みんなの勇者さま
※かなり胸糞悪い展開が続きます。
苦手な方はご注意して下さい。
みんなの、みんなの勇者さま
我らの大事な人を守る、強い勇者さま
我らの国を守る、優しい勇者さま
私は二年前に、高校のクラスメイトの女の子と共にこの世界に召喚された。
この世界で一番大きな国は、昔から王都の近くに広がる森から現れる「魔物」と呼ばれる異形の生き物の襲撃に悩まされていた。
王宮の騎士や民間の傭兵たちが対応するものの、あまり成果は上がらないものだった。
弱り果てた国の重鎮たちは、神話レベルの古文書を解読し、大昔に一度だけ行われた異世界から勇者を召喚する事にした。
そこで召喚されたのが、私とクラスメイトだった。
偶然日直が一緒になっただけ、入学して間もなかったから話したこともない子とだった為、とても気まずい思いをした。
召喚した方も、一人しか現れないと思った勇者が、二人現れたからパニックになっていた。
幸い言葉が通じたので、事の経緯を詳しく聞くことができた。彼らが言うには、この後どちらに勇者の適性があるか調べてみる事らしい。
……普通だったら、この時点で反発すると思うけど、何せ突然見たこともない場所に飛ばされ、外国人に詰め寄られたりして、私もクラスメイトも茫然自失状態だった。
数日間、たくさんの人からテストされて、ヘトヘトになった頃に結果が出た。
勇者は私だったらしい。
その日から一変して、勇者としての特訓が始まった。
不適応だったクラスメイトは、そのまま王宮に留まり、この国の事を学ぶらしい。私は勇者の特訓が優先され、すぐに市井に下ろされた。
間違って召喚してしまったクラスメイトは、すぐに元の世界に戻されるのかと思ったけど、どうやら戻す方法が古文書には記されてなかったようで、帰れる日の目処は立たない。
帰れる方法があるかは、継続的に調べるとは言っていたけど、あまり期待は出来ないみたいだった。
必然的にこの国で暮らしていかなければならなくなったので、なるべく早く馴染めるように、一般の常識とかをレクチャーしてくれるようだ。
クラスメイトは、貴族や王子様たちにレクチャーを受けるらしい。
何故王子様が直々にするのかと疑問に思ったが、無理矢理異世界に連れてきて、不適応だと判断されたクラスメイトに申し訳なく思ったらしいが、多分それだけではないと思う。
クラスメイトは、入学早々注目されるくらい可愛らしい顔立ちをしていた。小柄な身体にさらさらの黒髪、小さな顔に大きな瞳。……男性が守ってあげたくなるタイプの女の子だ。召喚場所にいた王子様たちは、その可愛らしさにノックアウトだったのだろう。
対して私は、平凡な顔立ちに中肉中背の身体。人ごみに埋没する程の無個性な人間だった。
慌ただしく過ぎる日々に、そうしたちょっとした待遇の違いを疑問に思う暇はなく、ただ与えられる課題に取り組むだけでいっぱいいっぱいだった。
私が受ける特訓は、魔法と剣術。
驚いた事に、この世界には魔法を使える人がいるそうだ。
私の魔法の元となる魔力と呼ばれるものは、この世界の魔法使いの平均を遥かに上回るものだった。
この国一番の魔法使いである、白く長い髭が特徴的な、仙人みたいな容貌のおじいさんに、魔力のコントロールや基本的な魔法の仕組みなどを教えてもらった。
最初にされたのは魔法の属性検査だった。魔物と戦うにあたり、どのような戦法で行くかを決める為に大事なことらしい。
数多にある属性で最も適性が高かったのは、光の属性だった。
いかにも勇者らしい属性だなと思ったのだけど、どうやら光属性は治癒魔法がメインで、攻撃力は無いらしい。
次に適性があったのも、攻撃力があまり無い水属性で、魔物を倒す勇者にしては心許ない。
その為、攻撃力を上げるべく剣術の特訓が追加されたのだ。
剣術を教えてくれる人は、魔法使いのおじいさんとは真逆の人だった。
おじいさんは、実力者な上にプライドが高く、少々偏屈な人で、慣れない魔法を使って失敗する私を、いつも怒鳴っている人だったので、あまり好きにはなれなかった。
