それから救急車で運ばれたことや、火葬されて灰になったことなどを、自分の体を第三者の視点で眺めていたことを思い出した。大学を出て地元の民間企業に就職し、忙しくもそれなりに仕事が身についてきたところに、その事故に遭ってしまったわけだ。
「まさか、あなたは伝説の英雄ではないというのか……」
王様風の男が、絶望とか、悲劇をいっぺんに受けたような愕然とした顔をしている。
なんとなくだが、ひとつだけわかったことがある。
「どうやら、灰から蘇ったのは英雄ではなく俺だったようだな」




