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404エラーの呪文

作者: 下水ポチ子

静かに死の準備をなせ。然るとき生はさらに楽しかるべし。

とはシェイクスピアの言葉である。彼にはきっと己が歩むこの人生の素晴らしさを理解し合えることはないのであろう。乾杯。誰に言うでもなく、グラスを傾けた。


謎は小骨と同業者だ。ああ、鬱陶しい!


生きるとはなんだ。友人の言葉に五線譜から視線を移した。生きるとは、それ即ち怒濤の音の洪水だ。それとも君、君は迷っているのか。己の問に友人は苦笑するでもなく煙草に火を着ける。迷わぬ人間なんぞ居らぬよ。判然と述べるものだから、己は埋まりつつある五線譜を見せ付けて言うた、君よ、疲れているのだろう、ほうら、休み給えよ。


川に人が飛び込んだらしい、真冬の夜のことである。


六畳一間の真ん中に大の字で寝転んだ。ぐしゃぐしゃの紙は行く宛を亡くした。己が道は常に愉しくなければ成らぬ。そういうてくしゃくしゃに笑った己を、可哀想な人、と彼女は憐れむのだ。


我が人生に悔いはない?ないだろう?


春が好きだ。芽吹く凡てが愛おしい。葉書を貰った。田舎の親からのものであった。『其方には慣れましたか?』心配だとまるてまタコのように書かれておったから、久方振りに筆を進める事にした。然しながら、はて、どんな人達であったか、思い出せない、ので、今度其方に会いに行きますと、連ねた。


忘れるは慈悲である事に、決して怨んではイケナイヨ。


遠くから懐かしい人が訪ねて来た。女は、素敵なピアノね、と、部屋の隅に息衝くピアノを鳴らしてうっとりとした。そういえば何か曲を作っていた気がする。慣れない手つきでポロロンポロロンと遊ぶ音に想いを爆ぜた。


スプラッタ?違う、芸術だ。


ゼロだよ、とにかくゼロに賭けるんだ!

ドストエフスキーのこの言葉が抑の始まりであった。小学校の数学でゼロはゼロでしかない、と白いチョークがカツカツとよごす中、果たしてゼロは何も産めないのか、と己は無限を夢見た。その先に人類の希望を、成長を信じろ、と。


「懐かしいなあ」

そういうて、爺様は顎髭を撫でて、パイプを咥えた。この頃は若かったもんだ、と少しばかり目を細める爺様は今白い壁で覆われた部屋で機械と共に生きている。婆様は既に旅立たれたので爺様は一人寂しかったろうと思った。爺様は婆様を異常な程に愛していた。

時折崩れる機械音に冷や冷やしながら、爺様は仰った。悩める内が花であった、と。爺様は所謂芸術家であった。今は筆を握る事すら出来なかった。点滴の針が刺さる左手を宙にかざし、なあ、この手は小さいが、沢山のものを掴めたのだ、と。爺様はしみじみと拳を握り締めた。

「早く、この手を可哀想だと暖めてくれた、ああ、一生に一度の我が春情に、あの懐かしい体温に、もう一度引かれてみたいもんだ」


その次の日、爺様は眠りに着いた。左様なら、どうか、其方にて、また新しく春を過ごして下されば、これ幸いに御座います。


これにて爺様のお話は終わりになりまする。

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