剣術を教えてくれたのは、この国一番の騎士だった。
20代前半の若さで、短い黒髪に蒼色の瞳をした端正な顔立ちに、鍛え抜かれたたくましい身体をした、まさに「騎士」と言うに相応しい男性だ。
彼は全く才能の無い私にも根気よく相手をしてくれて、いくら出来ないからと言って怒鳴るような事はせず、いつも穏やかで優しい人だった。
時には、慣れない異世界に戸惑っている私を連れ出し、街の市場や女の子の好みそうな雑貨屋に気分転換に連れて行ってもらったりして、色々気を遣ってくれてとても嬉しかった。
そこで、街の人たちにもたくさん出会い、勇者である私をとても応援してくれた。
色んな人たちに認められ、言われるままにしていた勇者の特訓だったけど、この時初めてみんなを守る為に強くなりたいと感じ、改めて特訓を頑張るようにした。
ある日、特訓が終わって連れて来てもらった露店で、騎士にお守りの石のネックレスを買ってもらった。……魔物退治で私が傷付かないようにと。
…………この頃から、私は年上の端正な騎士に恋をしてしまった。
平凡な容姿に内気な性格な為、異性に全く免疫が無かった私は、初めての恋に舞い上がってしまった。
騎士との特訓の前には身だしなみを整えたり、特訓はどんなに辛くても絶対弱音は吐かなかった。
特訓中は厳しいが普段は優しい騎士も、もしかしたら少しくらい私に好意を持ってくれてるのかも……と、想像して浮かれたりしていた。
……彼は騎士として堅実に任務を熟してただけで、私を街に連れ出してたのも、境遇に同情していただけだったのだ。
それを思い知らされたのは、浮かれて向かった特訓の場所に、彼の横に立っていた美しい女性が、彼と相思相愛の婚約者だと紹介された時だった。
婚約者の女性は、柔らかな薄茶の髪に碧色の瞳の、透き通るような美貌の持ち主だった。貴族のご令嬢らしく、物腰も柔らかで洗練されていて、非の打ち所の無い淑女の見本のような人だった。
彼女を前にして、今まで浮かれていた自分が恥ずかしいと思った。見るからに良い生地を使っているドレスに身を包んでいる彼女とは違い、何度も洗って草臥れた特訓用の服を着た自分が、酷く見窄らしく汚い生き物に思えた。
それに、婚約者を愛しくて堪らないと見つめる騎士の表情が、一番傷付いた。私にくれた優しさは本当に表面上だけだったと思い知らされたから。
その日はいつもみたいに頑張れなかった。特訓に身が入らなかった私を気遣って、騎士は早めに切り上げてくれた。
そうやって優しくしてくれても、彼は婚約者と出掛けるからと、あっさり私と別れた。
その中途半端な優しさが、腹立たしく……虚しかった。
私の住んでる所は、王都でも治安の良い地区にある宿屋で、宿代や飲食代などすべて王宮が負担してくれている。
日当たりの良い角部屋が私の部屋で、ベッドとテーブルしかない簡素な部屋だけど、快適に過ごせている。
宿屋の女将さんが用意してくれたお湯で、身体を綺麗に洗ってから新しい服に着替えた。
この国は、平民はあまりお風呂に入る習慣がないらしく、大きな桶にお湯を張りその中で身体を洗う。湯船に浸かる事が出来ないのは残念だが、汚れた身体を洗えるのは有り難かった。
一階で居酒屋をしている宿屋なので、ご飯にも困らない。
三階にある部屋から降りてくると、女将さんが暖かい食事を出してくれる。今日は焼いた肉と野菜のスープにパンだ。食文化は欧米に近くて肉がメインらしく、日本人としてはお米が恋しい。
女将さんや居酒屋のお客さんと少し話してから、私は三階の自分の部屋に戻った。
部屋に戻ると、日が暮れた為に真っ暗だった。電気がないので、ドアの近くにかけてあるランプに灯を入れた。オレンジの暖かな光が部屋を照らし、少し安心した。
テレビもネットも無い、静な空間が寂しくなる。
今まで張り詰めていたものが切れて、涙が溢れてきた。
無理矢理連れて来られて、魔物と戦えと言われて。
使ったことの無い魔法を使って失敗したら、怒鳴られて。
運動神経は悪い方なのに、いきなり剣術を習えと言われたり。
……何でそんな事しなきゃなんないの?
