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すべてが上手くいく訳じゃない

「記憶喪失!?」


 一旦場を仕切りなおして、深谷ママに事情を説明した。

 その中でも、深谷ママは私が記憶喪失であることに目を丸くする。


 まぁ、そういう反応になっちゃうよね……。

 ドラマとか小説の中ならお馴染みだけど、現実にはそうそうないもん。私だって演技だし。


「えっと……本当に何も覚えてないのかしら?」


 困惑した様子で深谷ママは私に尋ねる。

 私は「はい」と小さく首肯する。


「自分の名前も?」


「……はい」


 深谷ママは、少し考えて、


「持ち物とかは? 保険証とか持ってないかな?」


「……ごめんなさい。バッグも何も持ってなくて……」


「……そうなの」


 フリフリのドレス――――しかも変なスリットが入ってる――――を着ておいて、手ぶらはさすがに苦しいかとも思ったが、幸運にもそこを指摘されることはなかった。


 深谷ママが目を閉じ、眉間にしわを寄せる。

 これからどうすべきかを考えているのだろう。

 深谷ママは優しくて、お人よしの性格だから、人一倍悩んで、私に感情移入してしまうのだと私は理解していた。

 深谷ママは一分程そうしたまま考え込んだ後、目を開くと、私に告げた。


「とりあえず警察に行きましょう」


「…………」


 私を脱力感が襲う。

 やっぱりダメだったかと思い、同時にそれが当たり前だと諦観する。

 見ず知らずのはずの私のために、時間を割いて真剣に話を聞いてくれただけでもありがたい。

 孤児院や施設に入れられるかもしれないが、そこでまた一から始めようと覚悟を決めていた矢先――――


「とりあえず警察に行って事情を話して、捜索願が出ていないか調べてもらいましょう。それまでの間、好きなだけ家にいるといいわ。もう安心して大丈夫よ? 今まで怖かったでしょう?」


「――――」


 深谷ママは、そう言って私を抱き締めた。

 頭を撫でてくれた。

 その手は温かく、優しくて、私の身を心から案じてくれているのが伝わってきた。


「うっ……くぇっ……ひっ……うぇぇ……」


 とうとう涙が溢れてしまう。

 こんなの反則だった。

 これで泣かずにいられる程、私は強くない。

 

 ただ、私は――――


「あ、あ、ありがとう……ございましゅっ……」


 泣きながら感謝を伝えるだけで精一杯だった。






 深谷ママの付き添いの元、警察に行き、事情を説明した私は、大きな疲労を抱えて、ようやく深谷家に戻ってきた。


「はぁ……」


 警察って本当に同じ事何度も聞いてくるんだね……。ドラマの中だけだと思ってたよ……。


 もしかしたら、あれでも手緩いのかもしれない。

 私が子供だったから、あれくらいで済んだのかもしれない。

 

 実際、深谷ママの方が出てくるの遅かったし……。


 私と深谷ママは別々に話を聞かれ、私よりも深谷ママの拘束時間の方が長かった。

 誘拐や拉致なんかの事件性の疑いを捨てきれない警察の事情は理解できるけど、それでも深谷ママには嫌な思いや多大な迷惑をかけてしまった事は間違いないだろう。


 それでも、最終的には警察は深谷家の私の保護をすることを認めてくれた。

 深谷ママが社会的に信用のある職種――――教職についていたのも、認められた大きな要因かもしれない。

 警察としても、私の身柄を一時的にでも預かるよりも、すでに懐いている相手に預けた方が面倒事が減ると思ったのかもしれない。

 ともかく、私に関する捜索願が出ていないか、早急に調べてくれるそうだ。

 

 まったくの徒労に終わるのが分かっているのが、心苦しいけど……。


 それにしても、深谷ママ笑ってたけど……どんどん恩が大きくなっちゃうな。返しきれるかな?


 いや、いつか返さなければいけないんだ!

 私は深谷ママの顔を見上げながら、密かに決意する。


 深谷家の玄関前まで到着する。

 深谷ママは玄関の鍵を開けながら、私に言う。


「今日からしばらくの間、ここが自分の家だと思っていいからね? 合い鍵も作っておくから」


「は、はい! ありがとうございますっ!」


「ふふっ……そんな固くならないで? 敬語なんて使わなくても大丈夫だから」


「はいっ!……あっ」


「いいの、いいの。ゆっくりと……ね?」


「えへへっ」


 深谷ママ最高だよ!

 いくつになっても私の憧れだよっ!


