話てみなきゃ分からない
「おやすみ~」
深谷ママが手を振る。
「お、おやすみなさいっ!」
「…………」
私は軽く頭を下げて答えたが、未散は無視。
ここ一時間ほど、未散は一言も口を開くことはない。
怒っているのだろうか? そりゃ怒るよねー。
気まずい雰囲気のまま、私は未散の自室に入るのだった。
「はぁ……」
未散がベッドにボスンと腰を下ろす。
私は身の置き所が分からず、フローリングの上に敷かれたオレンジのカーペットの上に正座した。
少しだけ、部屋を見渡す。
机に、ベッドに、本棚。
それらは私の知っている頃と変わりない。
だけど、小物やヌイグルミ、本棚の漫画が少年漫画から少女漫画にシフトしていたりと、よく見れば変化はいくつもあった。
その中でも、部屋の隅に堂々と鎮座する、前はなかったはずの鏡台とメイク道具一式は存在感十分であった。
「…………」
「…………」
沈黙。
空気の重さが半端ではない。
ここは私が声をかけるべき? それとも、大人しくしておくべき!? う~、分かっかんないなぁっ!!
「ねぇ?」
「ひ、ひゃいっ!」
驚くことに、未散は予想よりもずっと早く口を開いた。
どうするべきか苦悩していた私は反応が遅れ、間抜けな返事をしてしまう。
はぁ……今日はこんなんばっかり……。
「もう、……何よ、その返事っ」
さらに驚くことに、未散は口を緩め、笑みを形作る。
一体沈黙の間にどんな心境の変化があったのだろうか。
そんな私の内心が透けて見えたのか、未散が言う。
「急な態度の変化が不思議?」
「う、うん……まぁ……」
不思議かと問われれば、頷くしかない。
ここ数時間で私が見てきた未散と違って、どこか大人っぽさがあった。
目の前にいるのは、私の知っている未散ではなく、『高校生』になった未散だ。
そのことに、私は少なからず、ショックを受けていた。
「ママは言い出したら聞かないからね。私が注意してあげないと、次から次へと厄介ごと抱え込んじゃうの。これまでは犬猫だったから、まぁよかったけど、今回は人間様よ? 半端な気持ちじゃダメでしょ? ……ママが本気じゃなかった時なんてないけどね」
つまり、未散は深谷ママの気持ちを試していたという事でいいのだろうか?
そして、深谷ママの本気が伝わったから、こうしてそれを話してくれている……?
「あ! 勘違いしないでね! 私はあんた泊めるなんて嫌だし、信用もしてないんだからっ!」
「は、はい」
なんていうか、うん。
未散も可愛いとこあるじゃん。
それってつまり、こういう事だよね?
「未散……さんはママさんの事が大好きなんだね?」
「なっ! 違っ――――くもないけど、そういう事は言わないで!」
「えへへっ!」
「な、何笑ってんのよ!」
「ご、ごめん……未散さんが可愛くて」
「か、かわっ!?」
未散が顔を紅くする。
やっぱり予想通り、『可愛い』は言われ慣れないようだ。
「ちょっと!? 調子に乗らないで!」
そうは言われても、刺激された笑いのツボはそうそう許してはくれない。
「あははははっ……未散さん可愛いー」
「ちょっとぉ!」
「わっ!」
未散が私に覆いかぶさってくる。
女の子の体重とはいえ、世界非力代表にランクインできると自負する私に、支えられるはずもない。
必然、呆気なくマウントポジションを取られる。
そして、私に見せつけるように、未散は両手をワキワキさせる。
私の背筋を冷や汗が流れた。
「冗談だよね? ご、ごめんなさっ! ひゃっ!?」
「そりゃーっ!」
懇願虚しく、未散の両手が私のパジャマの中に差し込まれる。
「だ、ダメダメダメッ!」
そのまま、無慈悲なくすぐり攻撃。
脇から脇腹、背中まで、未散の出が縦横無尽に這い回る。
「ひゃめっ! ほ、ほんひょに、ひゃめらからっ! あはははははははっ!!」
息がつまり、未散を跳ね除けようと試みるが、ビクともしない。
「あっははははっも、もう、ゆ、許ひてぇっ! し、しんひゃうからぁっ!」
「ダ~メ!」
未散は楽しげに微笑んでいる。
興奮しているのか、頬がほんのりと紅く、嗜虐的な笑みを浮かべている。
未散エスだ。
知ってたけど、ドエスだっ!