一緒に来たクラスメイトは、何もしなくてもいいのに。
そんな負の感情が後から後から溢れて、涙が止まらない。
それでも、
街の人たちは、私に期待してくれている。
困ってたら助けてくれたり、特訓を応援してくれている。
……優しくしてくれる人たちの、期待に応えたい。
その為に、頑張ろう。
泣くのはこれっきりにして、明日からまた頑張る。
……少しずつ見えてくる真実を見ないようにして、何度も自分に言い聞かせた。
私が特訓している間も、魔物は王都を襲い怪我人が出ていた。
このままでは死人が出かねないと判断された王は、私に魔物の住まう森に入り退治するように要請してきた。
この頃になると、魔法は大分使い熟せるようになり、剣術もどうにか様になってきた。
久々に王宮に呼ばれた私は、謁見の間と呼ばれる豪華な部屋に通された。
そこで王は私に労いの言葉と、王宮が保管していた『勇者の聖剣』と呼ばれる細身の剣と、防御の魔法の掛けられた鎧をくださった。
鎧は上半身だけで、ガチガチに固められた西洋の鎧より遥かに動き易い。
私は王にお礼を言い、謁見の間を後にした。
王宮に行き交う人たちは、上流階級の人ばかりなので、身なりが綺麗な人ばかりだ。
そんな中を学校の制服で歩いている私は、かなり浮いていて気後れを感じていた。
その時、渡り廊下に面した広大な庭の向こう側から、軽やかな笑い声が響いて来た。
興味引かれて中庭に踏み入れると、そこは色とりどりの花が咲き乱れる立派な庭園だった。
その見事な花に見とれながら歩いていると、奥の方に東屋があって、そこにいる数人の男女が楽しそうにお茶会を開いているようだった。
そのメンバーの一人が、一緒にこの世界に召喚されたクラスメイトと気付いて呆然とした。
複数の華やかな男性に囲まれたクラスメイトは、繊細なレースがふんだんに使われた淡いピンクのドレスに、キラキラ輝く宝石を散りばめたアクセサリーを身に付けていた。
髪の毛も綺麗にを結われて、ピンクや白の薔薇で飾ってあった。
私と言えば、髪の毛は一つに後ろで縛り、学校の制服の他は特訓の時に着る草臥れた服しか持ってない。
唯一のアクセサリーと呼べるものは、騎士に貰ったお守りの石の付いたネックレスだけだ。
男性に囲まれ、美味しいお茶とお菓子をたべながら優雅に過ごすクラスメイトとの扱いの違いに、酷く虚しさが湧いてくる。
これ以上惨めな思いをしたくなくて、私は慌てて王宮を後にした。
今日初めて、魔物を殺した。
魔物の森に入るのは私一人で、誰一人付いては来てくれなかった。
私を嫌っていた魔法使いのお爺さんはともかく、熱心に教えてくれていた騎士すらも来てはくれなかった。
王から貰った鎧と剣を身に付けて、恐る恐る森に入る。
入ってすぐに異変に気付いた。森の草木が異様に黒いのだ。
試しに木に治癒の魔法をかけてみたら、瑞々しい緑色に変わった。
魔物は強い闇属性の力を持っていて、どうやらその所為で草木が闇属性に染まってしまったようだ。
そう分析をしていると、茂みから兎くらいの大きさの魔物が飛び出して来た。
びっくりして固まっている私に、その魔物は獰猛に飛び掛かって来た。反応が遅れた私は尻餅を付いて、腕は魔物の爪に切り裂かれた。
痛みと恐怖でパニックになった私は、無茶苦茶に剣を振り回した。運良く刃先が魔物に食い込み、痙攣しながら絶命した。
刃先から伝わる生き物を突き刺す感覚と、切り裂かれた腕の痛みにショックを受けて、大声で泣き叫んだ。
だけど誰も助けに来てはくれず、また虚しさを感じつつ腕を治癒魔法で治してから、森から出た。
来る日も来る日も、私は魔物を殺し続けた。
肉を裂く感触も、吐き気を催す程の血の臭いにも慣れた。
消え逝く命に罪悪感を感じなくなって……どれくらい経つだろう。
私が一人で魔物を退治していても、誰も何も感じていない。
王宮は相変わらず私に丸投げで、何度か応援を頼んでも無視された。
街の人たちも結局は同じだった。
仲良くなったと思っていたパン屋の看板娘も、結婚式に呼んでくれると言ったのに、いつの間にか結婚してパン屋を辞めていた。
魔物退治から戻ると、声を掛けて労ってくれる人々も、誰も手伝ってくれない。
何で、私が。
何で、私だけ。
疲労と苛立ちと哀しみと……私の心は擦り切れ、ボロボロになっていた。