 私の胸中は感謝感激が乱れ飛んでいた。

 深谷ママは私の理想の女性像そのままである。


「じゃあ中へ入りましょう? ただいまー」


 「ただいま」……か。なんかとっても懐かしいな。

 その後に私も続いた。


「た、ただいまー……」


 弱弱しい声。

 慣れるのには少し時間がかかりそうだ。


「あっ、おかえりー。どこ行ってたの? 私お腹空いちゃった。…………って、その子……」


 中へ入った瞬間、私は少女と目が合う。

 もちろん未散だ。

 お風呂上がりなのか、下着に、大きなサイズのTシャツだけのはしたない恰好でアイスを舐めている。


 で、でかい……。


 ブラはつけていないのか、シャツの胸元から谷間を大胆に露出させている。

 その迫力たるや、決して! 決して決して! 貧乳ではない私がたじろぐ程であった。


「ねぇ、ママ?その子は?」


「未散ちゃん、帰ってたのね。この子は……そういえば名前考えないとね……とにかく、今日からしばらく家で預かることになった子よ」


「ふーん」


 未散は素っ気なさを装いつつも、私に興味津津といった視線を向ける。

 

 なんかすっごい見られてる!

 それだけじゃなくて、どんどん近付いてきてる!?


 未散はじりじりと距離を詰め、私と鼻先がぶつかりそうになっていた。

 お風呂上がり特有のシャンプーとボディーソープの香りがフワリと舞う。


 あっ、柑橘系だ……。


「ねぇ? 貴女、少し前に私と会ったわよね?」


「えっ……そ、そうですか?」


 や、やばい! やっぱり覚えてた!


「あそこで何してたの?」


「そ、それは……私はぁ……」


 詰め寄られ、私は助けを求めるように深谷ママを見る。

 アイコンタクトが通じたのか、深谷ママは未散の肩に手を置いて、説明した。


「この子は記憶喪失なのよ」


「記憶喪失~?」


 私を見る未散の視線に一気に疑わしげな色が混じる。


 そ、そうだよねー。これが普通だよね……あはは……。


 今まで麻痺していたけど、記憶喪失はこういう反応をされるものだ。

 身近であって、身近ではない。

 フィクションの中の病気といった方がしっくりとくるものだ。


「記憶喪失ってことは……この子ママの知り合いでもなんでもないの!?」


「ええ、そうよ」


「…………」


「え、えへへっ」


 疑念が濃くなる。

 私必殺の愛想笑いも、未散にはまったく効果がないようだ。


「ママ、分かってるの? この子は人間よ? 今までどこからともなく拾ってきた犬猫じゃないのよ!?」


「もちろん、分かってるわよー」


「分かってな~い!!」


 のほほんとした深谷ママの受け答えに、未散は激昂する。


「知らない子なのよ!? 記憶喪失って事はどうせ身元も分かってないんでしょ! そんな子をあっさり家に入れるなんてママ危機感薄すぎるわよっ!」


 せ、正論だ……。未散……正論言えるようになったんだ……。


 私の知る未散は無鉄砲で怖いもの知らず。

 性格的には男っぽい部分があった。

 それが今では立派な女子だ。

 胸も無駄に大きいし……。


 まぁ、私が『こう』なっちゃったのに比べたら、未散が女の子になるのなんて極自然なことだけどさ。


「もう……未散ちゃんは心配性ねぇ……。大丈夫よ、世の中そんなに悪い人ばかりじゃないわ。相手は可愛らしい女の子なんだから」


「そういう問題じゃないの!? まさかママ……蓮の事忘れた訳じゃないわよね?! 悪い人がいないなら、どうして蓮はいなくなっちゃったのよ!?」


「――――!?」


 その未散の言葉に、私のみならず、深谷ママまでも凍りついた。


「あっ……」


 未散は失言をしてしまったとばかりに、手で口を覆った。


「と、とにかく! 忠告したからね!?」


 静まり返った空気に耐えかねたのか、未散は階段を上って二階に行ってしまう。

 残された私と深谷ママの間に、どことなく気まずい雰囲気。

 それをなんとか打破しようと、私は口を開いた。


「あ、あの……? 蓮さん……って?」


 何いってんの! 私!!

 

 この場で一番口にしてはいけない名前を私は気付くと声に出していた。

 内心、戦々恐々とする私に深谷ママは微笑んで――――


「ん? 何でもないわよ? 気にしないでいいからね」


 その深谷ママの声に、少しだけゾクリとする。

 怒り? 憎しみ? 悲しみ? 負の感情が凝縮された声色。


「さぁ、晩御飯の用意しないと! 貴女手伝ってくれる?」


「は、はい……」


「そうありがとう。後で貴女の名前も考えないとね」


 しかし、私がそう感じたのがまるで幻であったかのように、次の瞬間、深谷ママは元に戻っていた。


 気にしすぎ……だよね?


 そうであってほしい。

 私が――――蓮が深谷ママに嫌われているなんて、想像でも思いたくないから。

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