ドエスぶりの片鱗を見せ始めた未散はもう止まらない。
私のスボンを脱がすと、次は太腿に指を這わしてくる。
「やんっ!」
「――――!」
思わず、私の口から色っぽい声が零れ、私は慌てて口を手で覆った。
恥ずかしさで、頭が沸騰しそう!
未散もびっくりした様子で私を見ている。
そのまま、数秒見つめ合う。
「っ」
ハッとした表情を見せた未散は、慌てて私の上からどく。
「な、なんか、やりすぎちゃったね、たははっ」
頭をかきながら、未散は言った。
私はゼェゼェと息を荒げながら、首を振る。
「う、ううん。私も変な事言っちゃったから……」
「そ、そうだよ! 私が……可愛いとか……そんな嘘言うから……」
「え?」
「な、なんでもない!」
未散がそう言うなら、そういう事にしておこう。
でも、たま~に、可愛いって言っちゃおう!
その時の未散の反応が私はすごく楽しみだった。
「ねぇ?」
「はい?」
カーペットの上に毛布を敷いて、寝ようとする私に、未散は声をかけてきた。
ついさっき、もう寝ようという話になって、電気を消した所だった。
「ベットで寝なよ」
「…………」
「だ、黙んないでよ!」
はっ! ありえない言葉を聞いた気がして、意識が飛んでいた。
というか――――
「い、いいの?」
「一人だけそんなとこで寝られた方が気になるっての!」
「そ、そっか」
私としては、気を使ったつもりだった。
さっきの件で打ち解けたなどとは、私は思っていない。
『可愛い』という言葉が未散の琴線に触れただけ。
そう思っていた。
「これから毎日おんなじ部屋なんだからさ……仲良くやろうよ」
「……未散……さん」
でも、そう思っていたのは私だけで。
「ほ、ほら! 私も気を使いながら生活するの嫌だしさ! …………未散で、いいよ?」
「…………」
未散は私と近づきたいと思っていてくれていた。
経緯はどうであれ、私の事を知りたいと思ってくれていたんだ。
事情があったとはいえ、態度変わりすぎだけど。
「だ、だから! 黙んないでってばっ!」
電気が消えて分からないけど、きっと未散の顔を真っ赤で――――
私が言うべき言葉はやっぱり一つしかなかった。
「……未散、やっぱ可愛い」
「ちょ、ちょっと!」
ベットに座っていた未散が立ち上がる気配。
私は今度は不覚を取らないように、先手をとった。
「とりゃ!」
「きゃっ!」
女の子らしい、可愛い未散の悲鳴。
私はベッドの上に未散を押し倒していた。
ベッドの上で、女の子同士。
やることは一つだった。
「未散……覚悟して?」
私はワキワキと手をうごめかせる。
「まっ! 姫! タンマッ!」
「――――!?」
言いながら、さっそく私は不覚を取る。
未散が私の名前を呼んでくれたのだ。
それだけの事に、何故だか胸が詰まった。
今日決まったばかりで、私の本当の名前じゃないのに。
「い、いくよー!」
涙目になっているのを悟られないように、私は未散のパジャマに腕を突っ込む。
とってもフカフカで、柔らかい女の子の肌の感触。
思い返せば、三年前から未散はもう柔らかかった。
蓮は、未散が大好きだった。
女の子として見ていた。
それがどうだろう。
今の私――――姫は未散に邪な気持ちは一切抱いたりしないのだ。
「ちょっ! どこ触って!」
胸を揉むと、未散は抗議の声を上げる。
「このぉっ! なんだぁ? この胸は!?」
私は嫉妬していた。
私よりも魅力的な胸を。
私もこうなりたいと思っていた。
「し、知らなっ! ひゃあああっ! やめてぇっ!」
細い腰を擽る。
無駄の一切ない腰つきに、憧れた。
ああ、やっぱり私は――――
「いい加減に!」
「わふっ!」
また私は奇声を上げる。
体制が入れ替わり、今度は私が下だ。
私はまったく抵抗できなかったのになぁ……。
「もうっ……」
息を荒げながら、未散が髪をかき上げる。
その仕草がすごく色っぽい。
ねぇ? 未散。 私もそんな風になれるかな?
ここに、元の世界に帰って来て、私はようやく気付いた。
ああ、レヴィ……ごめんなさい。
――――私はもう、女の子だったのだ。
取り返しがつかなくなってから気が付くなんて、私はなんて馬鹿なのだろう。
第一章終了です。
これから週に2~3話更新でいく予定です。
木、金辺りになると思います。
ご意見・感想あれば、是非送ってくださいっ!