この世界にとって、私は体の良い道具なのだ。
自分の大事な人を死なせない為の、大事な道具なのだ。
だから、感謝はしてくれるけど、誰も『もう止めていいんだよ』、『辛いと言っていいんだよ』とは言ってくれない。
真っ暗になった夜の森に仰向けになって、降るような輝きの星を見上げる。
マメが出来て硬くなった掌、傷だらけの身体。ボサボサの髪の毛、カサカサの肌。みすぼらしい、浮浪者のような姿。
ふと、王宮で見掛けたクラスメイトを思い出す。
どうやら彼女は、近々この国の王子様と結婚するらしい。
唇が奇妙な形に歪むのが解る。……一体、どちらが選ばれた存在なんだか。
……だけど、もし立場が逆で彼女が勇者でも、私は彼女ような扱いは受けなかっただろう。もしかしたら捨てられたり、最悪殺されたりしただろう。
クラスメイトは優しい人たちに囲まれ、この国の事を学び、何れ愛するようになるだろう。
反対に私は、この国を憎むだろう。
……だって私、この国の名前すら知らない。
視界の端に、ネズミくらいの大きさの魔物が、怪我をしたのか血を流して蹲っていた。
身体を起こして近付くと、全身の毛を逆立てて威嚇してくる。
……このまま、逃げてしまおうか。
誰も大事にしてくれない、こんな国など。
気紛れに怪我をした魔物に治癒魔法を掛けてみた。
そうしたら、驚く事が起きたのだ。
あんなに邪悪な闇属性を纏っていた魔物が、ふわりと優しい光を纏う可愛らしい動物に変化した。
威嚇していた血走った目は、黒く輝く瞳に変化し、濡れた鼻先を私の手に押し付けて甘えてくる。
………もしかして。
ここは魔物の森ではなく、光属性……恐らく精霊の住まう森だったのだ。
何らかの理由で、闇属性へと変化し精霊から魔物になってしまった。
漸く、『勇者』の存在理由が解った。
勇者が、何故攻撃力のない光属性に特化しているのか。
『退治』でなく『浄化』することが正しかったのだ。
……だったら、私は奪わないでいい命を奪っていたのか。
何をやっているのか、遣る瀬無さが涙となって頬を伝う。
その涙を小さな精霊が舐め取ってくれる。
初めて私自身を労ってくれたその行動に、私は決意した。
此れからは人の為でなく、闇属性に犯された精霊たちを救う為に、この力を使おう。
森の浄化が三分の二程済んだ頃。私は異変を感じた。
私の魔力が底をついて来ているのだ。
それに比例して、私の周りには沢山の精霊たちが集まっていた。
あれから私は一度も街には戻らず、ずっとこの森で暮らしている。
私を都合よく使う人間より、純粋に私に優しくしてくれる精霊と一緒にいる方が良かったからだ。
指先で痺れ、身体が重くなってきた。
多分、もうすぐ私は死ぬのだろう。
森の最奥に住まう魔物は、今までの精霊の大きさの比ではなかった。よくこんな巨大な生物がいたのに気づかなかったものだ。
苦しそうに悶えながら咆哮する魔物は、私に攻撃を繰り出して来る。なるべく傷付けないように応戦しながら、私は徐々に間合いを詰めていく。
多分、これが最後の魔力。
私は両手にありったけの魔力を集中させ、渾身の力で魔物の身体に押し当てた。
瞬間、森全体が光に包まれた。
もう、身体が動かない。
あれほど黒々としていた森は、瑞々しい緑に溢れて柔らかな光を放っていた。
狂暴だった魔物は、神秘的で可愛らしい精霊に戻り、森に光を振り撒いている。
最期に見る光景が、こんなに美しい景色なのは幸せな事だと思う。
最後に浄化したのは、大きな白銀に輝く竜だった。
美しい翠の瞳が、私を静かに見下ろす。
そして、高貴なオーラを纏うその竜が長い首を垂らして、私に頭を下げた。それに倣い、他の精霊たちも私に頭を下げた。
嗚呼、最期に心から感謝された。
これで、私は―――
街は魔物の消滅に、喜びはしゃいでた。
近々、王子が異世界から来た娘と結婚する。
めでたい事が続くと、皆笑顔だ。
みんなの、みんなの勇者さま
我らの大事な人を守る、強い勇者さま
我らの国を守る、優しい勇者さま
我らの犠牲となった、愚かな勇者さま
我らに忘れられた、憐れな勇者さま
この国の英雄が人知れず死に逝く中
何も知らない愚かな人々は
昼夜を問わず、宴を続けた―――
―――終―――
色々ご都合展開でしたが、何とか書ききりました。……バッドエンドもの書くのは色んなもの削られる……。